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Merging Melodies
7





『これ…』


寄せた眉間の対角線、箱状の何かを双眼に捕らえたフォアイトは決して短くは無い時の逆流を感じた。


その持続時間は実はほんの一瞬で、脳裏によぎった「それ」に関する脳の記録信号が、悪戯な程に膨大であったがゆえの錯覚だった。


無意識に顔を近づける彼の視線は釘付けで、他の一切が背景同然に溶け渡る。


それは、この晴天の、否、ゴミ溜めの霹靂が、名付けの対象となった暖かい緑色よりも、更に彼の重大をかきたてている事を意味する。


焦点のど真ん中で、記憶との併合をなすその立体は徐々に大きさを増す。


その徐行拡大は、「それ」を抱き締める尖った鼻先が、同じく物理的に突出している己の頭部装飾と接触するまで続いた。


そうなると同時に、フォアイトの世界はそれ以外を取り戻す。


『たじゃっ、たじゃぁっ!』


みてみて、とばかりに「それ」を差し出すツンちゃん。


小さいながらも少し膨らんだ腕が、間に挟まる「それ」質量の大きさを訴えている。


数多くの物体からなる山の中から、ツンちゃんがこれを選んで持ってきたのも納得だった。


数々の装飾の施されたそれは、その華やかさもさることながら、何か特別なもののようなオーラを纏っていた。


なによりもまず目に付くのは、ガラス玉やビーズであろう、半人工的な煌めきがばら蒔かれている蓋部分。


表面に記された幾何学的な、あるいは異文明的な紋様の隙間を縫うように、小さな反射光のラインが中心へと向かって、若しくは中心から発せられるように続いている。


その煌めきの列を統べるかのような中心には一際大きなガラス玉が居座っており、値の付けられないような宝玉を真似て部屋の照明を幾重にも跳ね返している。


その傘下で横に延びた箱の側面には、面積の2/3を陣取るように八部音譜の模様が。


それを境に左は緑、右は赤色に艶やかな光沢を備えており、その色彩に溶け込むような滑らかな曲線と、背景とは逆の色彩を讃えた沢山の小さな音譜達が描かれている。


反対の面では、同じように描かれた八部休譜が左右の色の分け目を担い、果てがないと思われた色彩の乱舞を切りのいいところで留めていた。


箱の底面はこの位置からじゃ見えないが、フォアイトはそこに直筆で『Whoite―フォアイト―』と彫ったのを覚えている。


『これは確か、じいさんが死ぬ前にくれた、開かずのオルゴール』


開かずの、とつくと、どこか胡散臭く聞こえるのは人の性か。


実際、「ただの物」ではない空気を発するこのオルゴールが開いた所は、フォアイト自信も見たことが無かった。


なので、これが本当にオルゴールなのかどうかも怪しいのが実際のところ。


それでも、かつてフォアイトにこれを手渡した人物が「これはオルゴールだ」と言っていたので、彼は全くその事実に疑いを持つことがなかった。


その人物というのも他ではない、彼の生みの親の親、彼の祖父である。


このオルゴールは、フォアイトがまだ10歳に満たなかった頃、彼の「じいさん」が、何となく自分は近々死にそうだからと言って何となくフォアイトに託し、何となくフォアイトの名前を底に彫り込ませ、何となく数日後にじいさんは本当に死に、何となくフォアイトは自分の部屋にこれを置いといて、何となくそのまま時間は過ぎ、何となく無くなってしまった代物であった。


そんな代物が、今日、パートナーのツンちゃんによって見つけられたことに、特に理由もないがフォアイトは何となく感慨深く思う。


『懐かしいな。確か、この中には開ける人の心のメロディが入ってるとかうんやらかんやら言われたような…。ま、じいさんもボケてたし、まず、開かないんだから心のメロディもなにもn』

