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旋光の輪舞<小説形式>
【G.S.O.】ケーキ焼いてください♪・前編


 フォークを握る手が、ガタガタと震える。
 目の前に置かれた皿を見つめながら、チャンポは心を落ち着かせる為に、唾をごくりと飲み込んだ。

(落ち着けっ! 落ち着けっ、ワタシ……!)


◆◇◆◇◆





 始まりは1ヶ月前。まだG.S.O.捜査部機捜隊が発足する前、研修中だった頃の、とある日のティータイムに遡る。
 その時にアレッサンドロが、過去に櫻子が起こしたとある事件の事を語ってくれた。
 新入社員研修に参加した若者達を襲った悪夢、通称『G.S.O.保養施設壊滅事件』。
 櫻子が作ったおぞましい味噌汁によって、研修に参加していた新入社員及び講師を勤めた社員全員が病院送りとなり、開始からわずか2日目で研修が中止となってしまった、忌まわしき事件である。
 その話から、櫻子のポイズン・クッキングとも言える料理下手の真相が見えてきた。
 彼女が作る料理があんなに不味いのは、腕が悪いからではない。
 アレンジが驚異的に下手なのだ。あるいは作り方を明確に覚えてないのに鍋に適当な材料をどんどんぶち込んで、味見をしないで適当な調味料で仕上げてしまうという、奔放極まりない調理法を実行してしまう性分なのかもしれない。
 とにかく詳細は不明だが、レシピを用意さえすれはそれを忠実に再現して美味しい料理を作る、その事が判明した。
 そう、レシピさえあれば。

「あの型破りな隊長が、レシピどおりじゃないと料理できない人だなんて、なんか意外〜」

 店内にズラリと並ぶ本棚から『毎日食べたい お菓子基本大百科』というタイトルの料理集を取り出すと、チャンポはページをめくり、そこに掲載されている美味しそうな菓子の数々を物色した。
 その隣でツィーランは『はじめての人も安心!ケーキ・お菓子レシピ100』を手に取り、その内容を確認している。

「っていうか、みそ汁くらいレシピ見なくても作れそうじゃない? お湯にお味噌入れるだけでしょ、あれ?」
「姉さん、ダシは? 具はどうするの?」
「……チー坊、うるさい」

 バツが悪くなり、チャンポは顔をしかめて弟分をにらみつける。
 一方のツィーランは慣れたと言うべきか、精神的にたくましくなったと言うべきか。予想どおりの彼女の反応に臆することなく、あきれた様に姉貴分を見た。

(やっぱり姉さん、おみそ汁作ったことないんだ……)

 ダシ入りの味噌を使用しているならば、「うちはダシ入りのおミソ使ってんの!」と反論するはずだ。
 しかし彼女は反論しなかった。つまりは、そういう事だろう。
 もっとも、チャンポが料理を滅多にしない事を、彼は以前から理解していた。いわゆる美味しいものは好きだが面倒だから自分では作らないタイプで、料理が出来ないという点では、櫻子とあまり変わらないのかもしれない。いや、被害が出ない分、こちらの方が随分マシだろう。知っているのにわざわざ質問したのは、それを確認するためではなく、ついツッコミを入れてしまっただけだ。
 話を変えようと、ツィーランは本のページをめくり始めた。

「えーと、どれがいいと思う?」
「あっ、このキルシュトルテってケーキ、おいしそ〜♪」

 ツィーランは、チャンポが指差したページを覗き込んだ。

「ホントだ、おいしそ〜♪ ……って、姉さん、」
「わかってるわよ、チー坊」

 ツィーランにたしなめられて、チャンポは顔をしかめる。そして向こう側の雑誌コーナーにチラリと目をやった。
 そこには、女性向けファッション誌を立ち読みしている櫻子の姿があった。
 作るのは自分達ではない。櫻子なのだ。
 今こうして櫻子を連れて本屋に来たのは、自分達が菓子を作る為ではない。櫻子の料理下手の真相を確かめるため、料理の本を選びに来たのだ。
 だから凝ったメニューを頼んで、自滅などしたくなかった。
 もちろん、アレッサンドロが嘘をついているとは二人とも思っていない。しかし彼の言葉を素直に信じる事が出来ないほど、彼女は多くの被害を二人に与え過ぎた。

「でも、ようやくここまで来れたわね」
「本当だよね」

 本当はアレッサンドロから話を聞いた時、偶然にもチャンポ達の様子を見に来た櫻子を連れて、半ば強引にレシピを買いに来こうとした。しかし署を出る前に、たまたま火星セクションに来ていた上司に櫻子が捕まってしまい、そのままお流れとなってしまった。
 その後、オペラ社の極秘研究所襲撃作戦やツィーランの入院、新チーム発足に伴う社内処理、火星セクションへの正式な異動に伴う引越などなど、様々な事があり、櫻子のレシピを買いに出かける機会が全く無かった。
 それがツィーランも無事退院し、ようやく今日、隊長を連れて三人で本屋に来た次第である。
 なお、新チーム発足の祝賀パーティーの際、櫻子が作ってきた岩の様に固いドドメ色の唐揚げと真っ赤なポテトサラダの所為で、特別顧問として隊に所属しているアレッサンドロを含めて、隊長以外の全隊員が撃沈。発足早々、チームとしての機能が停止してしまう騒ぎとなったのは、G.S.O.捜査部機捜隊最初にして最凶の黒歴史である。

