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Merging Melodies
7






開け放たれた窓から入り込んだ月明かりが、風ではためくカーテンの隙間を縫って青白い光を床に塗り込む。


はためくレースの合間からちらつく外の景色は一様に深い漆黒に覆われており、天から降り注ぐ月光がなければ全く視界が確保出来ないほど、明かりと呼べるものは一切見当たらなかった。


在り来りな言い方をすれば、草木も眠る丑三つ時。

フォアイトは、床についてから何十回目とも解らぬ寝返りを打った。


彼が体制を変えたことによって、彼の腹の上に横たわっていたツンちゃんがふにぃと押し込められたような呻きを上げて、彼の体温に愛でられたベッドの上に跳ね返る。


それでも彼女が目覚めることはなく、普段は背後に向けてスラリと伸びている尻尾を自分の正面に丸めてそれを抱きしめると、再び規則正しく船のオールを漕ぎはじめた。


自分の腹部に居座っていた温もりが消えたのにワンテンポ置いてから気づいたフォアイトは、思い出したようにそのか細い胴を両手で掴みあげながら、真っ白で染み一つないポケモンセンターの天井を見上げる。


彼のお腹の上へと戻されたツンちゃんは、擽ったそうに身をよじりながら、ふぇへへぇと嬉しそうに涎を垂らしていた。





数時間前、ジム戦と呼ぶには余りにも息苦しい死闘を終えたフォアイトは、傷付いたイッキュをジョーイさんに預けて部屋に戻ると、真っ先に整えられたベッドの上になだれ込んだ。


あの後、どうやってデント達との話を切り上げてジムを出て、どのような道程でセンターの自動ドアの前に立ったかは彼自身、全く覚えていない。


ただ、体に纏わり付いていた緊張の糸と戦慄が突然興味を無くしたとでもいうように自分の身からスルリと解け、代わりに、得も言われぬ放心と疲労感、そして際限ない程の悪寒が這い上がって来た瞬間は、必要以上の鮮明さを以って彼の中に留まっている。





―自分はどういうわけか奴等から敵と見なされた。


挑戦者としてではない、上手く形容は出来ないが明らかに純粋な「敵、打ち倒すべき者」として扱われ、一時は命をの危機を感じる場面さえ訪れていた。


しかし奴等は、何の目的か、自分を見逃した。


あれだけのプレッシャーを自分にかけておき、言い逃れなどできぬほどの殺気を満ち溢れさせながら、何故か形式上の「勝ち」をフォアイトに与えたのだ。


もし、もしあそこで自分がもっと別の行動をとっていたら。


そして、もしそれが、自分が見逃されることとなった理由から外れていたら…。
何も殺されるなんてのは大袈裟だろう。


しかし、今のように無事にポケモンセンターに帰り着き、殺風景な真っ白い天井と睨めっこできていたかと聞かれれば、真っすぐに頷くことなど到底出来ない。


きっと、ろくな目になどあってはいなかったはずだ。


それは、それだけは、確かなことなのだ。


―勘違いするな、君は生き残ったんじゃない、生かされているんだ。―


今日だけで妙に聞き馴染んだ声の耳慣れない台詞が、彼の脳裏に反響する。


記憶に残る最後のデントのあの目は、間違いなくそう語っていた。


『……………っ!』


背筋を凍てつく何かが滑り落ちていくのを感じて、フォアイトは小さく体を震わせて閉じていた瞳をこじ開ける。


先程から寝付こうと瞼を落とす度に、彼は途方もない寒気を感じては一気に現実に引き戻されていた。


「あの力」を使いすぎたことによる体の芯を押し潰されるような重圧にも似た疲労感は、未だにフォアイトの身体に執着しており、即座に眠りに墜ちるには十分過ぎるほどだ。


しかし、暗闇に意識を預けようとする度、彼の脳裏に焼き付いたあの視線が、彼の肌に染み込んだあの殺気が真っ暗な中に蘇ってきて彼の安眠をよしとはしなかったのだ。


現に彼はセンターに帰ってきてから、回復の終わったイッキュを受け取るついでに食堂で鉛のような晩御飯を掻き込んだ以外の時間全てを睡眠割き、そしてその全てを失敗に終えている。


