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Merging Melodies
3






『ツンちゃんたたきつけるぇ〜。』


先程の河原の一件から10分経ったか経たないか、やっとこさ重い腰を上げたフォアイトの指示が、1番道路の普段は穏やかな草むらをざわめかす。


その声色は、少し前まで川の石ころをいじりながらいじけていたとは思えないフレッシュさ(相変わらず声に張りは無いが)を含んでいた。


『どっせおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉいぃぃぃぃぃ!』


その指示に答えたツンちゃんが、到底♀とは思えない掛け声を上げながら自慢の尾を唸らせ、目の前のミネズミにたたきつけた。


無駄に元気。


『ぁっひぃぃぃ!こりゃぁたまらんっ!』


彼女からの一撃を受け、やけに甲高い声でそう鳴きながら走り去って行ったミネズミを眺め、何となくチェレンのパートナーとなったMっ気ぶたさんを思い出しながら、フォアイトはふぅとため息を付く。


その両の拳は、バトル中と変わらず握られたままだ。


『やった、フォアイト!もう全然平気そうだねぇ!』


そこへ、たった今ミネズミを退け、戦闘を終わらせたツンちゃんが上機嫌でニコニコしながらフォアイトの早い精神的克服を喜びつつ近づいてきた。


薄暗い中でもその鮮やかさを損なわない彼女の尾の先が、嬉々として左右に揺れている。


『いや。大分無理、してる。』
『え?そうは見えないけど…?』


しかし、ツンちゃんの確信に反して、フォアイトの返答は後ろ向きなものだったことに、彼女は表情を一転させて首を傾げる。


そんなツンちゃんを尻目に、彼は握っていた拳をゆっくりと開いた。


そのまま開かれた自分の両掌に目を落とすと、彼女にもっと自分の方へ近づくよう告げそれを彼女の目の前まで持ってゆく。


『ほら、その証拠に、握りしめてた拳のせいで手に爪が食い込んで…。』
『え、ぴゃえぇーっ!掌が血で真っ赤っかーっ!嘘でしょ、フォアイト!?』


そう、彼は野性ポケモンと戦う度に、襲いかかってくる罪悪感やらなんやらを振り払うため、思いっきり拳を握り続けていたのだ。


そのため、指先を越すほど長さであった爪が掌に食い込んで肉をえぐり流血、彼の両手はあわや真っ赤に染まってしまったのだ。


旅立つ前にあれほど母に切っておけと言われたのに切らなかった彼の自業自得と言われれば仕方がないが、その痛ましい光景は、見る者の背筋に嫌な冷え込みを与えた。


『ええぇ〜…、これ平気なの、痛くないの?ていうかこんなになるまでバトルが辛いのぉ?』


ひどく痛々しいパートナーの手を前にし、さっきまで自分がノリノリのテンションマックスでバトルしてたのが何だか申し訳なくなってきたツンちゃんは、心配を源泉とする質問の数々でで、彼を責め立てる。


『いや、トマトケチャップだよねこれは、って思えば手は割と平気。』
『いや無理があるようさすがにそれは!大体!バトルの度にそんななってたら、最後には全部手が無くなっちゃうよ!』


本気なのか冗談なのかわからない彼の返答に、ツンちゃんは手をブンブン縦に振りながら彼女らしい内容の抗議、もとい、ツッコミをいれた。


さっきとは違った意味で縦に振られる三つ葉の挙動が、なんだかちょっとおかしく感じた。


『舐めてりゃ治る。こんなの。それに、バトルに慣れれば、こうならなくてすむだろうと思いたい。』
『願望じゃんそれぇ!それに、そんな手じゃあボール投げれなくてバトルに慣れ…ってぴゃあ!ホントに手ぇ舐めないでよぅ!みっともないぃ!』


相変わらず斜め上にズレた返答をするフォアイトを前に、ツンちゃんはこのままツッコミキャラが定着してしまいそうな勢いで、彼のおかしな挙動を一つ一つ消化していく。


そんな中、あろうことか傷口を舐めはじめたフォアイトは、冗談だよ、と言って動作をやめると、ポケットからハンカチを取り出し、ようやく朱に染まった手を綺麗に拭き始めた。


『ま、平気だ。痛みはカポエラやってた頃に比べりゃどうってこと無いし、それに、ポケモンの叫びは全部チェレンとベルが騒いでるだけだと思えば、かなり楽になったから、慣れる日もそう遠くないかもな。』
(いやだからそれもそれでどうなのそれぇーっ!?)


