旋光の輪舞<小説形式>
【S.S.S.女子組】初日の出・後編
「三条さん、起きなさい」
「ん〜……」
「三条さん」
忍はぼんやりと目を開きながら、壁に内蔵されたミニライトのスイッチを入れる。
見ると、フィロメナが静かにこちらを見ていた。顔しか見えないなと思ったが、すぐに、彼女がベッドの梯子を途中まで登った状態で、こちらを見ている事に気がついた。
「フィロメナさん……、もう時間ですか?」
眠い目を擦りながら、上体を起こす。
フィロメナは自身の腕にはめている時計に、視線を落とした。
「いいえ、今は5時52分です」
「え? え〜と、7時起床予定ですよね?」
ぼんやりとした頭で、昨日の指示を思い返す。彼女は確か寝る前に、7時起床と言ったはずだ。それなのに1時間以上も早く起こすなんて、どういう事だろう。夜間に緊急で指示が変更されたが、自分は寝惚けていて、それを忘れてしまったのだろうか。寝起きの鈍い頭でいくら考えても、何も思い出せなかった。
「はい、その予定でした」
「という事は、変更がありました?」
「いいえ、ありません」
「え〜と……」
「今日の日出時刻は6時21分。あと約30分あります」
『日出時刻』と聞いて、忍の目は完全に覚めた。
(日出時刻……って、へっ?)
驚く彼女に、フィロメナは言葉を続けた。
「初日の出が見たいのでしたら、すぐに支度をしなさい。それと初日の出を見るのならば、この隊舎の屋上が最適でしょう。ここがこの基地内で、最も東にあります」
「見に行っても……いいんですか?」
もちろん見られるのならば、是非とも見たい。
しかし昨日はあまりいい顔をしなかった彼女が、どうして自分を起こしてくれたうえ、日出時刻や鑑賞に最適な場所まで調べてくれたのか、自分には理解できない。
忍は目を丸くして、淡いオレンジ色の光に照らされた彼女の顔を見つめた。
「少々条件は厳しいですが、ミーティングを終えてから式典が始まるまでの間に、最低でも30分程度でしたら仮眠を取る時間が確保できます。もっとも、このまま寝直した方が、多くの睡眠が取れるでしょうけど」
「フィロメナさん……」
「貴女が見たいのでしたら、見に行きなさい。楽しみにしていたんでしょう、初日の出を?」
その声は、穏やかで優しかった。
影の具合ではっきりとはしないが、フィロメナが微笑んでいる様に、忍には見えた。
「フィロメナさん、……ありがとうございますっ!!」
「しっ、声が大きいですよ、三条さん。レヴィナスさんはまだ寝ています」
思わず大声を上げてしまった忍に、フィロメナは慌てて口元に人差し指を当てて、それをたしなめた。
しかし、遅かったようだ。下の段で眠っていたリリが、ゆっくりと体を起こした。
「おはようございます。ん〜、もう時間ですか?」
すると忍はベッドから身を乗り出し、下の段にいるリリに笑いかけた。
突然顔を覗かせた後輩に、リリの眠気が一気に吹き飛んだ。
「きゃっ!」
「リリ先輩っ、初日の出見に行きましょう!!」
「初日の出? え〜と……」
呆気に取られたリリは、楽しそうに笑う後輩の顔を、ぽかんとした表情で見つめていた。
「三条さん、声が大きいですよ」
「フィロメナさんからOKが出ました! 後で仮眠も取れそうだし、早く支度して行きましょう! あと30分しかありませんよ、早く!」
そう言われたリリは、明るく彼女に微笑んだ。
「はいっ、行きましょう」
それからの三人の行動は、実に早かった。テキパキと顔を洗って隊服に着替えて、人に会ってしまう可能性もあるので、簡単にメイクを施した。特に年齢の若い忍とリリは、普段のメイクもマスカラと色つきリップを塗るだけなので、早々に準備が整った。
リリが時計を確認した。
「今、6時14分です。間に合いそうですね」
「行きましょう!」
三人は軍より支給されたコートを羽織ると、少し早歩きで屋上へと向かった。
普段の運動量の差、そして、はやる気持ちが後押ししているのだろう。仮眠室を出た時はフィロメナが一番前にいたが、廊下を抜けて階段に差し掛かった頃には、忍が先頭を歩いていた。
階段を一段上った途端、忍は足音を響かせて、一気に踊り場まで駆け上がった。そして踊り場で足を止めて、勢いよく後ろを振り返った。
「皆さん早く!」
「三条さん、静かに。他の人の迷惑になりますよ」
「あ……。ごめんなさい、つい……」
「フフフ、急ぎたい気持ちはわかりますけどね」
