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Merging Melodies
2




良い子はもう各々のドリームワールドの中か。


日付けももうあと一時間もしない内に変わろうとしているころ、サンヨウシティポケモンセンター4階の廊下を、できるだけ足音をたてないようにして進んでいたフォアイトは、その手に握られている部屋番号の記された札付きのキーに目を落とす。


耳鳴りがするほどの静寂が辺りを包む中、それぞれの部屋の扉を横切ったときに微かに聞こえるいびきやら生活音やらが、必要以上に主張して耳の中を跳ね回った。


『っ…と444号室は…ここか………。』


廊下の突き当たりに差し掛かったころ、今日寝床とする部屋にたどり着いたのか、フォアイトは静かに呟きながらゆっくり足を止める。


彼の目の前の扉の中央で無機質に縁取られた角のかけた部屋番の札に、444の文字が等間隔で並んでいた。


『ぴゃぁぁぁ〜〜〜〜…ぅ………。やっと寝れるよ……。』


なるべく音が出ないようにして鍵穴にキーを差し込んだフォアイトの肩で、大きな欠伸を漏らしたツンちゃんが、眠そうな瞳をゆらゆらさせながらそう呟いた。


その間にも扉は開かれ、玄関でいい加減に脱いだランニングシューズに足を取られながら部屋内に速足で進んだフォアイトが、肩からかけてあった鞄を部屋の隅に降ろすとともに、彼女も彼の肩から備え付けてある一人用のベッドに跳び乗り、ごろりと横になった。


『今日は何ーか疲れたなぁ。ま〜だ二日目なのに……。』
『色々あったからね……。』


いつもの上着をハンガーにかけ、ツンちゃんと同じようにベッドに転がり込んだフォアイトがいつもに増して張りのない声でボソリと言った内容を、彼女もそれとなく肯定する。


そう、今日はそれこそ多忙な一日であったと思われる。


記憶を遡る形で今日一日を振り返っていたフォアイトの頭にまず浮かんだのは、ござるござると言いながら、お腹にくっついているホタチをむやみに振り回すミッチーと、その傍らでニッコリと微笑むベルの姿であった。


あのバトルのあと、うわぁ勝てなかったぁ…と呟きながら、傷を負ったミッチーをボールに戻すなり、ふわあと言いながら近づいてきたベルに、『やっぱり強いねフォアイト!あたしも負けないようにポケモンを育てるよ!』と何か手まで握ってそう誓われてしまい、かと思ったら彼女はじゃあバイバーイと手を振りながら、あれ、ちょっと待てというフォアイトの声をそっちのけに、なぜか街へは向かわず、また来た道を戻って2番道路の突き当たりのほうへスタコラといってしまった。


相変わらず変なやつだなぁと半ば呆れながらも一応心配しはしたが、彼女ももう世話を焼くような歳ではないのでさっさとセンターの食堂で飯食って寝ようなんて、少しも追い掛けもせずに北へ進んだのはつい1、2時間ほど前だった。


今になって引き止めぐらいしたほうがよかったか?こんな夜中に女子一人で大丈夫だろうかと自分の行いを省みたが、やっぱりもう世話を焼くような歳ではないのでという考えが頭の中をいったり来たりしていたたせいで、まぁこれはもういいかと彼の中で保留になった。


続いて浮かんできたのは、何を間違えたのか運動会真っ盛りの女子生徒の衣装をその身に、恐らく心にまでまとって彼らの前に現れた、彼の母親だった。


確かに届けてくれたものは役に立つし、別れ際のお話も胸にぐっと来るものがあったのは認めるが、いい加減おかしなスイッチをONにするのだけは、もう勘弁していただきたい。


それがなければ、恐らくとっても素晴らしい母親なはずだ、いやあと掃除の腕もか、なんて思っている内に、フォアイトの頭の中で夕方の母親はどこかへ走り去って行った。


因みに、彼女が手渡してくれたポフィンの袋の中には、ポケットサイズポフィンメーカーなるものも一緒になって鎮座していた。


一度に作れる数は少ないが、コンパクトなサイズで値段もお得、旅行やレジャー中でも本格的なポフィンが手軽に作れ、『これであなたも野性のポケモンにモッテモテ!』がキャッチコピーの便利な一品、それがポケットサイズポフィンメーカーなのだ。


通常のポフィンメーカーの置いてある家では出番がなかったが、こういう旅中でこそ真果を発揮するこれは、ランニングシューズ同様役に立つものであるのは確かだ。(ポフィンは製品を買うよりも、きのみを買うなり拾うなりして自分で作った方が安いことがほとんど。)


が、これがきたせいでツンちゃんからポフィンをねだられる回数が増えてうるさいったら無いため、フォアイトにとっては余計なお世話以外の何物でもなかったのだ。


さて、話しを戻すとしよう。おかしな恰好の母親が走り去った彼の脳内に次いで現れたのは、彼らの朝食兼昼食ありつく時間を遅れさせ、おまけに幼なじみのメガネ君が串刺しになる原因を作った奇妙を絵に描いたような少年、Nだった。


