旋光の輪舞<小説形式> 【S.S.S.女子組】初日の出・中編 二段ベッドが二つ並んだごく一般的な仮眠室が、彼女達に与えられた部屋だった。 兄弟がいない為、こういうタイプのベッドに寝るのは初めてだった忍は、上と下、どちらがいいか訊かれた時、迷わず上を選んだ。 リリとフィロメナは特に希望は無かったので、忍の下の段にリリが、もう一方のベッドの下の段に、フィロメナが寝ることになった。 交代でシャワーを浴び、明日の支度を整えると、フィロメナの予想通り、時刻は午前1時30分に差し掛かる頃だった。 寝る前に最終確認として、フィロメナは二人と向かい合った。 「明日は7時起床と言うことで、よろしくお願いします。では、おやすみなさい」 「おやすみなさい」 「おやすみなさいっ」 三人は、それぞれのベッドに横になった。 (天井近いな〜) 寝台に横になった忍は、微笑みながら天井へと手を伸ばす。先程まで初日の出のことで随分落ち込んでいたが、前向きに考え直した分、早く立ち直る事が出来た。 「そう言えば、忍さん」 リリが下の段から声をかけてきた。 「何ですか、リリ先輩?」 「初日の出って、そんなに素敵ですか? あの、明け方まで任務に就くことが、たまにありますよね。その時に登ってくる朝日を見て綺麗だと思いますが、それよりも綺麗なのでしょうか?」 忍は、クスクスと笑いながら答えた。 「すごく綺麗で素敵ですよ」 「まあ、そんなにですか?」 「はいっ! 本当に素敵なんです♪」 興味深そうに先輩が訊き返すので、忍は相手から見えていないにも関わらず、元気よく頷いた。 そして少しでも声が届きやすい様に、横を向いて話を続けた。 「何度か日の出を見ましたけど、やっぱり初日の出は違いますね。単に見る側の気持ちの関係かもしれません。でも私は、とても綺麗だと思います」 「そうなんですか」 「リリ先輩、私の一番古い記憶って、3歳の時に初めて家族で見た初日の出なんですよ」 自分の一番古い、大切で大好きな記憶。それを思い出すと、自然と幸せな気持ちになる。 微笑みながら忍は、柔らかなタオルケットに頬をうずめた。 「あれはですね――――」 「忍、起きなさい」 「ん……」 優しい母の声に目を覚ました忍は、頬を伝う冷たい空気に思わず身を縮ませる。 そして幼い彼女は、自分が母の腕の中に抱かれていることに気付いた。 「さむい……」 そうつぶやいた忍は、母の身体に擦り寄った。 その様子を隣で見ていた父が、心配そうに声をかける。 「大丈夫か、もう少し車の中で待ってるか?」 「でも兄さん、このまま待ってた方がいいんじゃない? そろそろ日出時刻よ。だいぶ空が明るくなってきたし、もうすぐ初日の出が見られると思うわ」 続いて聞こえてきた叔母である櫻子の声に、ようやく忍は、自分は家族に連れられて初日の出を見に、地元の国立公園にある展望台へやってきたことを思い出した。去年までは忍が小さい事もあり、祖父と父、櫻子の三人だけで見に来ていたが、忍も3歳になったので、今年は家族揃って見に来たのだ。 周囲の様子を見ようと忍は顔を傾けると、周りには自分達家族の他に、何組かの親子連れやカップルが集まっていた。今思い返せば、彼らのほとんどが目も髪も黒かったかもしれない。 ふと彼女の冷たい頬に、櫻子は手袋をはめた手を伸ばした。 頬に触れる櫻子の手の平が、暖かくて心地良い。忍は、すうっと目を細めた。 「もうちょっと我慢してね、忍」 叔母と姪の間柄ではあるが、歳の差は12歳しか離れていない。まだ少女といえる年頃の若い叔母は、忍に優しく笑いかけた。 「さーちゃん、はつひのでまだぁ?」 「もうすぐよ、ほら」 櫻子が指差す方を見ると、まだ暗い空の下、遙か遠くに小さく広がる森が見えた。 空の青い闇色は、森のへと近づくに連れて、少しずつ白く溶けていく。そしてそれを迎え入れるかの様に、真っ黒な影と化した森の彼方は、鮮やかな橙色に輝いていた。 縹色から白藍、橙色へ。そして、下に広がる黒い森。 美しい色のグラデーションに、忍はすっかり目を奪われた。 「きれい……」 寒さも忘れて、小さな少女は呟く。 「そうだろう。だがこれから、もっと素晴らしい景色が見られるぞ」 写真を撮ろうと、近くで三脚に載せたカメラを入念にチェックしていた祖父が、しゃがれた声で笑った。その隣で、祖母が優しく微笑んでいる。 「忍、あっち見ててごらん。あそこから、初日の出が出てくるわ」 「どこぉ?」 櫻子が示した方向を見極めようと、忍は目をキョロキョロと動かす。 すると父が彼女に頬を寄せ、その目に添うようにある一点を指差した。 「ほら、あそこ。あの辺りが、特に明るくなっているだろう。