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Merging Melodies
3






『コホン…、それでは改めまして、これより、サンヨウジム、ジムリーダーポッド対、挑戦者フォアイトのジム戦を始めます!』


そろそろ18時を回る頃のサンヨウシティ、ポケモンジム。


諸事情によってジムリーダーのところに到着してから戦闘に至るまでに、かれこれ20分程無駄に過ごしてしまったおかげで、幾分か(必要以上に)心に猶予のできたフォアイトは、当初の予想に反して随分と余裕を持ってバトルフィールドに立つことが叶った。


反対側に立っているポッドも、色々とあったせいでフォアイトに対して闘争心剥き出しでがるるると唸りながら放つプレッシャーの質量的には、先程のデントにも勝って感じられるが、如何せん、数分前の茶番のおかげでその大部分を右から左に流すことが出来ていた。


『使用ポケモンは2体。先に相手のポケモンをすべて戦闘不能にした方の勝ちとします。また、トレーナーへの直接攻撃、もしくはトレーナーが相手ポケモン、または相手トレーナーを攻撃する行為は、基本的には反則とします。なお、ポケモンの途中交代は挑戦者のみに認められるものとします。』
『なんだ?偉く慎重だな。公式の場でトレーナーに直接攻撃するやつなんていんのか?』


自身の余裕を再確認していたフォアイトは、早くバトルを始めたいらしくてそわそわしているポッドを横目で捕らえたところ、試合開始の瞬間を引き延ばして彼を精神的に揺さぶってやろうと姑息な手を思い付いたので、長々しいコーンの前置きの敢えて通常ならば気にも留めないような箇所に突っ込んで見せた。


『おいっ!そんなこと別にいいだろっ!コーンっ!早く始めろよっ!』


案の定、頭に血が上っているポッドはぎゃーすか喚きながらフォアイトではなく、寧ろ八つ当たりにも似た様子でコーンに不満をぶつけた。


しかし、こんなとばっちりも慣れっこのようなコーンはポッドには一瞥もくれないで、しばらく難しそうな顔をしたかと思うと、じつは、と話しはじめる。


『この試合からなんですよ、この文句を試合前に使うようにしたのは。』
『…?なんじゃそりゃ?』
『早い話しが、今日の昼間に少しばかりポケモンの扱いに不慣れらしいトレーナーが挑戦しにきまして…。故意ではないようなんですが、そのせいでデントがひどい目にあったんですよ。多分、さっきいじけるのが普段より早かったのも、きっとそのせいです。』


少しポッドを焦らすだけのつもりが思わぬところまで話が膨らんでしまって、そろそろ自分のほうまで余計な焦れがやって来たのを感じたフォアイトは、脇のテーブルで静かにヤナップを膝に抱いてぼんやりしているデントの方を何となく見ながら、ふぇーと粗末な返事をもらした。


しかし、このまま適当に聞き流すつもりでいたフォアイトだったのだが、いいから早く始めろよっ!とがなり散らすポッドの喚き声に紛れて、扉も壊してしまうし、本当に今日は彼女に振り回されっぱなしの一日でしたよというコーンのため息混じりの呟きが聞こえたので、あれ、と思った彼は無意識にそれはもしかして黄色の髪に緑の帽子の女の子かと尋ねていた。


『おや、彼女をご存知なのですか?いやはや、元気過ぎるというか大雑把というか、とにかくマイペースを絵に書いたような方でしたよ。』
(どう転んでもベルだそれーーっ!)