今になっても、帽子の影から除く彫刻か何かと間違えそうな気味の悪い微笑みはすぐに嫌でも思い出せた。


姿や振る舞いも去ることながら、彼の考えや言動、さらにはポケモンバトルのヤリカタまでもが自分を含めたほかの一般人とは一線を画していたのは明白、早い話しが変態だったなぁとフォアイトは今になってやけにはっきり実感した。


『ねぇフォアイト、そういえば、結局あれは何だったんだろうね、あれ。』


不意に、思考にふける彼の隣で、ころりと寝返りをうちながら、ツンちゃんが、イマイチ内容の伝わらない文章で語りかけた。


『へ?なんだ?どれだよ?』
『だからその…何て言うかこう、…もやもや〜ぽんっ!みたいな…。』
『いや、ちょっ……とわかんないん、だけど。』


寝ていた身体を起こして座り込んだ彼女は自分の頭を細く小さな手でわしゃわしゃしたあと、パッと手を挙げるジェスチャーまでつけて彼女なりに分かりやすいように説明したのだろうが、フォアイトには一切伝わらなかったようで重たそうに上体を上げてそれを見ていた彼は、苦笑いしながら首を傾げていた。


『いや、えと、えぇっと………、ほら、Nだよ。N!なんか、…ほらほら…。ちゃんとあれをしろーって、ひょろネコに言わなくても、しっかりバトルできてたよねぇ?』
『………んまぁ、確かに…。』


ウンウンうなりながら乏しい言葉のレパートリーで何とかフォアイトに伝えようとした彼女は、ふと昼間のNの姿を思いつき、それを元に言葉を付け足して説明する。


それでも言ってることはちょっと理解に及びずらかったが、たった今何となくNについて考えていた彼は彼女の言いたいことをなんとか汲み取るに至れた。


『そんでそんで、そのあとあたし達もおんなじ風になったよね?』
『あぁ、あれか。』


足をパタパタさせ、手を万歳の形にしたりベッドをパンパン叩いたりしながら、必死な様子のツンちゃんの説明がやっと功を成したようで、彼はフムフムと頷いていた。


さっきのジェスチャーとどう関係があるのだろうと考えていたフォアイトだったが、『どうやら咄嗟の突っ込みがある程度できるツンちゃんではあるが、他人に何かを説明して理解させるのは苦手なようだ』というフレーズが急にどこからともなく頭に入ってきたせいで思考そのものが寸断され、例の如くまぁいっかと流されていった。


『………で、それが?』
『うん、あれは何?』
『………いや、知らんよそんなん…。今更だし…。』


Nとの戦いのあと、傷ついたツンちゃんを回復させたり飯を食ったり、ついでにチェレンをどうにかしたりで忙しく、彼との勝負中に何となく使えるようになったあの「指示しなくても指示してる」力については、フォアイトもツンちゃんも全く触れることなく過ごしていたから、まぁつまる話しがものすごく今更なのである。


『ただ一つはっきりしたのは、あれ使ったあとな〜んか、やーけに疲れてんだよな。』
『え?そうだったの?』


その力について全く触れなかった彼らだったが、全く使わなかったわけではなく寧ろその逆で、彼らは仕掛けられたポケモンバトル全てにおいてこの力を利用していた。


その最中でフォアイトは、その力を使った一戦が終わる度に、自分の手や足、とにかく身体全体に一つまた一つと重りが重ねられて行くような疲労感が襲って来るのを感じていた。


『とにかく、この力は乱用は禁物だな。使えば使うほど、俺の身体の方にガタがきちまうみたいだ…。』


偉く疲れきった様子で、フォアイトはそう呟く。


彼の今日の過度の疲労の原因は、どうやら先に上げていった色々なことだけには留まらなかったらしい。


そっかぁ、と小さく囁いたツンちゃんが、あれ使ってたらバトルが楽だったのになぁと残念そうに呟いたことに、彼は何となくやり切れない気分になる。


仕方ないね、と寝転がったツンちゃんに続き、起こしていた上体を元に戻しながら帽子を外した彼は、取り合えず今日はといいながらそっと瞼を閉じようとし、かと思ったら思い出したようにそういえばと起き上がった。


『なに?』


急に飛び起きた彼を不思議に思い、彼女は小首を傾げながらゆっくり身体を起こす。


がさごそと自分のポケットを漁っていたフォアイトは、割と短い時間で目的のものを見つけだすと、大きすぎて一度出口に突っ掛かったそれを、無理矢理引っこ抜いた。


『あ、開かずのチョコボール!持ってきたんだそれ!』


それは出発前、彼らの手の中で不思議な輝きを見せたオルゴールだった。


ツンちゃんもそのことは覚えていたようだが、名前までは記憶してなかった様子である。


『チョコボールじゃなくて、オルゴール。食い物ばっかだな君は…。べつに俺が持ってきたわけじゃないけど。』
『え?じゃあ何でここにあるの?』
『いや、Nとの戦いの時に、いつの間にかポケットに入ってたんだよ。家においてきたはずなのに…。』
『…………それって、どういう…?』
『まぁ、メルヘンチックに考えると、こいつが独りでに動いて勝手に俺のポケットの中に入ってきたってことになるな。そうそう、これがポケットに現れてから急にあの力が………ってあれ?』
『……………。』
『どうしたツンちゃん?』
『………ひっ!び、ぴゃぁああぁあぁ!!!呪いだーーーっ!!』
『ぅおぁっ!?』


