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旋光の輪舞<小説形式>
【ハルモニア】聖夜に気まぐれな猫は歌う Side B



 昔から、あの女は浪費癖があった。
 車を走らせながら、ジャイルズは思った。
 『あの女』とは、長年の相棒でもあるユルシュル・ユクスキュルのことだ。
 彼女から呼び出しがかかったのは、今から20分ほど前の事。街に買い物に出かけたが、買い過ぎて自分一人では運べなくなったので迎えに来て欲しいと頼まれた。

『ちょっと買い過ぎちゃったの。いいから来てよ、どーせヒマでしょ』

 笑いながら、サラリと彼女は言った。
 よりによって、クリスマスにタクシー代わりになろうとは。と、反論しようと思ったが、予定もなかったし、そもそもクリスマスに大した思い入れは無かったので、男は引き受ける事にした。
 前の車に合わせてノロノロと車を走らせていると、前方にイルミネーションで煌めく町並みが近づいてくる。火星一の商業都市だけあって、恐らく街中がクリスマス一色で、たくさんの人間で賑わっている事だろう。
 ロマンチストではないが、賑やかな雰囲気は嫌いではない。
 赤信号で停車している最中、遠くからでもわかる光で彩られた巨大なツリーに、ジャイルズは目を細めた。

(大金を扱うと金銭感覚はおかしくなると言うが、あいつはその見本なんだろうな)

 かつては、大企業相手に悪戯にゆすりを行う凄腕ハッカー。
 そして、ゴディヴァ社上層部直属の工作員だった女だ。
 当時はかなりの収入を得ていた。企業をゆする際に相手を茶化して、盗み出した重要機密情報の価値を大幅に下回る額をわざと要求していたが、情報流出を恐れて、上乗せした金額を納めてくる企業も少なくはなかった。それ故に、自分よりも遥かに稼いでいた。そして、買い物や外食を楽しんでいた。
 その浪費癖が、最近酷くなってきた気がする。
 恐らくハルモニア義勇軍に潜伏していた時に満足に金が使えなかった、その反動ではないか。そう推測した。金を持っている傭兵が、常に資金難で苦しんでいる部隊に入る訳がない。正体がばれる事を懸念して、相当我慢していたのだろう。

(ま、酒と服に消費してるなら、まだ可愛いか)

 彼女の場合、高級ブランドやジュエリー、高級料理にはそれほど興味を示さない。その代わりにお気に入りのカジュアルブランドを買い漁ったり、限定ビールを箱買いしている。
 いくら金があっても、好みまでは変わらないのだろう。流行りに弱い軽い性格に見えて、一本筋は通っている。そういう女なのだ。
 しかし、そろそろ控えた方がいいのではないか。そう男は懸念した。雇い主はいなくなったし、今はフリーの身だ。ハッキングの技術は失ってはいないが、当面は活動する気は無いと言っている。世界も不安定だし、これでは金は減る一方だ。
 ま、そんな事は自分が心配する事ではないか。そう苦笑する間に信号が青に変わったので、アクセルをゆっくりと踏み込む。
 さらに進むと、一際イルミネーションで眩しい大通りが見えてきた。
 それを尻目に十字路を左折し、その先にあるロータリーへと向かう。そこが待ち合わせ場所だ。
 ここまで来ると、更に道は混んでくる。亀の行進の様な渋滞に耐えてようやくロータリーに入ったジャイルズは、ユルシュルの姿と、車を泊められそうなスペースはないか目を凝らした。
 すると、すぐ近くに泊めていた車が移動したので、すかさずその場所に車を押し込んだ。

「さて、次はユーシィか。う〜寒い」

 車を降りると、中との温度差に思わず身震いをした。
 早く彼女を探そうと、上着のポケットに入れた端末を取り出そうとした。

「ジャイルズ〜!」

 声の方向を見ると、ユルシュルがこちらに手を振っていた。ファー付きの赤いコートと、お揃いらしい同色のファーの帽子が良く似合っていた。
 その足元が、カラフルに華やいでいる。
 よく見ると、いくつも手提げのペーパーバッグが置かれているのだとわかった。ざっと7、8個はあるだろうか。様々な店のバッグのお陰で、色鮮やかに見えた。確かにこれだけあれば、一人で持ち帰る事は不可能だろう。

「遅い! 呼んだら、さっさと来んかぁ!」
「道が混んでたんだ、仕方ないだろう」

 いつもの事だと悪態をかわして、彼女に近づく。そして彼女の足元に置かれた紙袋を持ち上げた。

「随分買ったな。しかしお前、これだけの荷物持ち歩いてたのか?」
「まさか。クロークサービス使ったのよ」

 クロークサービスとは、快適に買い物を楽しんでもらえるよう、買ったものや荷物を預かるサービスの事だ。現在、多くの商業都市で採用されていて、有料の為、万人が利用してはいないが、身軽にショッピングが出来るので、それなりに需要はある。
 ユルシュルは買っては預けるを繰り返し、最後はスタッフに協力してもらい、ここまで運んだと説明した。

