旋光の輪舞<小説形式>
【本チャン】バレンタインデー禁止命令・前編
2月14日。
セント・バレンタインデー。
旧世界から続いているイベントの一つである。
元々は、恋人同士が花やカードなどのプレゼントを贈り合うカトリック教徒達の習慣なのだが、イベントとして地球の世界各国に広まっていくと、その内容は少しずつ変わっていった。
男性が女性に尽くす国。
女性が意中の男性に花束を贈る国。
菓子を親しい人達に配る国、など。
その国に元々根付いている習慣や国民の気質が相俟って、国ごとに変化していった。
そんなバレンタインデーであったが、人類が地球を離れて宇宙に移り住み、アーリア連邦という一つの国家にまとまって、人種のるつぼと化した現世界では、また新しい習慣へと変わっていった。
女性が意中の男性に、チョコレートなどのプレゼントを贈る日。
そして男女が、家族や友人、職場の仲間同士など親しい人達に、菓子を贈り合う日。
かつて日本で広まっていた習慣が色濃いのは、新世界でシェアを伸ばしていった日本の菓子メーカーが中心となって、PRをしたからだ。本来の習慣とは随分異なるが、現在では人々に広く知れ渡っている習慣となっている。
特に若い女性には、関心が高いイベントとなっていた。
そして、ここにも一人、バレンタインデーを心待ちにしている女子がいた。
◆◇◆◇◆
「おっはよ〜〜!!」
ドアを開けると、チャンポは元気よく挨拶をする。
隊長用のデスクでモニターを覗き込みながら話をしていた櫻子とアレッサンドロは、顔を上げると、彼女に笑いかけた。
「おはよう、チャンポ」
「おはよう。うむ、今日も元気があって結構」
「へへ〜♪ ジラさん、ありがとうございます♪」
いつも元気な彼女だが、最近は特に元気が良い。もっとも、本当は浮かれているだけだが。
今日から2月4日。10日後を、彼女は心待ちにしていた。
警察手帳を出退勤用スキャナにかざして出勤した事を記録すると、自分の席に向かった。
「おはよう、姉さん」
向かいの席に座るツィーランが、ニッコリと微笑みながら挨拶をしてきた。
「おっはよ〜、チー坊♪」
バッグをデスクの上に置くと、ツィーランの右隣り、自分の斜め向かいに座る男を見る。
赤毛の青年は彼女の視線に気付く事なく、パソコンのモニターをじっと見ていた。耳を澄ますと小気味よいキーボードを叩く音が微かに聞こえてくるので、書類を作っているのだろう。
出来るだけ自然に、みんなと同じ様に挨拶しよう。
そう自分に言い聞かせると、チャンポは大きく息を吸い込む。
この思いは、誰にも気付かれたくなかった。
「本郷、おっはよ〜!」
(やばっ。なんか力入り過ぎてて、かえって不自然な気が……)
「おはよう。時間ギリギリだぞ」
「何よ、間に合ったんだからいいでしょ」
顔を上げようともせず、しかも素っ気ない口調で嫌味を返してくるなんて。
チャンボは顔をしかめて反論すると、鼻を鳴らした。
少しは親しくなりたい。でも、この気持ちを気付かれたくない。そんなジレンマを格闘して生み出した行動は、いつも上手くいかなかった。
乱暴に席に着くと、気を取り直してパソコンを起動する。パスワードを入力すると、メールソフトを立ち上げた。
組織が巨大であるが故、多くの連絡事項がメールで回ってくる。特に重要な情報は、朝のミーティングで隊長である櫻子から口頭でも知らされるが、メールをチェックした方が確実だ。特に給与振込の報告を始め、定期的に開かれる社内販売や社内食堂のキャンペーンなどの連絡は重要だと思っているので、朝出勤すると、まずはメールをチェックする様にしていた。
「チャンポ先輩、おはようございますです!」
元気の良い挨拶と共に、ディクシーがお茶を運んできた。
「おはよ〜。サンキュ、ディクシー♪」
彼女からピンク色のマグカップを受け取ると、口に運びながら、マウスを操作する。
その手がピタリと止まった。
未読を知らせる赤文字のタイトルがいくつも並ぶ中で一つ、気になるものを見つけた。
『【重要】今年のバレンタインデーに関して』
差出人は、G.S.O.総務部と書いてある。
(何、これ?)