昨日の夜を彷彿とさせるような大音響。フォアイトがオルゴールとあの不思議な力の関係を話しはじめようとした一方で、真っ青な顔で冷や汗をだばだば発生させはじめたツンちゃんは突然金切り声を上げて叫び、呪いだと喚きながらフォアイトの手に乗っていたオルゴールを尻尾でかち上げた。


『な、なんだ、どうしたよいったい!?』
『呪いだよー!チョコオーレの呪い!怖いよー!早く捨ててよー!』


軽く宙を舞った重たいオルゴールを両手でキャッチしたフォアイトは、昨夜とは比べものにならないほど危機迫る表情で叫びはじめたツンちゃんを制止にかかるが、彼女は未だに呪い呪いと繰り返しながら彼が、チョコオーレじゃなくてオルゴールだと茶々入れる前にベッドのシーツに潜り込んでしまっていた。


『はぁ………、おいおい…、呪いなんてあるはずないだろ?それにこれは、俺のじいさんの形見なんだって。仮に呪いがこの世にあったとしても、そんなのが呪われてるわけなーいっつの。』


ため息を尽きつつもツンちゃんを宥めながらオルゴールをベッド脇の小さな机に置いたフォアイトは、彼女を両手で掴んでシーツから引っ張り出す。


彼自身、内心彼女とおんなじ考えがないわけでもないし、このオルゴールのせいでおかしな体験をしたのは今回が始めてではないのは承知しているつもりだった。


しかし、彼はこれを身の回りに持っているだけで何かとても安心できるような気がしてならなかった。


現にNと一戦交えたときも、このオルゴールが恐怖を消し去ってくれなければ、彼との勝負に敗北し、今こうして旅を続けていたかどうか定かではない。


フォアイトの両の腕に引っ張り出され、涙でうるうるになった瞳を震わせたツンちゃんがゆっくりと顔を出した。


『じゃ、じゃあフォアイトのおじいちゃんのお化けが………。』
『それもなーい。』
『フォアイトは…お化け、怖くないの…?』
『ツンちゃんは怖いんだよな。暗いとこも狭いとこも…お化けも。』
『こ、怖くないもん!!』


からかうようなフォアイトの挑発に、ぅぴゃぴゃーとなって強がりつつ再び騒ごうとするツンちゃん。


今更否定はできないだろう、と口しようとしたフォアイトだったが、ふとした思いつきが頭をよぎり、さっきの言葉を腹の奥にしまい込んでいたずら半分こんなことを口にした。


『なぁツンちゃん、『お隣りさん』っていうこわーいお話知ってる?』
『ぴゃ、ぴゃはぁ……なに…?急に…。』


突如声を低くしてずっとツンちゃんに顔を近づけた彼は、喚き散らすのをやめ、表情を引き攣らせて固まった彼女を見て内心ほくそ笑んだ。


そう、彼の思いつきとは、恐怖におののいている彼女を利用し、ここでひとつ『夜中にうるさく騒いでいるとお化けが迎えに来る』的な内容の怖い話しでもして、彼女の夜も憚らずに大声をあげる習慣を排除しようというものだった。


『お化けが怖くないんだよね?だったら、怖い話しくらい聞けるよな、ツンちゃん。』
『う、うぅっ…。』


先程の発言が裏目に出てしまい、涙目になって呻くツンちゃんが可愛そうに見えてきたフォアイトだったが、彼としては呪いとかお化けなんかよりも、いつ他の客やジョーイさんから苦情が来るかのほうが怖い。


これからセンターに泊まることも恐らく増えて来るだろう、危険な芽はさっさと詰んでしまった方がいいと自分を正当化した。


『で、聞く?聞かない?』


わざと得意そうな笑みを浮かべて、ツンちゃんを煽る。


彼女は、口をヘの字形に歪めて泣くのを必死になって堪えていたが、不意に顔をブンブンと数回横に振った。


『き、聞くよっ……怖くなんかないもんっ…!』


下唇を噛み、小さな拳を握りしめながら涙声で答えるツンちゃんをみて、フォアイトはさすがにやり過ぎかと感じたが、昨日から迷惑しているのはこっちだと自分に言い聞かせ、甘くなりそうだった自分を押さえ込んだ。






自分のあぐらの中にツンちゃんを乗っけて深く息を吸ったフォアイトは、静かにゆっくりと語りだした。





 

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あきゅろす。
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