身体はボロボロなのに休むことすら叶わない。


明日のこともあるし、無理にでも寝なければと瞼に力を入れれば、余計背筋を冷たいものが這って行く。


いい加減気が狂いそうになった彼は気を紛らわすために何か音楽でも聴こうと、枕元のライブキャスターに手を伸ばした。


『むにゅ〜…。フォアイト〜…?』
『…っ!……ツンちゃん…?』


不意に自分の名を呼ばれた彼は、起こしてしまったかと自分のお腹の上で小さく上下に揺れている彼女に意識を向ける。


極力起こさないように注意したつもりだったが、何しろ自分が寝返りを打つ度にシーツの上に頭をぶつけていたのだから起きてしまっても仕方ない。


また前みたいに騒ぎ立てられる前に宥めてしまおうと、フォアイトは暗闇に慣れて久しい眼を彼女に向ける。


ところが彼女は、おいしいねぇおいしいねぇフォアイトォ〜と、涎で口の周りをべとべとに汚しながら断片的にぼやくだけで、フォアイトの呼び掛けに答えることはなかった。


そんな彼女の様子を見てごく自然にため息をついたフォアイトは、軽く憤りを覚えながらも確かな安心感を感じ取る。


なんだかんだ言いながら、自分はすっかりこのツンちゃんを気に入ってしまっているのだ。


彼女の我が儘一つで自分の行動は決まってしまうし、彼女の表情や仕種一つで自分の心は強く影響を受けている。


(全く、俺は寝たくても寝れねぇってのに、自分だけ幸せそうに眠りこけやがって…。)


内心ではそう悪態つきながら、彼の頬は静かに緩んで唇を三日月型に引っ張っていた。


昼間よりは大分低温な真夏の夜風が、過度に熱されて汗ばんだ彼の指の間を躊躇がちにくぐり抜けて行く。


大分高い位置に昇った月の明かりが部屋の上部の窓から彼らの姿をボンヤリと照らし、フォアイトの心に更なる安息をもたらした。


引きこもりの時は他人のことなんてどうでもいいと思ってたし、自分が他人に干渉したり影響されたりなんて全く想像もしてはいなかった。


それが今は、自分は彼女の挙動ひとつひとつに振り回され、彼女の言葉ひとつひとつに悩まされ、励まされ、立ち上がらされている。


久々に感じる、誰かとの確かな関わり。


あの日、あの時に捨て去ったはずの感覚が、今はすぐ目の前に―――。


『………ぐっ!?』


綻びながら無意識に伸ばした右手が彼女に触れるか触れないかのところで、彼は突然の頭痛に襲われてその動作を止める。


(あの日…!?あの時っ…てっ…!)


視界が暗転し、意識が一回転して自分が目を開けてるのか閉じているのか、立っているのか寝ているのか、走っているのか止まっているのかも解らなくなる。


その感覚が、サンヨウジム戦時にも感じた、フラッシュバック前の異様な感覚だと気づいた時には、しばし一つに定まらないでいた彼の世界が、灰色に汚れた寒々しい光景に安定した。



数時間前まで青々としていた空は、「今」は荒れ放題だった。


黒く淀んだ雨雲が出鱈目な量の水しぶきを撒き、張り詰めた鼓膜を突き破る爆音を響かせながら雷が飛び交っている。


そんな普段ならば幼なじみとお菓子を囲みながら部屋の中でリモコンを振り回して某パーティゲームで盛り上がり、時々耳をつんざく雷鳴に大騒ぎしているような天候の中、自分は「その子」を腕に抱えながら何とか雨風だけは防げそうな大きな木の根本にやってきた。


自分と同じでぼろ雑巾のようになりながら、冷え切った身体を痙攣させる「その子」の顔は見えない。


元より辺りは薄暗いし、今彼の脳内を埋め尽くしているこの映像は、映りの悪いテレビ画面の如くつぎはぎで、ハッキリした視覚情報まではフォアイトに与えてくれなかった。


不意に、自分の腕の中で寒さに震える小さな「その子」が唇を波打たせて何やら呟く。


しかし、映像と同じく音声も、強く地を打つ雨粒の音も去ることながら今のフォアイトの耳には受信の半端なラジオのように聞こえており、何か音が鳴る度にがさついた雑音を伴っていて、聞き取ることは至難の技だった。