フィロメナは顔をしかめて、リリはくすくすと笑いながら、静かに階段を上る。
そして二人が踊り場に到着したところで、三人は足並みを揃えて屋上を目指した。
屋上へ続くドアが見えてくると、忍は腕時計に目をやる。
時計は、6時20分を指していた。
「間に合った……!」
忍は安堵の表情を浮かべた。
ドアを開けると、肌を刺す様な冷たい空気に出迎えられて、三人は一様に身を縮ませた。
「寒っ!」
ここに来るまでの廊下も階段も寒かったが、外の空気とは比べ物にならない。忍は少しでも寒さを和らげようと、己の体を抱き締めた。
「初日の出は……」
亀のように首をすくめながら、空を見た。
子供の頃から何度も見た、縹色から白藍へと淡く溶けていくグラデーション。その先に、地平線から出迎える様に広がる橙色。あちらが東だ。
忍は昔父が教えてくれた様に、特に明るくなっている箇所を探す。そしてすぐに細い光の筋が、雲の上部を滑るようにこぼれている箇所を見つけた。
「あっち! あっちです!」
忍がその方向を指し示す。しかしそれよりも若干早く、フィロメナもリリもその箇所を見つけていた。
三人は目を輝かせて、光がゆっくりと強くなっていく様子を見つめた。
やがて光の筋の向こうから、太陽がそのまばゆい姿を現すと、申し合わせた様に、三人の口から感嘆のため息がこぼれた。
「きれい……」
そう呟いたのは、リリだった。
地上を、そして彼女達を黄金色に染めながら、太陽が昇っていく。いつも見ている太陽とも、任務明けで見る夜明けとも違う。こうも眩しく、清々しく感じる事はまず無いだろう。
その姿は悠々としていて、どこか威厳に満ちていた。
「本当に、神様みたいですね」
「フィロメナさん?」
忍は慌てて彼女の方を見る。
フィロメナは、目を細めて太陽を見ていた。忍の視線に気づいた彼女は、忍の方をを見ると、静かにはにかむ。そしてすぐに、再び太陽へと目を向けてしまった。
その隣に立つリリが、嬉しそうに微笑んだ。
「そうですね、本当に神様がやって来たみたいです。小さい頃の忍さんは、きっとすごく驚いたんでしょうね」
「はいっ、そうだと思います!」
忍は、初日の出と同じくらい明るい笑顔で、リリに微笑み返した。昨日自分が話した事を、フィロメナが聞いていた。しかもほんの些細な幼き頃の感想を、フィロメナとリリがちゃんと覚えていた。その事が嬉しくて仕方がなかった。
忍は、改めて初日の出を見た。
太陽は己の輝きを高めながら、ゆっくりと空へ昇っていく。もうそろそろ眩し過ぎて、直視できなくなるだろう。
目を細めて顔の前に手の平をかざし、尚も忍はその姿を拝もうとした。
何度も日の出を見たが、やはり初日の出は最高だ。
先程まであれ程寒かったのに、今は胸が暖かいのは、きっと太陽が姿を現したからだけではない。そう感じた。
おわり
おまけは、こちら (別窓で開きます)
【あとがき】
2012年最初の更新は、忍メインのS.S.S.女子チームのお話となりました。
ネタ自体は一昨年位からあったのですが、書くタイミングをずっと逃してしまい、ようやき書き上げる事が出来ました。
初日の出の描写って難しい。
今年は天気が悪くて見れなかったので、YouTubeで初日の出の動画をあれこれ見ながら、必死になって書きましたが、もう何が何やらって感じですね(;´∀`)
初日の出を見る習慣があるのは、どうも日本だけらしいです。
(中国に似た様なのはあるみたいですが)
初日の出だけじゃなくて初詣や門松、お節料理もそうですが、日本のお正月って、日本独特の文化なんですね。そう考えると、凄く面白いです。
あ、忍は百人一首強そうな気がします。あと羽子板も。
男性陣も最初は一緒に初日の出を見る予定でしたが、まとまらなかったので、女性陣のみ水入らずな和気藹々とした話になりました。
みんなゴメン。セオなんか出番一行しかないし(汗)
リリももうちょっと目立たせてあげたかったな…。
忍は元気な後輩パワーでみんなを引っ張りつつ、嬉しくてちょっとはっちゃけちゃって、
リリは楽しいなってニコニコ笑っていて、
フィロメナさんは先輩としてクールに二人をまとめつつも、内心輪に加わってる事が嬉しくて照れ笑いしてる。
そんな感じの仲良し三人組だと嬉しいです^^
(2012.01.05)
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