「金かかるんだろ、あれ?」
「便利なものは、使わなくちゃ損よ♪ それより、さっさと運んでよ」
「お前も持てよ。……ん、何だコレ?」

 雰囲気の異なる、銀色のペーパーバッグに気づいた。
 横幅の広い肩提げタイプのもので、表面に書いてある文字から名の知れたメンズブランドのものと解った。特に10代20代の若い男性に人気があると聞いている。中をチラリと覗くと、綺麗にラッピングされた包みが2つ入っていた。
 それを肩にかけて、さらに2つ3つとペーパーバッグを手に取るにつれて、男はおかしな事に気が付いた。
 種類がバラバラ過ぎるのだ。
 あちこちの店で購入したならば、バッグのデザインがそれぞれ異なるのはおかしくない事だが、それにしても統一性がない。彼女の好きなブランドや洋服店のものもあるが、先程の銀色のペーパーバッグの様に、普段彼女が見向きもしない様なジャンルやブランドのものがいくつもある。
 そしてそれらの中には必ず、綺麗にラッピングされた箱や包みが入っていた。

(こっちは……生活雑貨か?)

 若葉とキッチンを取り入れたロゴが印刷されている再生紙で出来たペーパーバッグは、どう考えても、家事が苦手なユルシュルには似つかわしくなかった。
 中を覗くと予想通りと、綺麗にラッピングされた平たい箱が見える。手に取ってみると、予想外の重さに驚いた。
 全てのバッグを持ち、先に車へと歩きだした彼女を小走りで追いかけると、ジャイルズは尋ねた。

「これ何だ、やけに重いぞ?」
「これってどれ?」

 勝手知たたる男の愛車のトランクを開けて、ユルシュルは荷物を置いた。
 「これだ」と、言ってジャイルズがペーパーバッグを持ち上げてみせると、彼女は笑いながら答えた。

「ああ。それ、フライパン♪」
「フライパン?」

 怪訝そうな顔をしながらジャイルズが手のものをトランクに置くと、なおもユルシュルは笑って見せた。

「とってもいいフライパンなんですって。焦げ付かないし、熱のまわりがいいし。だいぶ使い込んでたからコーティングもハゲてて、洗う時大変だったみたいよ。だから丁度いいんじゃないかな、って思ったワケ♪」

 ユルシュルは料理をしない。そもそも、これはプレゼントの様だ。
 そして自分達の知り合いで、料理をする人物となると……。

「これ……、ケイティちゃんとミーツェちゃんにか?」
「ピンポ〜ン♪ っていうか、義勇軍のみんなにだけどね♪」

 戸惑いながら尋ねるジャイルズとは正反対に、ユルシュルは陽気な声で答えた。

「それだけじゃないわよ♪」

 と言いながら、ユルシュルは銀色のペーパーバッグ――最初にジャイルズが疑問を覚えたあのバッグを指差した。

「これはレーフ君とアンリ君に、お揃いのセーター♪ 前に二人がパイロットスーツ着てるの見て思ったんだけど、あの二人、笑っちゃうくらいお揃いが似合うのよね〜♪ そして、」

 今度は、淡いピンク色のペーパーバッグを指差す。

「こっちは、ケイティちゃんとミーツェちゃんにマフラー♪ それと、このハンドクリームもあげんの。冬は手荒れが辛いからね〜」

 笑顔で語る彼女の横顔を、男は怪訝そうに見下ろした。
 気まぐれな性格のこの女は、予想外の行動に出る事が度々ある。長年の付き合いで免疫は付けてきたつもりだが、これには流石に驚いた。
 あの少年少女達に、後ろめたいものが無い訳ではない。現に先程、何ヶ月ぶりに名前を口に出す時、一瞬声が出せなかった。情に流される様では工作員として失格だと自覚しているつもりだったが、今思い返してみても、あの場所は、ハルモニア義勇軍第1偵察隊は居心地が良かった。

「何のつもりだ?」

 ユルシュルは笑いながら、そっと指差していたペーパーバッグに触れた。

「なんかね〜、買い物してたら、お金もっと使いたくなっちゃって〜。それでクリスマスだし、あの子達にプレゼントしちゃおうかな〜〜〜〜って、思ったワケ☆」
「それだけか?」
「それ以外に何があるのよ? と言う訳で〜、」

 ユルシュルはジャイルズと向き合うと、にっこりと微笑んだ。

「これから、ハルモニア義勇軍第1偵察隊基地に連れてってくれない? あ、今は第8保安部隊か」
「……『貸し1』だぜ」

 この女の気まぐれに振り回されるのは、いつもの事だ。しかし今回は、悪い気はしない。
 笑いながら了解すると、ジャイルズは車に乗り込もうと運転席側に廻った。それに合わせる様に、ユルシュルも助手席側に廻る。
 シートベルトをし、エンジンをかけながら男は尋ねる。

