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旋光の輪舞<小説形式>
【S.S.S.女子組】初日の出・前編



 軍隊は忙しい。
 軍隊には、土日祝日という概念がない。
 もちろん隊員達に休暇はあるが、一般人のそれとは、まず一致しない。土日にかけて大掛かりな演習を行う。世間が祝日を満喫している中、式典の警備に当たる。そんな事はザラだ。
 人々や国家を守るのが仕事である以上、やむを得ない事だ。
 そしてそれは年末年始でも、軍隊の花形とも言えるエリート部隊・S.S.S.でも、例外ではなかった。



◆◇◆◇◆





 1月1日。
 時計は既に、夜中の12時半を回っている。
 世間がカウントダウン・パーティーで盛り上がっている中、S.S.S.の面々は基地内にあるミーティングルームに集合した。
 部下達の姿を見渡して、ファビアンが指示を出す。

「明日は8時に、ここに集合。それまでは各自休憩を取る様に。いいな」

 明日――厳密に言えば『今日』なのだが、10時から毎年恒例の、アーリア軍の新年祝賀式典が行われる。これには軍上層部だけではなく、政府関係者も多数出席する。その様な重要な式典に、軍の看板でもあるS.S.S.が欠席する訳にはいかなかった。
 本来なら早朝に出勤すればいいのだが、あいにく彼らは先程まで、某国が主催するカウントダウン・イベントの警備を任されていた。その為、一旦帰宅するのではなく、そのまま基地内の宿舎に泊まり、式典に備える事にしたのだ。

「何だって新年早々働かせるかね〜?」

 と言うと、グスタフは大袈裟に溜め息をついた。

「仕方ねえだろ、これは毎年の事なんだから」
「へいへい。じゃ、さっさと寝ましょう。ふわ〜ぁ、眠ぃ……」

 目を擦りながら、グスタフが歩き出す。
 その後を、静かにセオが続いた。

「おい待てよ。鍵持ってんの俺なんだから、先行くなよっ」

 ファビアンは慌てて走り出そうとする。
 しかし、すぐに足を止めて振り返り、残された女性陣を見た。

「そっちも早く寝ろよ。フィロメナさん、そちらの事はよろしくお願いしますっ」

 早口でそれだけ言うと、ファビアンは小走りに二人の後を追った。
 その後ろ姿を、リリと忍はクスクスと笑いながら見送った。

「ファビアン隊長も大変ですね」
「ふふっ、本当ですわ」

 フィロメナも、優しく微笑みながら隊長を見送った。

「では、私達も休みましょうか」
「はい」
「はいっ♪」

 三人はファビアン達とは反対の方向、女子用の隊舎へと歩き出した。
 夜間の任務はさすがに疲れる。フィロメナとリリの足取りは、少し遅かった。
 しかし忍だけは、ニコニコと笑いながら軽快に足を進めていた。
 彼女だって、疲れていない訳ではない。先程までランダーの操縦をしていたし、普段ならばもう寝ている時間だ。横になれば、一分と待たずに眠りに着いてしまうだろう。
 それでもこうして元気なのは、疲労感よりも、楽しいと感じる気持ちの方が強いからだ。
 正月なのに実家に帰れないのは悲しいが、基地に泊まるのは初めてだし、こうしてチーム内の女性だけで行動する事も滅多に無い。何だかドキドキする。普段とは違う状況に、自分はすっかり浮かれてしまっていた。
 そして、明日は式典に参加できる。その事も嬉しかった。
 S.S.S.の一員になれた事は、自分の誇りだ。だからS.S.S.としての任務は、全て全力で取り組んでいる。明日の式典も同じだ。新年最初の軍の式典に、一介のランダー隊員ではなく、S.S.S.の一員として出席できる。その事が嬉しくて仕方なかった。
 さらに彼女にはもう一つ、楽しみにしている事があった。

「忍さん、お元気そうですね」

 忍の動作に感心したリリが、声をかけた。
 忍は満面の笑みを浮かべて、後ろを歩く小さな先輩の方を振り返った。

「うふふ♪ わかりますか? あの、二人とも……」

 忍は足を止めると、くるりと踵を返して二人と向かい合う。そして楽しそうに笑いながら、こう提案した。

「明日みんなで、初日の出を見ませんか♪」
「ハツヒノ、デ?」
「はい♪」

 忍は大きくうなずいた。

「初日の出に間に合う様に早く起きれば、集合時間にも余裕で間に合います。明日は天気もいいし、きっと綺麗に見えますよ。どうですか、お二人とも?」

 一方、フィロメナとリリは、はしゃぐ忍の姿を不思議そうに見つめていた。

「え〜と……」
「三条さん、『ハツヒノデ』とは、一体何でしょうか?」
「…………へっ?」

 先程のはしゃいだ姿から一転。フィロメナの言葉に、今度は忍が不思議そうな顔をした。
 恐る恐る、彼女は尋ねる。

「初日の出ですよ、本当に……知らないんですか?」
「ええ」
「ごめんなさい……、私も知りません」
「え〜〜〜っ!?」

 静かに頷くフィロメナと、困った表情のリリ。
 二人の反応に、忍はますます困惑した。
 三条家では家族揃って初日の出を拝む事が、毎年の習慣となっている。世間一般でも、それが常識だと思っていた。
 それを知らない人が、しかも二人もいるなんて、どうして予想できよう。この中で知っているのは自分だけという1対2の状況に、忍は疎外感すら覚えた。