「さ〜て、とにかく無難なメニューの方がいいわね。ヘンなことするスキを与えないくらいシンプルなのが……」

 名残惜しそうに、チャンポは次のページへと進む。

「無難っていうと、やっぱりショートケーキとか?」
「姉さん、これなんかどう?」

 と言ってツィーランは、自分が開いているページを見せた。

「パウンドケーキかぁ……」

 ツィーランが見せたページには『基本のパウンドケーキ』と上側に大きく書かれていて、その下に出来上がりイメージの写真が載っていた。写真を見ると、こんがりと焼けた表面と、キツネ色の切り口が実に美味しそうだ。

「これなら作り方もシンプルだよね、材料を混ぜて焼くだけだよ。材料も特別なものは用意しなくていいし、作り方も写真入りでわかりやすいし」

 その本は初心者向けをうたっているだけあって、工程ごとに説明と一緒に写真を掲載し、よりわかりやすく説明していた。さらにこのメニューに使用する材料や道具一式をまとめた写真も一緒に掲載しているので、あらかじめ何を用意すればいいのかが解りやすくなっている、親切な構成をしていた。

「そうね……、これがいいわね」
「決まりだねっ」

 二人は顔を見合わせて笑うと、櫻子の元に向かった。

「隊長、おっまたせ〜♪」

 側に立った二人の方を見ると、櫻子は読んでいた雑誌を閉じた。

「決まったの、私に作って欲しい料理って?」
「はいっ」
「これを作ってください」

 ツィーランは先程のページを櫻子に見せる。
 櫻子はその本を受け取ると、それに目を通した。

「パウンドケーキ?」
「はいっ」
「隊長、それ作ってくださいよ〜」
「そうね〜…」

 櫻子はパラパラとページをめくった。

「へえ、こっちのモンブランもおいしそうね」
「あ〜っ!! 他の選んじゃダメですよ、隊長!!」
「ダメ〜ぇ!! 大人しくパウンドケーキ作ってください!!」

 慌てふためく部下二人の反応に、櫻子は不思議そうに首をかしげた。

「あら、他のケーキは嫌なの? って言うかチャンポ、何なの『大人しく』って?」
「あわわわ……」
「あの……っ、僕たち、パウンドケーキが食べたいんです!」
「そんなにパウンドケーキがいいの?」
「はっ、はい!」

 何とか取り繕おうと、ツィーランは懸命に頭を働かせる。

「え〜と……、最近のパウンドケーキってフルーツが入っていたり、紅茶とか抹茶の味がメジャーですよね」
「ん〜、そう言われればそうね」
「だから、卵やバター本来のおいしさがわかるような、プレーンタイプのパウンドケーキを作って欲しいんです」
「なるほどね……。だったら作ろうかしら」

 櫻子はニッコリと微笑むと、先程二人が開いてみせたパウンドケーキのページに戻った。

(ナイス、チー坊!)

 チャンポは弟分に目配せする。
 一方大健闘したツィーランは、安堵の息を吐いた。
 そんな二人に気づきもせず、櫻子は楽しそうに微笑みながら、必要な材料や道具を確認している。

「へぇ、材料も随分シンプルね。私パウンドケーキは作ったことないけど、卵にお砂糖、小麦粉とバターだけで作るなんて知らなかった。材料も全部同じ分量なんてユニークね。道具は……パウンド型が必要ね」

 それじゃ、と呟くと、櫻子はパタンと本を閉じた。

「さっさとお会計を済ませて、必要なものを買いに行くわよ♪」
「は、はいっ、隊長!」
「あっ、本代はワタシたちが出しますよ」

 と言うと、チャンポは櫻子の手から本を取り上げた。

「あら、いいの?」
「隊長、気にしないの」
「こちらがお願いしてるんですから、ここは僕たちが出すべきですよ」

 笑顔で櫻子を振り切ると、二人は小走りにレジに走った。

「姉さん、半分出してよ」
「うるさいわね、わかってるわよ」

 店員が本を袋に詰めている間、二人は櫻子の方をチラリと見た。
 櫻子はファッション誌の立ち読みを再開している。

(これでポイズン・クッキングが消え去ればいいんだけど……)

 それならば、この出費も安いものだ。
 会計を済ませて店員から本を受け取るとチャンポは、これからは彼女の美味しい手料理が食べられることを強く祈った。

中編に続く


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