予想できないものではないというか、寧ろ全く予期していた通りの返答であったが、彼を襲った驚愕というか半ば呆れのような心情は計り知れなく、必要以上に不要な動揺を自分の中に入れる結果となったので、フォアイトは余計なこと聞かなきゃよかったと心底後悔した。


『彼女のミジュマルの素質は並々ならぬものだったのですが、彼女自身の指示や挙動に少々問題があったかと…。色々あって先程はずぶ濡れでした、主にデントが。』
(何やっちゃってんだろ…あいつ…。)


マイペースというか寧ろなんかの病気かなんかじゃないかなー俺の幼なじみはと疑念すら沸いて来たフォアイトは、緊張感と明らかに別の目眩を覚え、頭を抱えてその場にうずくまりそうになった。


彼の脳内では、いつも通り無邪気に笑顔を浮かべ、失敗しちゃったーと言いながら舌をチロッと出しているベルが再生されて、何故か自分が無性に情けないと感じて足元が覚束なくなる。


軽くふらついた拍子に、ふと目に入った脇で静かに椅子に座りながら上の空になっているデントが、何やらやけに白黒なカラーに染まって見えてなんだかとても申し訳ない気分になった。


『とまぁ、そんなこんなで、念のためにこの一文も言っときましょうかということになったのd』
『おいっ!!コーンっ!もういいだろっ!さっさとしろよっ!』


いよいよ頭痛まで襲ってきて、最早ジム戦に集中することすらままならないほどになってきたフォアイトをよそに、コーンの長話に痺れを切らしたポッドがバクオングも思わず耳を塞ぎたくなるような轟音でコーンに試合開始を強引に迫った。


ただでさえ頭に痛みを催していたフォアイトはたまらずその場に膝をつき、コーンも迷惑そうに眉を潜めながら片耳を人差し指で塞いでいたがこれもいつものことのようなので、殊更それ以上の反応を示すことはなかった。


『わかりましたから、もう騒ぐのは止してください、ポッド。貴方の「さわぐ」が原因で、シャンデリアが落ちてきたらどうするんです。』
『そんなのあるわけないだろっ!いいから試合開始しろよっ!』


見た目に似合わずコーンがそんな冗談めかした茶化すような発言をしたので、顔を真っ赤にして腕をぶん回しながら反論するポッド。


どうやらもう我慢の限界を遥かに越えてしまったようで、ただでさえ真上に向かってとぐろを巻くように伸びている彼の髪の毛が、心なしか一層逆立って見える。


『全く、ポッドもまだまだ子供ですね…。フォアイト君、準備はよろしいですか?』


うるせえっ、余計なお世話だっ!というポッドの文句が飛び交う中、こちらを振り返ったコーンの言葉を聞くなり、再びどこかへ出掛けていた「当初の目的」を取り戻したフォアイト。全身を襲う気だるさを無理矢理振り払って立ち上がった彼は、ぁ〜〜あOKだ、と妙に間の長い返事を返して準備万端をアピールする。


実際、モチベーションは右肩下がりであったが、相手も相当冷静さを欠いている辺り自分の策もあながち失敗じゃあなかったと、普段どっかにしまってあって滅多に顔をださないポジティブシンキングをどこからともなく引っ張り出して半ば無理矢理やる気を起こそうと試みる。


そのかいあってか、こめかみの辺りから両目に向かって広がっていた頭痛は徐々に引いて行き、しっかり立たなくなっていた腰も、無理なく上体を支えられるまでになった。


『よろしいですね。それでは…試合k』
『っしゃあっ!待ってましたぁっ!燃っ!えっ!てっ!こっ!いっ!!ヨォォォーーーテリィィィーーっっっ!!!』
(うるせぇ……。)


両腕を掲げたコーンが言い終わる前に、鼓膜を過度に突き刺す大声を張り上げながら乱暴にボールを放り投げるポッド。


天井から降り注がれるシャンデリアの疎らな光りが僅かに揺れたような気もするなか、割に合わないきらびやかな明かりに照らされながらモンスターボールから飛び出してきたのは、もう見飽きるほどジムトレーナーやベル、その辺の短パン小僧も使ってきたこいぬポケモンのヨーテリーだった。


(ほのおタイプ…じゃない。一応「ほのおのきば」と「にほんばれ」は覚えるようだが、どちらも習得方法は特殊…。まずは様子見ってか?)
『さぁっ!フォアイトっ!俺の一番手はこのヨーテリーだっ!お前も早くポケモン出せっ!』