「え〜と、初日の出って言うのは、新年最初の日の出を見ることで、見ながら今年一年の幸運や健康をお祈りする、そういう事なんですけど……」
「そうですか。それは珍しいイベントですね」

 本当に知らないようだ。
 フィロメナの言葉に、忍はすっかり落胆してしまった。

「あ、それならば昔聞いた事があります」
「本当ですかっ、リリ先輩っ!?」
「えっ、ええ……」

 忍の勢いに、リリは少したじろいだ。

「確か昔、日本系のお友達が毎年そういう事をしているって話していたのを、思い出しました。新年は早起きして、家族揃って太陽にお祈りをするって」
「なるほど、日本古来の風習ですか」

 忍はため息混じりに言った。

「そういう事……だと思います」

 人類が地球を捨てて宙域に進出してから、約1,500年。
 現在は人種のるつぼと化したアーリア連邦であるが、宙域に進出した当初は民族間の言語や生活習慣などの問題から、各国ごとに分かれて居住区域を設け、そこで生活をしていた。
 その為、各国の文化が分散・消滅する事無く、居住区域内にて子から孫へ、その子供達へと伝えられていき、今も旧世界の国ごとの風習が根強く残っている地域が、数多く存在している。
 三条家にとっての初日の出も、そういうものなのだろう。確かに彼女の地元は、日本系の性を名乗る家が比較的多い地域だ。
 実は旧世界において、新年へと移り変わる瞬間――カウントダウンに大いに盛り上がる国は数多く存在したが、夜が明けて新年最初の日の出を祝う習慣があった国は、歳神を含めた八百万の神々を信仰する神道が古くから根付いていた、日本ぐらいなのだ。
 カルチャー・ショックを受けつつも、気を取り直して、忍は改めて二人に提案した。

「でも、新年の最初に綺麗な朝日を見るのって、すごく素敵ですよね。だから、一緒に見に行きませんか、異文化コミュニケーションって事で?」
「そうですね……」

 フィロメナは服の袖をめくると、はめていた腕時計の文字盤を見る。シルバーの3連ブレス式レディースウォッチは、知的でスマートな彼女によく似合っていた。

「現在の時刻が0時38分。隊舎に移動して支度をして就寝に入るのが、1時30分と仮定します。最近の日出時刻が6時20分前後。それに間に合う様に支度時間を考慮して起きるのでしたら、……最低でも6時前に起きるべきかと」
「という事は……、4時間半しか眠れませんね。う〜ん、ちょっと厳しいな……」
「あまり、睡眠時間が取れませんね」

 落胆する忍とリリの言葉に、フィロメナは軽く頭を横に振る。そして袖を元に戻しながら、忍を見た。

「明日は式典があるし、私達は任務を終えたばかりです。ここは少しでも長く体を休めてから、明日に臨むべきだと思います。三条さん、貴女はどう思いますか?」
「そうですね……」

 どう答えていいのか解らず、忍は俯いた。
 冷静な上官の言葉に、自分の考えの甘さを痛感させられた。浮かれていた自分は、睡眠時間がどの程度確保できるのか考えていなかったのだ。それに、ある程度時間に融通が利く休日ならばともかく、今は任務の合間の休息時間だ。眠いから後で寝直す余裕など無い。式典の最中に居眠りをするなんて、想像しただけでゾッとする。
 ここは残念だが、初日の出は諦めよう。
 そう決心した彼女は顔を上げ、フィロメナの顔を見る。そして自分の甘さに苦笑しながら、こう答えた。

「残念ですけど、初日の出は諦めようと思います」

 フィロメナはその姿を、アンダーリムタイプの眼鏡越しに静かに見つめた。

「そうですか。わかりました」
「ごめんなさい、お騒がせしてしまって」

 忍は腰を深く曲げて、フィロメナに詫びた。

「いいえ、気にしないでください」
「リリ先輩もごめんなさい」
「あ、いえ、気にしないでください。でも残念でしたね、忍さん」

 自分にも深々と頭を下げる後輩に、リリは慌ててそう言った。
 すると忍は、顔を上げながら苦笑してみせた。

「でも仕方ないですよ、今年は諦めます」

 今年は無理だったけど、来年もある。今年は少々運がついていないだけだ。
 そう忍は自分に言い聞かせて、先輩に笑ってみせた。

「さぁ、時間取らせてしまいましたね。フィロメナさん、リリ先輩、早く部屋に行って休みましょう」
「そうですね、行きましょうか」
「はい」

 三人は、女性用隊舎へと向かった。


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