今、自分が最も関心の高い事が件名に含まれているので、引き寄せられる様に、チャンポはそのメールをクリックした。
「………はぁっ!? ふざけんじゃないわよっ!!!!」
あまりに大きな声に、室内にいた面々は驚いてチャンポを見る。
「何だい、騒々しい。どうしたんだ?」
入力する手を止めると、本郷は眉を潜めてチャンポを見る。
給湯スペースにいたディクシーは、慌ててチャンポの元に駆け寄った。
「あわあわっ! チャンポ先輩、どうしたでありますかっ?」
「これ見てよっ!!」
突き破りそうな勢いで、チャンポはモニターを指差す。
ディクシーと隣の席から身を乗り出したツィーランが、それを覗き込んだ。
「え〜と……」
「なになに? 『【重要】今年のバレンタインデーについて』……」
−−−−−−−−−−−
【重要】今年のバレンタインデーに関して
署内各位の皆様へ
お疲れ様です。
G.S.O.総務部より、バレンタインデーに関するお願いです。
来る2月14日のバレンタインデーについて、
署内での菓子・プレゼントの交換はご遠慮くださいます様、
ご協力をお願いします。
出費がかさむ、せっかくいただいても食べ切れないなど、
お困りの方が多い為です。
ご協力、よろしくお願いします。
また2月10日〜16日の間、2階のエントランス及び、
社員食堂入口に、募金箱を設置します。
バレンタインの由来に基づき、慈愛の心を、恵まれない人達に届けましょう。
こちらについても、ご協力お願いします。
以上
−−−−−−−−−−−
公務員への贈答品の類は『賄賂』に当たると、バレンタインデーの菓子交換を敬遠するところも多いが、民間警察である故の緩さというか、G.S.O.では特に禁止されていない。この時期になると主に女性署員が中心となって、毎年盛り上がっていた。
それを今年は辞めろとは、一体どういうつもりなのだろう。チャンポにはまるで理解できなかった。
「なぁに? どうしたの、そんなに大声出して?」
櫻子が近づいてくる。
アレッサンドロも、何事かと後に続いた。
「聞いてくださいよ!! バレンタインデーにお菓子あげるなって、総務の連中が言ってきたんです!! サイテーッ!! もうフザケんじゃないわよ!!」
苛立ちのままに、チャンポは大声を上げる。
その勢いに、櫻子とアレッサンドロは苦笑した。
「ああ、確かにそんなメールが届いていたね〜」
「はい。あの、総務部のお友達から聞いた噂でありますが……、去年は署長が皆さんからたくさんお菓子をいただいたところ、なかなか食べ切れなくて、お返しにも困ったんだそうであります」
と、恐る恐るディクシーが説明をする。
「あらあら」
「頂いたものを全部食べたところ、体重が増えてしまったうえ、健康診断で血糖値と総コレステロール値が引っかかってしまい、今も食事制限中なんだとか……」
「うわぁ……。そんな事になったら、せっかくお菓子をもらってもありがた迷惑だよね。バレンタインデーが嫌になる気持ちもわかるなぁ」
「納得してんじゃないわよっ、チー坊!!」
チャンポの大声に、ツィーランとディクシーは首をすくめた。
「それはアンタの都合でしょ! 自分だけ断ればいいじゃない! 何で署内全体禁止にするのよっ!?」
「あわあわ。チャンポ先輩、落ち着いてください……っ」
「落ち着いてなんかいらんないわよっ!!」
バンッ、と音を立てて机に手をついて、チャンポは立ち上がる。そしてドアに向かって駆け出した。
「どこに行くんだ?」
「署長室に殴り込みっ!!」
「サラッと怖い事言わないでくださいっ!!」
慌ててディクシーはチャンポの腕を掴む。
「離してっ、ディクシー!! こんな馬鹿なルール決めたクソジジイをぶっ飛ばしてくるんだから!!」
「そんな事したらダメです〜ぅ! 落ち着いてください!!」