それでも、それでも彼は、雑音の合間を縫い、途切れ途切れの映像に意識を集中させ、そして聞き取った。


立った一言、一鳴きと言った方が適切かもしれない。


彼にとって、その一鳴きは言葉としては一切機能しなかった。


それでも、「その子」の声は、しっかりフォアイトの鼓膜を揺らした。


―た…じゃぁ…―


映像はそこで途切れた。


フォアイトの意識も、いつからか闇に溶け込んで、曖昧にそこら辺にうち広げられていた。


悪寒はもう、襲っては来なかった。






意識を暗に沈める彼は知らない。


彼の眠るこの部屋からも見える位置。


サンヨウシティポケモンジム内部に。


不自然に揺れる明かりが、幾つか燈っていたことを…。




――――――
――――――
――――――




『では、そろそろ今日一日の反省会を始めたいと思います。ご参加の方々はこちらのテーブルにお集まりくだs』
『だぁあっ!もうっ!毎回毎回前置き長くてめんどくせぇんだよっ!もたもたしやがってっ!今何時だと思ってんだぁぁっ!』
『…ポッド、君がそれを言うのかい…?』


フォアイトがようやく悪寒の連鎖から抜け出し、ドリームワールドへと旅立ったその数分前。


ポケモンセンターの隣にて、この暗闇でもハッキリとした存在感を放つサンヨウシティポケモンジムの内部で、三人の人物が怪しげな密会を行おうとしていた。


館内の照明は既に一つ残らず落とされており、彼らの囲んでいるテーブルに鎮座する数本のロウソクだけが、不十分な明かりを揺り広げていた。


『午前1時57分ですね。とてもうるさいですポッド。ものすごい近所迷惑です。最悪です。正にジムリーダー失格。』
『う、うるさいなっ!コーンが早く始めないからだろっ!』
『ポッドもう静かにしてよ…。コーンもこれ以上煽るの止めて…。』


そんなちょっと動悸が激しくなりそうな薄暗がりで、ジムリーダーの三人は普段通りのやり取りで「今日一日の反省会」を進めて行く。


もう時刻も遅いというのにいつもに増した大声を、音のよく響くレストラン内のパーティ会場兼バトルフィールドに大反響させた赤髪の青年ポッド。


済ました顔でそれをからかった青く艶やかな頭髪のコーンに、彼は再び憤慨しながら時間帯も憚らず喉を奮わせた。


その一連の流れを、ひどく疲労した声色でせき止めたのは、緑の映える独特なヘアースタイルのデントだ。


三人とも、今日の夕方、フォアイトを前にして見せた殺気やら重たいプレッシャーやらはどこか遠くにおいて来たように随分と滑稽なやり取りを繰り広げていて、端からはちょっと個性的な三人組の馬鹿騒ぎにしか見えない。


『さすがはデント。やはり一番のお兄さんですね。昼間のハブかれっぷりはどこへやら…。』
『いやどうでもいいから…。それよりも、今日の反省会はいつも以上に大事なものになる。それは分かってるよね…。』


なんとかしてコーンの無駄口をかい潜ったデントは、ようやく本題に入ろうと、揺らめく炎の向こうに座っている二人を見渡した。


無理矢理眉間にシワを入れ込んだその両目は、さっきまでなりを潜めていた眼光を取り戻しており、長男の威厳、そして実力あるものの風格を讃えていた。


その様子に、ポッドはちぇっと軽く舌打ちすると、座っている椅子の背もたれに体重をかけたり戻したりして、退屈そうに座席をがたがたさせはじめる。


対して、コーンは、えぇ、それはもう、とわざとらしく答えると、何処からか小さなメモ用紙を取り出してそれに目を落としながら、スラスラと流れるような口調で何やら語りだした。


