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Merging Melodies
4







『ミジュマル!たいあたり!』


ベルの指示を受けたミジュマルは僅かに躊躇した後にミジュッと鳴いて了解を示し、小さな手足を存分に奮わせ、フォアイトの腕に収まるツタージャ目掛けて獅子奮迅に走り出した。


正直言ってスピードはないが、やってやるぞという気迫は十分漲っているようだ。


『おいおいちょっと落ち着けっての!まだこっちは準備が…!』


白く塗装されたフローリングの床をどてどてとこちらに駆けてくるミジュマルに右掌を向けながら、フォアイトはベルにストップ要請を掛ける。


ご尤も、彼はベルのバトル請願を承諾した覚えはないし、何よりここ、自分家のしかも自分の部屋だ、ポケモン使って大暴れなんて真っ平ごめんだった。


しかし、今や念願のポケモンを手に入れ、先程の気分の悪さも忘れ去るほど有頂天になってしまっているベルに彼の声が届くはずが無く、彼女は指示を辞めさせるどころかいけ〜っと腕を挙げて盛り上がってしまっていて、彼の正位を捕らえた訴えが受け入れる様子は全く以て見受けられなかった。


後退るフォアイト。


すると、今まで彼の腕の中でおとなしくしていたツタージャが、文字通り蛇の如くスルリと隙間を割って腕から抜け出した。


あっ、と思うまもなく、そのまま空中で滑るように風に乗る木の葉さながらに回転したツタージャは、完全に攻撃される予想を立てていなかったミジュマルの眉間に、新緑を湛えるその尾先を勢いよくたたきつけた。


『みぎゅう!』


平手打ちを何倍も鈍く黒ずませたような音が響き、マッギョが地面に衝突するが如く効果音を発しながら、ミジュマルは床に仰向けにたたき付けられる。


一方、あっという間に一仕事終えたツタージャは、たじゃっと元気よく鳴きながら造作なく地に着地した。


『ふええ!ミジュマルぅ!』


おぉ〜と拍手するフォアイトとは対照的に口元に両手を当てて息を飲むベル。


勝ちムードから一転、思わぬ一撃を目の前にし、彼女はたった今手に入れたばかりのポケモンの名を呼ぶ。


打ち所が悪かったのか、床との接吻を続けるミジュマルは、頭上に幾つものアチャモを飛ばしながら目を回して伸びていた。


そこにすかさずチェレンが割り込み、ミジュマルの様子を暫し伺った後、右手を挙げて叫ぶ。


『ミジュマル、先頭不能!ツタージャの勝ち!よって勝者、フォアイト!』


公式試合の審判の真似事。


幼い頃はチェレンをはじめ、事あるごとに片手を挙げて高らかに叫んでみたりしていた三人だったが、最近はさすがに羞恥心から御無沙汰気味であった一連の動作だ。



いざ、今になってみてみるとなかなか様になっている。


『やけに、気合い入ってんのな』


気絶したミジュマルを抱き上げ、パニックを起こすベルを尻目に、フォアイトは妙に冷めた様子でため息混じりに呟いた。


褒めろ!とばかりに胸を張っていたツタージャに気づいたのはその時にうつむいた拍子で、ついでだからと抱き上げる彼の表情には一片の変化も加えなかった。


『君はやけにつまらなそうだね。せっかく勝ったんだから、素直に喜べばいいのに。ほら、ベルこれ、キズぐすり』


ゲンナリに根ざした様子を惜しげなく披露するフォアイトに対し、たった今勝旗を掲げた友人のパートナー(仮)さながらのジト目を向けてそういいながら、隣でミジュマルが大変だよぅと半泣きになっているベルにキズぐすりを渡すチェレン。


ぅぅ、ありがとうと彼女の鼻を啜りながらの声は掠れ、二人の鼓膜を揺らすことなく空に消える。


『俺、何の指示もしてないし。てか、初バトルが、不意打ちよろしくの代物じゃぁ、萎える、ってのっ』


必要以上に後半を強調しながら、はべそかきをかく幼馴染の横顔を容赦なく睨む。


『ぅうっ。ごめんなさい…』


しゅんとうなだれながら、ベルは本日何度目かの謝罪の言葉を紡ぐ。


彼女は素直に自分の浅はかさを認めているようで、伏せた両目は心なしか潤んで見えた。


が、それも一瞬で、彼女はすぐに顔をあげると全くもって純粋な表情で、両の拳を握りしめながらフォアイトに詰め寄る。


『でもっ、でもっ、どっちの子も、すっごく頑張ったよねっ!』
『…何の脈絡でそんな話に…いや、ま、確かに頑張ってなくもなかったけど…。』


突然話の動向を180度転じたベルを咎めようとしたフォアイトだったが、純度120%のキラキラした目でこう言い寄られては肯定はせずとも、最低限何らかの反応を示さないわけにはいかず、眩しげにそらされた視線を、言い訳めいた澱みが追うのみに終わる。