「離してっ!!」
「ダメですぅ!!」
ディクシーを振り払おうと、チャンポは腕に力を込める。
しかしディクシーも負けていない。尊敬する先輩を守る為に、チャンポの腕にしがみついて必死に抵抗した。
「離せっ!!」
「ダメですぅ!!」
「落ち着け、チャンポ」
見かねた本郷が、ディクシーの加勢に入る。チャンポの背後に回ると、彼女の反対の腕と肩を掴んだ。
「離せっ、本郷! クソジジィをぶん殴って改心させるんだからっ!!」
「暴力はダメだ。始末書どころじゃ済まなくなるぞっ」
「そうですよぉ!」
「だってバレンタインがぁ!!」
「あのさ、姉さん」
「何よっ!?」
チャンポはツィーランを睨みつける。
感情をあらわにした彼女とは正反対に、ツィーランは呆れたような、落ち着いた表情でこちらを見ていた。
「姉さんは、そんなに署内にあげたい人がいるの?」
「なっ!?」
チャンポは目を見開いた。
まさか、自分の弟分からサラリと図星を刺されるなんて思いもしなかった。表情同様に落ち着いた彼の問いかけによって、頭から水を被った様に、怒りの熱が急激に冷めていく。
先程までの勢いはどこに行ったのか、彼女は恐る恐る尋ねた。
「な……、何よ、それ?」
「だって、『署内での菓子・プレゼントの交換はご遠慮くださいます』って書いてあるよ」
と言いながら、ツィーランはモニターを指差す。
「この書き方だと禁止してるのは署内だけで、署外でのプライベートは関係ない、って事になるよね。だから、そんなにあげたい人が署内にいるのかな〜って思って」
「ああ、確かにそうだね」
アレッサンドロが納得して頷く。
その隣で櫻子が、クスクスと笑った。
「ウフフ、『人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて死んじゃえ』って言うものね。いいわよ、チャンポ。思う存分蹴ってらっしゃい♪」
「焚き付けちゃダメですぅ、櫻子隊長ォ!」
「隊長っ!? ワタシはそんなんじゃ……」
戸惑うチャンポに、櫻子は尚もいたずらっぽく微笑みかける。
「貴女から恋バナが聞けるなんて思わなかったわ〜♪ 帰ってきたらじっくり聞かせてちょうだい♪」
「だから違いますって!!」
(マズイっ、このままじゃバレる!!)
チャンポは、背後に立つ本郷の顔をチラリと見上げる。
彼は自分から手を離し、相変わらず怪訝そうに眉を顰めて自分を見下ろしていた。
どうしてこんなに大騒ぎをしてしまったのだろう。騒がずにはいられなかったのは事実だが、今まで幾多のルールを無視し、始末書の山を築いてきた自分だ。この指示もいつもの様に無視してしまえば良かったのだ。いくら後悔しても、もう遅いが。
チャンポは必死になって、言い訳を考えた。
「だから…………、おっ、お菓子が欲しいからに決まってんじゃないっ!」
「お菓子が……ですか?」
きょとんとした表情で、ディクシーが訊き返す。
「そっ、そうよっ。だってバレンタインデーだと、みんないつもよりも豪華でおいしいお菓子くれるじゃない? 去年だって、隊長はザッハトルテ買ってきてくれたし、チー坊の買ってきたチョコも美味しかったし……。ワタシっ、凄く楽しみにしてたんだから! だ、だからっ、署長がムカツクのよ!!」
「それだけなの?」
「うっさいわねっ、チー坊っ!! ワタシがそうだって言うんだから、そうなの!!」
最大ではないが、これも理由の一つである。嘘はついていない。
不思議そうに首をかしげているツィーランを納得させようと、チャンポは大声を上げた。
その様子が可笑しかったのか、櫻子がクスクスと笑っている。
「貴女がそこまで言うんだったら、そういう事だとして……、うちのチームだけこっそりお菓子を交換すればいいんじゃない?」