「ついでに、あいつらに会ってくるか?」
「こっそり置いてくに決まってんじゃない。サンタは子供達の前に姿を見せないものよ♪」

 笑って答えるその姿を、ジャイルズは静かに見つめた。

「お前さんがそうしたいなら別に構わんが、ま、到着するまで考えてからでもいいんじゃないか」
「ん〜、そうかしら?」

 ユルシュルはシートにもたれかかると、コートのポケットから携帯端末を取り出す。そして緩慢な仕草で、メールのチェックを始めた。
 気づかれない様に小さな溜め息をつくと、男はゆっくりとアクセルを踏んだ。
 相変わらず道は混んでいて、ロータリーを抜けだしたものの、なかなか先に進めない。ようやく動き出したかと思えば、すぐに赤信号に止められてしまう。

「おっそ〜い!」
「仕方ないだろ、我慢しろ」

 そう言いながらユルシュルを見ると、彼女はまだ端末をいじっている。
 その姿と後方のトランクを、チラチラと交互に見た。
 後ろめたさと懐かしさ。そのどちらに突き動かされて、彼女はプレゼントを求めて街を歩いたのだろう。
 もしかすると、その二つが複雑に絡み合ったものを胸に抱いて、それを鼻歌でごまかして、闊歩したのかもしれない。そして店員に話しかけられた時、誰へのプレゼントだと説明したのだろう。『仲間へのプレゼントだ』とでも、答えたのだろうか。
 少し考えてみたが、前の車が動き始めたので、それ以上考える事は止めた。

「しかしさ」
「なに?」

 訊き返すと、ユルシュルは端末をポケットにしまった。

「プレゼント選ぶんだったら、もっと早く呼び出せよ。お前一人で選ぶなんてズルイぞ」
「え〜、センスないじゃんアンタ。だいたい、アンタだったら何をあげるのよ?」
「そうだな〜……。レーフとアンリには、大人への第一歩として『エロ本』。ケイティちゃんとミーツェちゃんには、ちょっぴり背伸びした『セクシーなランジェリー』を……♪」
「ぜってー呼ばねぇ! このエロオヤジ!!」
「お前に言われたくねぇよ」
「あ〜ぁ」

 溜め息と共に、彼女は背中を丸めた。

「こんなエロオヤジ、気にかけるんじゃなかった」
「お前ね〜。だったら誰がこんな大荷物運ぶんだよ? 今からタクシー呼ぶか?」
「そうじゃなくて……」

 信号で再び停まったとほぼ同時に、ユルシュルが「はい、これ」と言って、何かを突き出した。
 黒い、小さめのペーパーバッグだ。
 こちらを見ようとしないで、彼女は言った。

「アンタにあげる。これでチャラよ」
「ヘヘッ。ありがとよ、ユーシィ」

 照れ臭くなって笑いながら受け取ると、そっと後部座席に置いた。
 姿勢を戻しながら再び助手席を見ると、彼女は伸びと共に大きな欠伸をしていた。

「な〜んか、眠くなっちゃった。着いたら起こして〜」

 こちらにヒラヒラと手を振ると、彼女は目を閉じた。
 声をかけたが返事はない。勝手な奴だと呆れながらも、散々歩き回って疲れているなら仕方ないだろうと思った。

(ま、いいか。そうじゃなくちゃ、コイツじゃない)

 再び車を走らせると、時計をチラリと見た。
 この渋滞の具合からして、到着は11時近くになるかもしれない。夜更かしをあまりしない少年少女達の事だから、その頃には眠りについているかもしれない。
 それは運が良いのか悪いのか、よくは解らないが。
 どちらにしろ、プレゼントを入り口に置いて帰るか、ツリーの下に置いていくか、それとも各自の枕元まで運ぶかは、この隣で眠るサンタの判断に任せようと思った。
 バックミラーに、遠ざかる街のイルミネーションが見える。
 行きも同じものを見たはずなのに、ミラー越しの所為か、ジャイルズにはやけに煌めいて見えた。


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【あとがき】

遅ればせながら、クリスマスネタです(苦笑)
なんか二人がいい人過ぎますが、こういうのも有りかな〜と思います。
何だかんだ言って、あの二人はレーフ達の事を気に入っていると思うんですよ。
車の描写が思いっきり現代風でごめんなさい。
未来の車なんて、機械音痴な私には想像できません(汗)
一応、この街とレーフ達がいる場所は同じ火星内にあるので、車で移動できる設定にしています。
結局ユルシュルとジャイルズがみんなと顔を合わせるのかは、皆さんのご想像にお任せします♪



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