もはや彼の発言を一人でサバキ切れ無くなったツンちゃんは、ツッコミを声に出すことすらままならなくなったのか、手を微妙に前に出して震えさせながら固まってしまった。


その時の表情がなんだか変で、フォアイトは思わずクスリと鼻を鳴らしてしまう。


『……でもなーんか…。なーんで急にポケモンの言葉なんかわかるようになっちまったんだろな…。まじ、不可思議。』


そんな彼女の苦労(?)を知ってか知らずか、急に調子をマジメのそれに戻したフォアイトが、誰にかけるでも無い質問を少し鉄臭いその口で呟いた。


役目を終えてポケットに突っ込まれた紅い染みの目立つハンカチが、その端のわずかな部分だけを住処から覗かせている様子が妙に目立っている。


『ぁぅあ、ぅぁ、ぅぴゃう?ぴゃ…、それはまぁ、確かにねぇ…。』


唐突かつ、何故今まで一度も触れなかったのか、そんな質問。


これには彼女も、ツッコミスタイルから通常への切り替え余儀なくされる。


『俺、倒れたよな。わかるようになったのはあの直後からなんだよ。たぶん。オルゴール、いじってたよな?』
『うん。ゴミ山の中に埋もれてたやつ。』
『…ゴミと言うなゴミと…。』


誰だって、あんな光景を目の当たりにすればゴミだと思うのは仕方ない。


しかし、誰にとっても、自分の部屋に置いてあった物をゴミと称されて気分の良くなる人などまず居ないだろう。


彼もその例外ではないらしく、彼女にそう指摘されるなり頭に巡らせていた思考を一時中断し、面白くなさ気な目線をツンちゃんに送った。


『だって、だってね!中、すごい埃だったし、色々バラバラ〜ってなってt』
くゅるるる〜


フォアイトの不機嫌な視線に対し、ツンちゃんが抗議の声を上げようとしたところ、彼女のつやつやとした腹から、かわいらしくもブサイクな音が漏れ出る。


ツンちゃんの頬が朱に染まった。


フォアイトの方も表情を緩ませ、まだ痛々しい傷の目立つ手で帽子の上から頭を掻いた。


『…………。』
『…………。』
『…………。』
『あ、あの、あのねフォアイト…。』
『ま…、戦闘も何回かしたし、9時近いし…。ん、わり。そういや、ポケモンフーズ持ってない。』


そんなぁという呟き、そして長くない尻尾がぺたんと弱々しく地面を鳴らしたのと同時に、彼女はその場に尻餅を付く形で座り込んだ。


短くて細い腕が、表面積の小さい彼女のお腹を撫でる。


『お腹すいたぉ…。』
『…お腹すいたぉー…。』
『ぴゃあ!真似すんなぁ…!…ぴゅぅ…。』


先程まではバトルに夢中で全く気にならなかった空腹を意識しはじめ、珍しく女々しい声で非常にはかなげに鳴いたツンちゃんを見、フォアイトはからかうようにその一字一句を真似た。


これには彼女もカチンときたのか、うぴゃーっとなって反論しようとしたものの、動いた途端に腹の虫が我が儘を言い、勢いを殺されて彼女はしおしお萎れていく。


『こんなとこで考え込んでても仕方ない。カラクサタウン、すぐそこだ。』


べちょっ、と潰れたトカゲのように腹ばいに倒れ込んだツンちゃんを抱き上げながら、フォアイトはそう言って歩き出す。


その手はまだ微かに鉄臭い臭いを放っていた。


『町…、…はっ!飯!ご飯!でぃな〜!』
『エサ。』
『エサ言うなぁ!』


食事にありつけるとわかった途端、彼の腕の中で舞い上がったツンちゃん。


それを、フォアイトがたった一言揚げ足をとったことに、彼女はぷんすかなりながら声を荒げる。


先程から定着してきたやり取りを見、フォアイトは何となく自分達一人と一匹のリズムが、着実に出来つつあるのを感じていた。






時刻はちょうど21時。






良い子はもう寝る時間である。






 


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あきゅろす。
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