「あっ、それイイ! 賛成〜ッ!」
それだったら、自分の計画に支障を来さない。櫻子の提案に、チャンポは輝いた笑顔で挙手した。
「そうですね。それがいいと思います」
ディクシーも笑顔で賛同する。そして先輩の機嫌が治った事を確認すると、しがみついていた彼女の腕を離した。
「そうだね」
ツィーランはチャンポ達を見ると、笑顔で頷いた。
その視線と笑顔にどこか引っかかるものを感じたが、賛同してくれたのならばそれで良いと、チャンポはそれ以上深く考えなかった。
「いや、それだと不公平になるのでは……?」
「ふむ、他の課の人にも申し訳ないからね」
難色を示す本郷とアレッサンドロに、チャンポは顔をしかめた。
「ちょっと二人とも、せっかくこっちが乗り気なのに何で反対すんのっ?」
「喜んでいるところすまんが、私達はその案には賛成できんな」
「僕達がいた捜査課一同では日頃の感謝を込めて、毎年お金を出し合って、鑑識課や総務課にバレンタインのプレゼントを贈っているんだ。だから自分達だけで交換するというのは、ちょっとね……」
苦笑しながら、本郷が説明した。
旧世界の日本に根付いていた『お歳暮』や『お中元』と同じ様な意味合いで、捜査課の面々は仲間同士にバレンタインデーの贈り物をしていた様だ。捜査とは他人と協力しながら行う、信頼の上で成り立っている事だと理解している、協調性の高い者が多い彼ららしい習慣とも言えよう。
「あぁ、そういう事でしたら不公平になりますね」
「ちょっとディクシー、納得してどうすんのよっ!!」
「はわわっ! 申し訳ありませんチャンポ先輩ッ!」
チャンポに怒鳴られて、ディクシーは身を縮ませる。
二人のやり取りに、櫻子は顔をしかめた。
「チャンポ、ディクシーちゃんは悪くないでしょ」
「だって〜……」
櫻子に窘められ、チャンポは眉を曇らせた。怒鳴るのは筋違いだと解っている。これはただの八つ当たりだ。良い流れになっていたところに水を注されて、ついカッとなってしまったのだ。
「そういう事情だったら、私達だけでやるのは忍びないわね。あ、だったらバレンタインデーは、みんなで美味しい物食べに行かない? デザートが美味しいお店なんてどうかしら? 翌日は休みだし、少しくらい遅くなっても大丈夫でしょ」
「ふむ、それならまぁ良いだろうね」
櫻子の提案に、アレッサンドロは目を細めて頷いた。
「それなら、ルール違反じゃないね。僕も賛成♪」
ツィーランが笑顔で賛同する。
櫻子は一同を見渡した。
「都合悪い人はいる? デートの約束入れてる人は?」
「私は大丈夫であります」
「僕も予定はありません。で、君はどうなんだい?」
本郷は、目の前に立つチャンポに笑いかけた。
「お菓子交換とまではいかないが、これなら美味しいデザートも料理も食べられるよ、食いしん坊さん♪」
「アンタって、本当ッ一言多いわね……」
おいしいものとポテトチップスには目が無いが、食いしん坊なんてキャラではない。そもそも、食い意地に押されてこんな騒ぎを起こしたのではないのだ。
それなのに、原因である男にそんな涼しげな顔で窘められては、どうしようもない。
目を細めて自分を見下ろす本郷を、チャンポは恨みがましい目で見上げた。
彼の余裕のある振る舞いが嫌いだ。対等に見てもらいたい。願う事ならば年若い同僚ではなく、恋愛の対象として見てほしい。だから、彼の大人の余裕めいた行動が嫌だった。
だが、これ以上拗ねても輪を乱すだけだ。
そう悟ると、チャンポはみんなに向かって笑ってみせた。
「それだったら、賛成♪ デザートが美味しい居酒屋がいいな。隊長達はお酒があった方がいいでしょ♪」
「わかってるじゃない、チャンポ♪」
櫻子はビール派で、アレッサンドロはワインが好き。本郷も嗜む程度だが、さっぱりとした口当たりの日本酒が好きだ。