あそこから出てくるぞ」 父の言う通り、橙色が周囲よりも明るく、見つめていて眩しいと感じる場所があった。 (あそこから、おひさまがくるんだ) 初日の出。今年最初のおひさま。それがもうすぐ、姿を現すのだ。 忍は大きな瞳を更に大きく開いて、夢中になってその一点を見つめた。 やがてそこから暗い森へ向かって、光の筋が幾筋も伸びていく。 そしてその向こうに、一際眩しい光の塊が少しずつ姿を現し始めると、周囲から歓声と拍手が湧き起こった。 「忍、見える? あれが初日の出よ」 嬉しそうに笑いながら、母が強く忍の体を抱き締めた。 父と櫻子と祖母が、明るく笑みを浮かべて拍手をしている。 祖父は噛み締めるように、ゆっくりと、何度もシャッターを切っていた。 そして周囲のにぎやかなざわめきを聞きながら、忍はただ一人声を上げる事もなく、じっと上昇していく太陽を見つめていた。 地上を黄金色に染めながら、ゆっくりと太陽が昇っていく。 今年最初の夜明け。今年最初のおひさま。 なんて眩しくて、美しいのだろう。いつも空に昇っている太陽が、こんなに綺麗だなんて。 初日の出が見えたら願い事をするのだと、昨日父から教わった。何をお願いしようか、寝る前にわくわくしながら考えたが、一生懸命考えた願い事は、あの眩しい姿を見た途端、頭から綺麗に吹き飛んでしまった。 まるで太陽ではなくて、神様がやって来たみたいだ。 黄金色の光を浴びながら幼い忍は、ただ、初日の出を見つめ続けた。 「――――って、感じだったんです」 「そうなんですか。それは素敵ですね」 「そうなんですよ〜♪」 忍は笑いながら、心地よさのままに寝返りを打った。 今思い出しても、本当に良い思い出だと思う。それくらい、あの光は美しかった。 しかしそれと同時に、先程無理に押しとどめた、今年は見られない事に対する残念な思いが、再び浮上してきてしまった。 (仕方ない。それよりも任務の方が大事よ、大事) 忍は心の中で、自分に言い聞かせた。 その時、フィロメナが小さく咳払いをした。 「三条さん、レヴィナスさん、早く寝なさい」 つい調子に乗って、ベラベラと思い出を語ってしまった。怒ることなく、淡々とした口調で注意されて、忍は慌てて彼女に謝った。 「ごめんなさい、もう寝ますっ」 「すいません、フィロメナさん。忍さん、私の所為で遅くまでごめんなさい」 「いえ、私が勝手に盛り上がっただけですから、リリ先輩は気になさらないでください」 もう寝てしまおうと、忍はそれ以上何も言わず、ぎゅっと目を閉じた。 そして彼女は、再び初めて見た初日の出の事を思い出した。 あの眩しい光、空のグラデーション。何度見ても素晴らしいものだった。思い出すだけで、心が満たされる。自分の一番古い記憶がこんな素敵な記憶だなんて、自分は幸せな人間だ。そう感じた。 そして幸せな気持ちのまま、眠りについた。 ようやく少女達が静かになると、フィロメナはそっと微笑んだ。 (全く、この子達は……) 明日の為にこれから寝ようとしている時に、おしゃべりに華を咲かせるなんて、無邪気なものだ。二人とも任務には至って真剣に取り組んでいるが、若さ故の甘さがどうしても抜けない。それが気掛かりであり、可愛らしくも思えた。 フィロメナは、枕元に置いた携帯端末に手を伸ばした。淡い白色の光を受けながら、液晶ディスプレイに指を滑らせる。眼鏡をかけなくても、これ位の操作は問題なくできた。 (現在時刻は1時45分。……アラーム設定良し、と) アラーム設定画面を閉じると、ディスプレイは待受表示へと戻った。 オーロラの様な、コバルトブルーのグラデーションの背景。購入時から設定されている、デフォルトの待受画面だ。その中央に、現在時刻が大きく表示されている。本当は愛猫の写真を使用したいのだが、気恥ずかしさから、未だ変更出来ずにいるのだ。 このグラデーションも綺麗だと思うし、使い続けるにつれて愛着も湧いてきた。 しかし、自己主張のないそれを、どこか無機質だとも感じていた。 それを見つめながら、彼女は少し考えた。親指がディスプレイに触れるか触れないかギリギリのところで、あてもなく彷徨っている。 やがて考えをまとめると、再び操作を始めた。 インターネットに接続し、キーワードを入力して検索をかける。挙がってきたいくつもの検索結果の中で、一番上に表示された内容が相応しいと判断し、リンクの貼られているタイトルに指先で軽く触れた。 独りよがりだとは、重々承知している。 しかし、最終的に決定するのは自分ではない。彼女だ。ならば調べるだけ調べても、無意味ではないだろう。 そう思いながらフィロメナは、開いたページ内で、更に検索をかけた。 後編へ 旋光の輪舞<小説形式>に戻る トップページに戻る [*前へ][次へ#] |