『まず、今朝のちょっとした事故によってジムの扉の一部が崩壊。修理の途中で全部が崩壊。それなりの費用がその修理代に注ぎ込まれ、デントの気分は朝っぱらから沈みがちでした。さらに、昼間行われたジム戦によって、装飾品の一部と壁紙、床の絨毯がずぶ濡れになって使い物にならなくなりました。その補修代に大体一月の稼ぎの半分が使われ、そしてデントのモチベーションの大部分が削ぎ落とされました。その上、夕方のバトルでは、なんと天井が崩落。同時に、シャンデリアの一つも悲惨な感じになりました。この修理代だけで、一月分の稼ぎが泡となり、そしてデントのテンションはついに底辺へと伏していったのです。以上のことから、少なくとも今月の赤字は確定。下手をすれば来げt』
『いや、そういうことじゃないよ…。いやそれも大事なんだけど、もっと大事なことが別のとこであったよね…?あと、所々で僕の心身の状態を表してたのって、いらないよね?それにさ、なんか楽しんでるよね君…。「なんと天井が崩落」…って何で他人事なんだよ…。あと台詞がとても長いよ…。途中から聞くのやんなっちゃうよ…。』


二人の合計460文字。発音数はそれを優に越えていることだろう。


聞くのも見るのも話すのも、ましてや読むなんて行為はダストダスの犇めく中に頭を突っ込むことくらい憚られるようなただただ長い台詞を言い終えたコーンは、頭を抱えはじめたデントにごもっともなダメ出しを喰らう。


そのダメ出しすら耳に重りを押し込まれるような尾長でダラダラと歯切れの悪いものだったため、一度は落ち着きを取り戻し始めていたポッドは、再び腹の底がざわめくのを感じ、直後には既にダァーッ!と叫んで窓ガラスに振動を送っていた。


『どうしました?腹でも下しましたかポッド?』
『だからコーンはもうポッドにちょっかいかけn』
『下さねぇよっ!じゃなくてっ!何遊んでんだよお前らっ!フォアイトだろうがっ!あのくそ帽子のガキの話をするために、こんな夜遅くに集まったんだろっ!あぁっ!?デントっ!?』
『いやなんで僕がそんな怒鳴られなきゃ…。』


そこまで口にして、デントは閉口する。


唾液の溜まってきた口内にはまだ外に出たそうに絡み付く言の葉たちがのさばっていたが、騒ぎ出したポッドの前では、吐き出したところで全て踏み潰されてしまって残念な気分になるのは目に見えているので、彼は仕方無しに喉を鳴らしながらそれらすべてを飲み干し、流れて行くこの会話をただ傍観することを決め込んだ。


『あぁ、もちろん。それは承知の上ですよ。あっちから現れてくれて、探す手間が省けましたよね、はい。』
『はいじゃねぇっ!わかってんならさっさと始めろっつってんだよっ!』


相変わらず涼しげな表情で自分をおちょくるコーンに、ついにポッドは叫びながら立ち上がり、丸く縁取られたテーブルの一様に滑らかな表面をダンッと叩いた。


その振動で倒れそうになった蝋燭の一つを慌てて両手で支えた事で、僅かながら頭に上り詰めた血がスッと足元に流れていったのを感じた彼は、2、3回息を整えると、ふんっと鼻を鳴らしながら、乱暴に椅子に腰掛けた。


『……今日の夕方…、僕らにジム戦を申し込んできた少年…フォアイト君だっけ?…彼は、直接指示を下さずとも、ポケモンを意のままに操れた。…これはつまり、「王子」…いや、「王」と同じだということだよ。』


崩れて無くなってしまった天井の一部から、真円を象ろうと夜空を浪する月が横顔を覗かせた頃、数秒程互いに睨み合ったままの二人の間にため息を吹き込んだデントは、前触れもなく、静寂を保ったままそう語りだした。


長らく視線をぶつけ合っていた二人は、突然の兄の仲裁の言葉に暫しの間散っていた火花の発生を止め、彼の方へ眼を向ける。


沈黙を挟み、先に反応したのはポッド。


そんなもの、見ればわかるっ…!と静に語気を送りながら言葉を搾り出した。


隣でフムフムと頷くコーンは、でも、それが大事なんですよねと脚を組み直しながら念を押す。


『だからっ、それもわかってるっ!俺が言いたいのはっ、なんであのまま俺に仕留めさせなかったのかってことだよっ!下手な芝居打ちやがってっ!あのままボコボコにのして「例の物」を奪っちまえばよかっただろうがっ!』