一方他の3人は全員、飲むより食べる派だ。チャンポは多少飲めるが、食べる方が断然好き。ツィーランは滅多にアルコールを口にしないし、ディクシーに至ってはビール一口で撃沈する程の下戸なので、食事が美味しくかつメニューが充実した店の方が嬉しい。
以上の理由により、この6人で食事会を開くと、自然と料理が美味しい居酒屋を選ぶ事になるのだ。
なお、アーリア連邦では15歳で成人し、同時に飲酒・喫煙が認められている(※)。
「全員OKって事で、さっさとお店の予約入れましょうか」
「では、僕がやりましょう」
名乗りを上げた本郷に、櫻子はニッコリと笑いかける。
「頼んだわよ、本郷くん」
「了解」
自分の席に本郷が戻り、パソコンを操作し始める。
それを合図に、彼らは各自元居た場所に戻った。
チャンポも自分の席に戻ろうとすると、側にいたディクシーに声をかけられた。
「良かったですね、チャンポ先輩」
笑顔で話しかける彼女に、チャンポも笑顔で返す。
「フフッ、14日はお昼少なめで夜に挑むわよ、ディクシー♪」
「了解ですぅ♪」
後輩と笑い合ってから自分の席に戻ると、チャンポは本郷を見た。
「あ、あのさ、本郷……」
「何だい? え〜と、デザートが美味しい居酒屋だったね」
本郷はモニターを見つめたまま返事をする。キーボードを打つ音が微かに聞こえた。
「それもそうだけど、そうじゃなくて。……本郷はバレンタインデー、楽しみじゃないの?」
「どうしたんだい、急に?」
彼が顔を上げてこちらを見たので、慌ててチャンポは視線を逸らす。
「えっ、だから……その……。毎年お金出し合って、総務とか鑑識にもお菓子配ってたんでしょ? それって出費がかさんで大変だったのかな〜、って思っただけよ」
「ん〜、そうだな……」
腕を組むと、本郷はぐるりと天井を見上げた。
「お菓子がもらえるのは嬉しいけど、財布には厳しい習慣だと思っているよ。みんなでお金を出し合っていたとはいえ、贈る人数が多い分それなりの額になるし。凄く気も遣うし」
「ふ〜ん……」
「選ぶのも大変だしね。新人の頃、若い奴の方がセンスがあるだろうとか言われて、お菓子を選ぶのを任された事があるんだ。あの時はなかなか決まらなくて、何時間もデパートのお菓子売り場を彷徨たな」
「アハハッ」
本郷はストレッチをする様に首を回して、下を向いた。
「じゃ、お菓子交換が無くなって嬉しい?」
「正直、ホッとしてる」
「そっか……」
苦笑する彼の表情に、言葉が出てこなかった。
本郷は顔を上げると、チャンポに笑いかけた。
「確かにみんなで食事に出かける方が出費はかさむけど、このメンバーなら、遥かに気は楽だからね。その辺、この方がいい」
「まぁね……。だからっ、美味しいお店に連れてってよ!」
「ハハハッ、了解」
笑いながら言うと、本郷は再びパソコンに向かう。
チャンポはその姿を、酷く曖昧な表情で見つめた。
◆◇◆◇◆
「ただいま〜…」
誰もいないと知りながら、チャンポは真っ暗な部屋に向かって挨拶をした。
靴を脱ぐと、まっすぐにキッチンに向かう。冷蔵庫を開けると、すぐ目の前に置かれた箱を手にした。
深緑色の和紙に包まれていて、端に蝶々結びにした水引風の白と赤のリボンがついている。大きさは彼女の手の平くらいあるだろう。和風の優しい印象が可愛らしい、小さなプレゼントボックスだ。
それを見下ろして、チャンポは大きなため息をついた。
「買うんじゃなかった……」
箱を見つめながら、トボトボとリビングを目指す。怠さに任せてドスンとソファーに腰を下ろすと、再び溜め息をついた。
昨日、デパートの地下食品売場で、このチョコレートを買った。
バレンタインの菓子を買い求める人で溢れかえる中、フロア内のあちこちを物色していたら、和菓子店がひしめくコーナーでこれを見つけた。