図鑑を片手に脳内で思索を巡らせていたフォアイトは、相変わらずの雑音紛いな怒声でポッドがこちらを急かして来るので、お返しとばかりにほのおタイプで暴れるとか言いながら野良犬かぁ?と、こちらを指差して睨みつけてくる彼を再び煽った。


しかし彼もやはりジムリーダー、一度試合が始まればちょっとやそっとの揺さぶりは物ともしなくなるらしく、へっ、今のうちに減らず口叩いてなっ!と、逆にこちらを挑発するような返答をフォアイトへと送り返した。


普段からあれくらい落ち着いてくれてたらなぁとデントが一人呟いたのは、また別のお話だったりする。


『…ふぅ。どうやらツンちゃん、出番のようなんだけど、いつから君の特等席は俺の肩から上着の中に変わったんだっての。』


これ以上小細工を重ねても無意味だと判断した彼は、普段なら自分の左右どちらかの肩に乗っかっているはずのツンちゃんに出陣を言い渡そうと彼女に声をかける。


ところが、どういう訳か当の彼女は彼の両肩のどこにも見当たらない。


どうやらちょっと前にデントが幽体離脱したと勘違いしてフォアイトの首の後ろに隠れてから、徐々に彼の上着の中に潜り込んで行ったようだ。


若干布地の荒んできたフォアイトのパーカー越しからでも、怖がって震えている彼女の姿がはっきりと伺える。


『ゆ、幽体なんかと、戦いたくないっ…。』
『うん、わかった。よし、じゃあ行ってこい。』
『ぴゃぁぁーーっ!わかってない!フォアイトわかってない〜!』


背中でびくびくしながら弱々しい声を漏らしたツンちゃんを引っつかんだフォアイトは、彼女を片手に鷲掴みにして、砲丸投げの要領で投げ飛ばすような構えを取った。


が、当然彼女がばたついて暴れたし、元より本当に投げ飛ばすつもりのなかったフォアイトは、ほどなくしてツンちゃんを解放する。


いいから行けっつのと彼女の背中を押そうとしたフォアイトだったが、ペトンと地に尻餅を付いた彼女が涙目で見上げてくるので怒鳴るのが痛ましくなったため、しゃがみ込んで彼女と目線を合わせて話すことにした。


『なぁ、ツンちゃんよぉ。あいつのどこが幽体に見えるよ。』


両の目を細めて反対側にいる喧しいのを指差してそう言うフォアイト。
おいっ!早くしろよっ!と喚く声にも、何だか慣れてきてしまった。


『…あ、頭のとこの、もじゃもじゃじゃ〜のとことか…。』
『あ、もしかしたらあそこだけは幽体かもな…。あんな髪型ありえねぇよ…。』


短い両手を顔の横でぐちゃぐちゃしながらか細い声を震わせる彼女に、フォアイトはもう一度ポッドの方を見てからうんうんと頷いて見せる。
顔をあげた拍子に横目で捕らえたデントが、魂が抜けたようにヤナップちゃん、僕もう疲れたよ…と繰り返していたので、あながち幽体離脱も納得の行く捕らえ方なのかなぁとも感じてしまった。


『ほ、ほらっ!やっぱお化けなんだよぅ!ありえない髪型のお化け!』
『いや幽体でしょ…?お化けじゃなくて。まぁ、とりあえず、怖いのはあの髪の毛だけだな。そうだろ?ツンちゃん。』


お化けやだよーと涙声で鳴きながら目をギュッと閉じてうずくまってしまったツンちゃんに、フォアイトは声色を僅かながら穏やかなそれにして彼女に問い掛ける。


『ぴゃぁ〜…、幽体があのもじゃもじゃだけならそうだけど…。』
『よし、そうだよな。んで、君が戦うのはあのヨーテリー。これがどういうことかわかるよな。』
『ま、まさかっ、ヨーテリーのあのもしゃもしゃも幽体…っ!?』
『そうじゃねぇよ…。ツンちゃんが戦うのはヨーテリーなんだから、コッドだかデッドだかの髪の毛が幽体だろうと、関係ねぇよってハナシだっつの…。』