カチャリ、手を伸ばし、ツンちゃんの腕からオルゴールを受け取ろうとしてフォアイトが触れたその瞬間、今まで開かずと恐れられたオルゴールの口が、まるで食べ頃のアサリのように何の前触れもなく開いた。


『ふぁ…?』
『じゃ?』


間の抜けた声…。


霧散するよりも先に、オルゴールはパックリと開いた口から目を覆ってもめまいが襲うような光を溢れんばかりに放ちはじめた。

『だじゃーーーーっ!?』
『な、なんじゃこr』


ズン、とフォアイトはツンちゃんの悲鳴を間近で聞きながら、鈍器のような物で殴られたような気がして目をつぶる。


何ともいえない浮遊感が、つま先から漂うように現れる。


一瞬の間の後、瞼を持ち上げた彼は、宇宙空間とも満点の星空とも、はたまたバルビートとイルミーゼの飛び交う丑三つ時の河原ともつかない煌びやかな光の粒子が飛び交う空間にだだ1人佇んでいた。


周りでは、色々と混ざりすぎて不協和音にしか聞こえないオルゴールの音が、耳鳴りがするほど鳴り響いている。


『なん…だと…?』


両耳を押さえながら、某死神漫画の定番台詞を、素で吐いてしまうフォアイト。


ここが普段の日常生活であったなら、笑われること間違い無しであっただろう。


しかし、ここはどこから見ても非日常、非現実的、非科学的な空間で、こんな事で彼をせせら笑うものなど誰ひとりとして存在しなかった。


暫く呆然と辺りを見回していた彼は、星か蛍かと思っていた光りが全て音譜であったことに気がつく。


そこへ、他の音譜とは明らかに光り方の異なる二つのそれが、フォアイトへと近付てきた。


『……。なんだよ…』


警戒しながらのフォアイトの問い掛けには誰も答えず、二つの音譜はそれぞれ緑と赤に輝きはじめる。


直後、フォアイトの発達段階の脳は、鼓膜の振動を経ない異質な「声を」感知した。


―やっ…、…えま…たね―
『ぐっ!…?なに?なんだって?』


始めてのテレパシー体験。


軽く額を押さえた彼はそれ自体には大して反応を示さずに、フォアイトはむしろ受信の合わないラジオのようなその声に聞きづらいとの意思表示をする。


―僕た…は、メロ……タ。君…前世…―


『…っぁ?なに、前世?どゆこと?』


問答無用に紡がれる断片的なフレーズに対し、フォアイトの実直な質問が跳ぶ。


―今、ポケ…ンとに……んのきず…が、引…裂かれ………し……す―
―君…お…じ、英……素し……持つ………よっ…―


『いや、聞こえない聞こえないって。前世意外全部わけわかんなかったからもっかいプリーズ!』


二人いるのだろうか。


口調の違う二つのそれはフォアイトの質問には反応せず、畳み掛けるように交互にぶつ切れ状態のテレパシーを彼に送る。


それに対してフォアイトはもう一度話すよう懇願(?)するがテレパシーの主は答えない。


―これ…止め…れ……は、き……かいな…。頼む、ポ……ンと…んげ…の……いを、す…っ……れ―
『ちょ、タンマ、タンマ。今、俺何頼まれたんだって?おい。ちょっとー?おーい』


理不尽に進められる話にいよいよ待ったをかけるフォアイト。


すると、緑の音譜の方の光りが一際強まる。


―ちょっと黙って話を聞いて!今……、あな……な…の……べ…な力を……めさ……す。ポケモン…………を理解…る、…れ…おな……から…す―
『はぁ…。おーい、今黙って話をの所だけちゃんと聞こえたんだけどー。ずっとそれで喋れよ。聞き取りづれぇんっつってんだろが。このままじゃ話し聞くもクソもねぇぞってハナシ』