伝統ある茶屋の抹茶を使った、抹茶トリュフだ。店員に薦められるままに試食すると、抹茶の柔らかい渋味とチョコレートの甘さが合わさって、上品な味わいだった。
これならば、『和』を好む本郷も気に入るはずだ。そう思って、これを選んだ。
注文する時に恥ずかしさから声が上擦ってしまい、余計に恥ずかしい思いをしてしまったが、どうにか買ってきた。終始にこにこと微笑みながら応対してくれた、自分よりも年上と思われる女性店員の屈託のない笑顔が、今も忘れられない。
チョコレートを受け取ると、チャンポは全速力で家に帰った。本当は隊の他の仲間達や友人達へのお菓子も探すつもりだったが、胸がドキドキして、昨日はこれだけで精一杯だった。
(何だったのよ、昨日の浮かれたワタシは……。バカみたい)
今日になって告知された、署内でのバレンタインデーの菓子交換禁止。
そして、意中の彼がバレンタインデーを億劫に感じていること。
バレンタインデーを口実に本郷にプレゼントをあげようと目論んでいたが、この二重の衝撃は、浮かれていた彼女の心を地に沈める程、強力だった。
その後の時間、周囲には元気を取り戻した様にいつも通り明るく振舞ったが、よくもそれだけ頑張れたものだと、我ながら感心した。
「あ〜、このチョコどうしよう。……食べちゃえ♪」
舌をペロリと出すと、包装紙を剥がす為に箱を裏返す。
が、セロテープ側の包装紙に指先を引っかけたところで、手を止めた。
「や〜めた」
この行く宛を無くしたチョコレートを食べ尽くしても、この落ち込んだ気持ちは救われない。胸やけを起こすだけだ。そう悟ったのだ。
サイドテーブルにチョコレートの箱を置くと、ソファーに横になる。
「あ〜あ。……さぶ」
ひんやりとした空気に身を縮ませる。そう言えば、帰ってきてから空調を入れていなかった。手を伸ばしてサイドテーブルの上のリモコンを手に取ると、上に向けて操作し、空調を入れる。
少しずつ空気が暖まっていくのを感じ、チャンポは目を閉じた。
しかし1分もしない内に目を開くと、首を傾けてサイドテーブルを見た。
「……しまっとこ」
ゆるゆると身体を起こすと、チョコレートの箱を手に取り立ち上がる。
あげるか、食べてしまうか。考えはまとまっていない。だがまとまらない以上、暖かくなっていく部屋に、この溶けやすいトリュフチョコを放置するのは忍びなかった。
(後で考えればいいのよ)
冷蔵庫内の元あった場所に箱を置くと、帰宅後三度目となるため息と共に、静かにドアを閉めた。
中編に続く
※飲酒・喫煙が可能な年齢については、作者の捏造です。(16歳のグスタフと18歳のセオがバーにいたから、多分それ位から飲酒OKではないかと)
また日本では飲酒・喫煙は20歳以上から認められています。
【あとがき】
毎度の事ながら、季節のイベントネタをどうして遅刻するんでしょう、私は。
もう3月よ。しかも続くのよ、これ。
そしてセンスの無いタイトルでごめんなさい( ̄▽ ̄;)
サイトでは初となる、本郷×チャンポです。
いいね〜、片想い♪
本郷さんはチャンポの事を手のかかる後輩としか見てなくて、
チャンポは本郷の事を好きなんだけど、奥手というか、恋に素直になれないところがあって悪戦苦闘していると萌えますv
バレンタインデーに関する設定ですが、調べてみると、チョコを渡すのは日本だけで、国によって色々なパターンがあったので、悩んだあげく、お菓子交換会&日本の習慣にしました。
宇宙に逃げて今までの国とか無くなって、混乱してる中、お互い助け合う精神の元、プレゼントの交換が流行したとか、そんな感じです。
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