彼女をうまいこと説得できないまま埓の開かない長話が続く中、中々バトルに使うポケモンを出そうとしないでしゃがみ込んでいるフォアイトに痺れを切らしたポッドが、遅いっ!なにしてんだっ!?まさか怖じけづいたかっ!?と得意げな表情で言い放ってきたので、彼はひとまず閑話休題のためにも今回もポフィンで彼女を釣るかな、なんて考え始めていた。


しかし、彼がその話を持ち出すよりも先にツンちゃんはう〜と唸ったかと思うと、わ、わかった、戦う…と、それはそれは小さく呟いた。


『え、まじっ?』
『だ、だって、飴の跡地のときも、あたしがびくびくしてたから、フォアイトいっぱい困ったでしょ?このまんまじゃすごく格好悪いもん…。』



いや、夢の跡地、と突っ込むところでは無いだろう。
半ば諦めのような表情も伺えたが言っていることは紛れも無く本心のようで、微かに眉尻の下がった彼女の瞳は、真っすぐにフォアイトを見据えていた。


『だ、だからっ、ちゃんと色々あれやってーって、言ってねっ!フォアイト!あたし頑張るから!』


今までわがまま三昧だった彼女が、始めて自分から嫌なことをやると言い出したことに言い表せない驚きを感じたフォアイトは、文字通り目を大きく見開いて須臾の間硬直が溶けなかった。


それも一瞬で、そのあとにはえも言われぬむず痒さと、胸の中に暖かいミルクでも注がれているような感覚を覚え、彼の口角は独りでに引き上がっていた。


『……あぁ、任せろっての。こっちこそ、ツンちゃんのこと頼りにしてるからな。』


にやけてしまいそうになった口元をにっと広げ、並びのいい歯を見せながらフォアイトは何の他意もなくそうツンちゃんに伝えた。


『う、うんっ!まっかせなさい!じゃぁ、行ってくる!』


彼の言葉に、先程までのびくびくが嘘のようにそう返した彼女も、今まで見たことないようなきらっきらな笑顔のまま、たっとバトルフィールドへ向かって行った。


彼は旅立つ前に比べて自分は随分と笑うようになったなと感じながら、普段より頼もしく見える彼女の背中をしばらく見つめる。


さぁ、こっからはジム戦だ、にやつくのは後にして気を引きしめていこう、柄にもなくそう自分に言い聞かせながら立ち上がろうとしたときだった。


突然視界が暗転し、今さっきまで目の前に広がっていた物とは全く違った光景が自分の瞼の裏に直接映し出された。


―――――――


降りしきる雨の中。


絶望の淵にいきなり放り出された自分は、襲い来る恐怖から逃げようと必死に走り転げていた。


逃げて、逃げて、逃げて…とっくに悲鳴をあげていたのに酷使していた足がついに縺れて、自分はその場に倒れ込んだ。


それでも後ろから迫って来るであろう巨大な悪寒に耐え切れず、腕を使って少しでもそれから逃れようと地をはいずった。


そう、ここまでは彼の「記憶しているできごと」だった。


しかし、その先は違った。


クルミルのようにひたすらはいずって追って来るナニカから逃げていた醜い自分の前方に、何かが倒れ込んでいるのが見えた。


「それ」は自分のように希望を打ち砕かれ、自分のように地に倒れ伏していたが、自分のようにはいずるだけの力すら残っておらず、今にもその小さな命を手放してしまいそうだった。


放っては置けないと感じた自分は、考える間もなく「それ」を抱き上げた。
「それ」は力無く自分には理解できない鳴き声をあげた。
自分は「それ」を…………った。
同時に……と……ような……………、どこか………た。
自分は「それ」に一つだけ余っていたア………ドチ…コを…………、その痩せ…っ…身体…………。
「それ」は………………………い開けてそれ………た。
そのあと自分は………。
自分は…………。
「それ」は……。
「それ」は、「それ」は、「それ」は「それ」は「それ」は……………………………。


最後に彼の脳裏に浮かんだのは、なぜかついさっき見たばかりの、彼女の笑顔だった。


―――――――





 

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