一部だけはっきり聞こえた、本題とは明らかに関係なさ気なフレーズに、フォアイトはため息混じりに突っ込んだ。


それに対し、赤い音譜の光りも強まる。


―ちょっとは真面目に話を聞きなよ…。さて、今……き…の…から……ざめ…せ…よ。ちょっと衝撃があるけど、気にしないで―
『ちょっと落ち着け、落ち着けってー。えーと?なに、まず、衝撃ってなんの?どのくらいの?』


要所要所だけしっかり聞こえる彼等の不安をあおらんとするばかりの台詞に、こればっかりはさすがのフォアイトも取り乱す。

するとやっぱり何の反応も無く、そればかりか今まで喋っていたであろう、二つの音譜が彼の周りを囲んで回りはじめた。


『でえ!?え!?なに!?何が始まんの!?っち、たく、何なんだよ…。』


不安でいっぱいのフォアイトはついに舌打ちをしてぐずりはじめてしまった。

だが、彼の周りを回転している音譜は動きを止めるどころか、どんどん加速するばかりだ。


―これ…らあなた…辛く、長い…び……ます。―
―でも、き…の…ばには……で…仲…が……、支…て…くれ……ずだよ。だか…不安……る……よ…な…からあ……んし…。―
『だからもう、なんで「辛く長い」とか、「不安」とか、ばっっかり、聞かせんだっ!』


フォアイトはいよいよ大声で怒鳴るも、案の定、あちら側からは、こちらの質問に対して何の反応もない。


そしてついに、音譜の回転は最高潮に達し、幾分か開いていたフォアイトとの距離も徐々に狭くなる。


『あーくそ、もう、どうにでもしやがれー。』


常人なら気が参っているような、奇っ怪なこの状況を前に、さすがのフォアイトも疲労感を覚えはじめ、ついには投げやりになって怒鳴るのを止め、その場にどかっと座り込んだ。

音譜とフォアイトの間隔はほぼ無くなり、ついに手を伸ばせば届く距離になる。


すると、今の今まで雑音にしか聞こえなかったオルゴールの不協和音が、不意に聞き覚えのあるメロディを刻みはじめた。


(あれっ?これは…。)


ふとフォアイトは、今日の昼間、まだベルを待っている間にクリアしたあのゲームを思い出す。


(エンディング…Eight Melodiesだ。)


知らない人はググった後でどこでもから動画サイトで調べて見よう。


みんな大好き任天堂のPK少年のゲームについて色々出るよ。


話を戻すと、彼の大好きなあのゲームのあの曲が、今このわけのわからない空間に響き渡っているのだ。


やがてそのメロディが終わると、次は、彼が最後にやったのは2ヶ月ほど前だったか、あのゲームの2のエンディングが奏される。


フォアイトは記憶の奥深く、小さい頃聞いた祖父の言葉を何となく思い出した。

―この箱にはな、開く人それぞれの、心のメロディが詰まっておるのさ―

〜なのさ、が口癖だったじいさんのしわがれた声が耳の奥でかっかっかと笑ったのがフォアイトには感じられた。


(俺の心のメロディ…、なるほどな、こういうことか、じいさん。)


やけに納得してしまったフォアイトは、その場で曲が3のそれに変わるのを感じながらふ、と目を閉じた。


『フォアイト。英雄の卵。』


どれくらい時間が過ぎただろうか。先程のテレパシーの声が、今度はフォアイトの耳に直接届く。

それと同時に、彼は今まで一度も耳にしたことのない、だけどもどこか懐かしいような音色をそのキンキン鳴り始めた両の耳に捕らえていた。


『皆の未来を頼んだよ。』
『あなたの旅路が、幸多いものである事を願っています。』


声の主は各々フォアイトを旅立ちに促すと、じゃあ、といって消えてしまったのが、目を閉じているフォアイトでもわかった。


と、次の瞬間、ズン、と強い衝撃が彼を襲うと、彼は自分の存在がこの無秩序な空間から押し出されたのを感じた。




彼の耳には、聞いたことのない、でも記憶の底をくすぐるようなあの曲だけが未だ聞こえていた。






 

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あきゅろす。
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