『それにしても、ツタージャ、凄かったよねぇ。フォアイトって、もしかしてすんごいトレーナーになっちゃったりするんじゃない?』
『いやだから俺は何の指示もしてな…』
『カブゥーッ!』
『ぐぇぇあぷっ』


それは死角からの一撃だった。


突然の奇襲、本日二度目。



フォアイトの(正確にはツタージャの)強さに興奮し、弾んだ熱気を声に含ませるベルは、彼の手を取り、顔を近付け、あろう事か言葉責めで詰め寄ることで気後れするフォアイトの注意力を霧散させ、普段は起こり得ない視野の欠損を引き起こしたのだ。


隙ありとばかりにその視覚的な不備を突いたのは、ついさっきまでおとなしくしていたチェレンのポカブ。


不覚にも生じたその死角を縫って、強襲など想像もしていない脇腹に一撃入れていったのだ。


無防備な土手っ腹への一撃は、フォアイトの神経に内から膨れ上がるような苦痛を流し込み、彼は珍妙な呻き声を上げながら半ば宙を舞った。


もちろん、彼の腕にすっぽり収まっていたツタージャも重心をばらされて床と水平になりつつある彼の腕の中からなす術なく投げ出され、床に放り出される。


『結…局、こうなんの、かい…。こんちくしょぉぉ…』


ずんがらごーっと非現実的な効果音を発しながら部屋の脇にある長机に突っ込むフォアイト。


衝撃で揺れた机が、ポケモン運搬の役目を終えて閑暇を持て余していた空箱を、机脇に転がったツタージャの頭上から落とす。


箱は開いている側を下にしながら落下していき、突然の出来事で対応し切れていないツタージャをすっぽりと覆い隠した。


たじゃたじゃと、箱の中でツタージャが、叫びながらもがいているのが端からでもわかる。


『きゃあ〜!フォアイト、ツタージャぁ〜!ちょ、ちょっとチェレンなにしてんのぉ!?監督何とか届きだよ!』


正しくは監督不行き届き。


目の前の惨状に絶叫しながらベルは責任者たるチェレンを叱責しにかかる。


当のチェレンは慌てふためき、ポカブはフォアイトが倒れたのを確認すると部屋中を、それはそれは楽しげに駆けずり回りはじめた。


『えぇっ!?ぼ、僕はそんな…。と、とにかく戻れ!ポカ』


何かを砕くような乾いた音が響いたのは、チェレンが言葉を切る直前だった。


音の出所は、知り合ったばかりの相棒の乱舞を沈めようと、モンスターボールを構えたチェレンの口内。


当の彼はポカブをモンスターボールに戻さずに、口を押さえてその場にうずくまってしまった。


『ふえ…?チェレン?………まさか…』


いきなり動作を辞めて膝を折ったチェレンを不審に思い、一瞬頭上に幾つものハテナを浮かべたベルだったが、思い当たる節があったのか、すぐにハッと眉間にシワを寄せた。


『うわぁ〜!フォアイトぉ〜!チェレンがっ、チェレンが舌噛んだよぉぅ!』


チェレンの舌噛み癖。


何となく可愛らしい響きを含んで聞こえるが、ここぞという大事なときに限ってのみ発生してしまうこの習癖は、三人の間では1、2を争うほどの悪評を被っていた。


あいつのバースデーケーキのローソクの火を、毎年自分が消す事になるなんて一体誰が予想しただろうか。


件の悪評に対するフォアイトの心境を代弁すれば、まぁ大体おおよそのところはこんな感じだった。


『…ぐぅ!んなことで騒ぐんじゃなぎゅふぅ!?』


ぶつけて傷んだ腰をさすり、上体を起こしながら瞳を潤ませて泣き言を垂らすベルを叱咤しようとしたフォアイトだったが、何か恨みでもあるのか、理解不能なご機嫌を湛えたポカブがその頭を踏み越えて行ったせいで、彼もチェレン同様、盛大にガリッといってしまう。


『くほぉ!ふぉんの焼豚がぁ〜!』


被害を被った舌を庇いながら、フォアイトは捨て台詞よろしく悪態をついた。


当の豚さんは、カブカブーと機嫌良く鳴きながら、そのままの勢いでツタージャの閉じ込められている箱を弾き飛ばし、続けざまに怪我が治ったばかりのミジュマルにたいあたりをお見舞いする。