腕を組んで反駁するポッドは再び語勢を強めて声を荒げた。


その様子にふわ、と中途半端に嘆息したデントに代わって、黙りこくっていたコーンが、半ば呆れたように眉を潜めながら口を開く。


『確かに、「例の物」を手に入れるだけならばそれで上出来です。ですが、彼は「力」をちゃんと使いこなせていました。つまりこれは、彼が王と同じく、ちゃんとした所有者として認められたということ。』


語を詰まらせることなく、淡々と言い終えたコーンは、そこでいったん言葉を切り、腕組みしたまま首を傾けるポッドをちらと見た。


知識さえ伴っていれば理解に及ぶところまでは喋ったつもりだったが、彼は、それがどうしたとでも言いたげに口をへの字に半端に折り曲げるだけでうんともすんとも言わないので、仕方無しにコーンは続けて言葉を紡ぐ。


『…要するに、彼ごとこちら側に引き入れてしまった方が早いということです。彼を倒して、「あれ」を手に入れたとしても、新たな所有者となる人物を探すのには、途方もない時間を要しますからね…。全く、私が止めていなければ、今頃どうなっていたのやら…。』


一度椅子を引き直し、顔の半分程を覆う髪の毛から露出している片目を閉じながら、コーンは一字一句を丁寧に繕いながら説明を終える。


しかし、当のポッドは未だに難しげに目尻を上げながら斜め上を見つめていたので、一層呆れ返った彼は試合の直後にデントが貴方に話していたでしょう?と蛇足を加えた。


当然、馬鹿にしたように両手を横に広げながらであったコーンのその所作に苛立ちを感じないはずのないポッドであったが、何となく、そういえばそうだったような気もしたし、デントはそういう大事なことはちゃんと自分達に真っ先に伝えるはずなので、喚いても苦境に身を置く他ないと判断した彼は、仕方無しに口をつぐんだ。


『とにかく…。』


うまいことポッドに説明してくれた上に、彼を黙らせまでしてくれたコーンに一瞥くれたデントは両肘を机につき、両手の指どうしを絡めてその上に顎を乗せながら静かに、だがハッキリと呟く。


『これで、「例の物」に選ばれた人間は、僕らの手元にある情報だけでも、「王」を含め、4人になる。』


ポッドが倒しかけて以来は、狂うことなく真っすぐに上へ向かって伸びていた蝋燭の炎が微かに揺らめき、不気味に並ぶ3人の影法師をうごめかした。


『私達の主の目的達成には、その全てを、そして、まだ素性すら不明の所有者も、こちらへ迎え入れる必要がある。ですね…。』


ぶれた黒々しい影の合間、デントに次いで、コーンがそう続ける。


『んで…ヒヨッコトレーナー…しかも、他と違ってこっちの地方をうろついてる、あのガキから狙うってかっ…。』


未だ納得しきれていないのか、眉間にシワを寄せながらもコーンの後を追ったポッドは、あぁーと意味を成さない母音を漏らしながら、先週でかいヤマ終わらせたばっかなんだぜー…と、彼にしてはキレのないぼやきを、穴空き天井に向かって響かせた。


『そう悲観しなくていいですよ。今度は私達3人揃っての仕事です。前みたいに、貴方一人他地方に行くわけじゃないですから、安心してもいいですよ。』


再び行儀悪くイスをぎっちらぎっちら言わせ始めたポッドに、コーンが年に一回あるかないかのフォローを入れる。


その口調までも、彼にしては珍しく、普段の淡々としたそれではなくて、何やら楽しげに跳ねているように聞こえた。


『そう、僕達は本来、3人なんで一つだ。だから…。』


闇に埋めく、揺れる影を光らせながら彼ら二人を見渡したデントは、一旦言葉を止める。


『だから、喧嘩しないで、僕達「3人」で頑張ろう…。』


大きく揺れた蝋燭の炎は、次の瞬間には音を立てて闇に飲み込まれていった。


月だけが明かりを担うようになったその場には、既に人の姿はなくなっていた。


消されて間もない蝋燭の煙が、風にさらわれて、虚しく空に途切れていった。



 

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あきゅろす。
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