再び騒ぎ出すベルをよそに、依然上機嫌の、ポカブは止まらない。


うわぁミジュマルがまたぁとパニックに陥るベル。


舌を噛んでしまって思うように指示が出せないチェレン。


同様の弊害を負ったフォアイト。


打つ手なし。


状況が状況なだけにフォアイトの身は馬鹿馬鹿しく奇妙なやりきれなさで満ちていた。


唇を割らんとするため息は、止める手段が無かったので好きなようにさせるしかなかった。





『だぁぁぁぁう゛じゃぁぁぁぁぁあ゛!』


そこに、救いの手が差し延べられた。


ポカブの体当たりをくらい、ひしゃげて横倒しになったプレゼントボックス。


不運にもその内部に幽閉されたかの者は、「横転して箱の口が出入り自由になった」という偶然の導きに従い、今、再びこの地に舞い戻った……。


ぶっちゃけると、こめかみにクッキリと青筋を浮かべたツタージャが、ポカブに弾かれて横向けに倒れた箱の中から、唸り声とともに這い出てきたのだ。


メシアの、登場である。

ツタージャは繰り返し与えられた衝撃ですっかり原形を失った箱を乱暴に蹴り飛ばすと、その場でだばだばと手足を無茶苦茶に動かし、怒りを顕にする。


そして、はしゃぎ回っているポカブをキッと睨みつけると、凄まじい剣幕で尾を振るいながら襲い掛かった。


『だじゃじゃーっ!』


渾身のたたきつけるを一撃。


真横からの不意打ちを受けたポカブは呻き声を挙げる暇も、反応すらも許されず、ゴムパッチンを何百倍も重くしたような音とともに宙を舞った。


数回のバウンドを経てようやくずざざぁと床を滑ったポカブは勢いを殺し切れず、壁に激突する。


家屋全体を覆うような鈍重な振動が轟いた。


『おっし!ナ〜イスツタージャ!』


いつの間にやら口内の痛みから逃れたフォアイトは、にっくき焼豚に一発くれたツタージャに一人で拍手喝采を送る。


だが、当のツタージャはそれだけでは腹の虫が収まらないようで、よろよろと起き上がろうとするポカブに更に追い撃ちかけようと宙を舞った。


『行ったれ!そのままたたきつけるだ!』


フォアイトはノリノリで拳を前に上げながら、初めての指示をツタージャに下す。


ツタージャはこれに素直に従い、完全に怖じ気づいて動けないでいるポカブの尻を目掛けて超威力のたたきつけるを再びお見舞いした。


『ぷぎゃぁぁぁぁぁんぁぅん!』


ポカブは攻撃を喰らったにしてはやけに悩ましげに大きく鳴くと、ピクピク痙攣しながらその場に倒れ込む。


その傍らにスマートな身のこなしで着地したツタージャは、満足そうに目の前で這いつくばっている豚を見下ろした。


(なんか、痛いとはまた別のニュアンスの叫びだったような…。気のせい…だよな。うん気のせい…。)


早い話が、ポカブが気持ち良さそうな悲鳴をあげながら先頭不能に陥ったのが少なからず気にかかったのだが、考えるとあまり健全でない方向に話が進みそうだったので、彼はこのことに関しては後ほどにと脳内で保留することとした。


年齢制限は、なるべく付けたくないしね!


『うぅっ。どうにか、なったみたいだね…。』


呻くように小さく口にしたのはチェレン。


ポカブを倒し、誇らしげに腕を組んでいるツタージャの元へと向かうフォアイトとすれ違いざまに、両手で口を押さえながらの呟きだった。


『どうにかなっただぁ〜〜……。お、い、こ、ら!このデコ眼鏡!お前がちゃんとしてりゃこんなことにゃ、ならなかったってハ!ナ!シ!なーにがどうにかなった、だ!あ!?』


ツタージャを抱き上げ、その艶やかな頭部を撫でながら、よろめくチェレンに辛辣な罵声を浴びせるフォアイト。


普段からも人相悪げに斜面を描く眉が、更にその角度を増す。


『フォ、フォアイト、そんなに怒鳴らなくても…。チェレンだって悪気があったわけじゃないし、ポカブもたまたまああいう性格だっただけで…。』


珍しく大声で怒鳴るフォアイトを宥めようと必死なベルが、ひんしのミジュマルを抱き抱えながらチェレンのフォローに入る。


『ベル、周り見ろ。お前、自分の部屋、こんなめちゃくちゃにされたら、どう思う?』
『…………………ふええぇ……。』


フォアイトに言われて、初めて身の回りを確認したベルが、いつもより間延びした声を漏らす。


部屋の隅では、気絶しているポカブを抱き上げながら、小さくスイマセンデシタと呟くチェレンの姿があった。


真夏の太陽はゆっくりと西に落ち始めていた。







先程も記したが、これは紛れも無く、これから始まる大冒険の切り落とされた始まりの火蓋である


こんなにくだらないのが?と誰かが疑うかもしれないが、これでも立派なプロローグ


これから始まる奇想天外な物語りのなくてはならないスタートダッシュなのだ


爽やかに吹き抜けるイッシュの風は、出だしの遅い彼らの旅立ちを、今か今かと待ち遠しくしている


それを感じてか、それとも別の理由なのか、それまでフォアイトの腕の中で、頭撫で撫でに目を細めていたツタージャが、不意に窓に目を向ける


風が一吹き―夏の木の葉をさらって行ったのがちらりと見えた












第一話へ続く

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あきゅろす。
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