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旋光の輪舞<小説形式>
【ハルモニア】聖夜に気まぐれな猫は歌う Side A



「じんぐるべ〜る、じんぐるべ〜る♪」

 楽しそうに歌いながら、レーフは、テーブルに飾られた小さなツリーを眺めていた。
 高さ15センチ程の小さなツリー。
 本当はもっと、見上げるくらい大きなものが欲しかったが、大きいと、きっとアンリが邪魔になると言って目鯨を立てる。それに元手となる小遣いが足りなかったので、この小さなツリーで我慢した。
 しかし小さいとはいえ、ライトが点滅するし、指先ほどの大きさのベルや光沢のあるボールがあちこちに付いている。そして一番上に金色の星がついていて、なかなか立派に見えた。
 本当は飾り付けもしたかったが、このツリーを買って良かった。
 チカチカと赤や青に瞬くツリーのライトに、レーフは笑いかけた。

「全くお前は……。そんなに嬉しいのか?」

 顔を上げると、向かいの席に座ったアンリが本を読む事をやめて、こちらに呆れた眼差しを向けている。

「嬉しいに決まってるよ。クリスマスにちゃんとツリーがあるんだぜ、嬉しくないはずないだろう」

 反論すると、レーフは微笑みながら再びツリーを覗き込む。

「本当は見上げるくらい大きいのが欲しかったけど、これも素敵だよな!」
「それで十分だろう。そんな見上げる程大きなツリーなんて、邪魔になるだけだろう」

 やっぱり言った。そう思いながら、レーフは反論する。

「え〜。そうかもしれないけど、楽しいだろう、大きなツリーを飾ってクリスマスを祝うなんて?」
「楽しければいいのか、お前は?」

 再びツリーを見つめてウキウキと頭を揺らすレーフを、アンリは一瞥した。

「だいたい、そんなに大きかったら上の方なんて飾れないだろう?」
「え〜、ジャイルズさんにやってもらえばいいだろう? ……あ、」

 レーフは慌てて顔を上げ、アンリの表情を伺う。
 アンリも、自分と同じ様な表情をしていた。『しまった』、と言いたげな表情を。

「……ごめん、変な話をして」

 俯いたアンリは、小さな声で詫びた。

「いやっ、こっちこそごめん! ごめんね、アンリ……」

 項垂れる彼の姿を見ていられなくなり、レーフも俯いた。
 気まずい雰囲気の中、ツリーは無言でチカチカとライトを点滅させている。
 この状況を解消しようと、二人は話題を必死に探した。

「みんな、出来たよ〜♪」
「お待たせしました」

 救いの神だ。
 ドアを開けて入ってきたケイティとミーツェ、そして美味しそうないい香りに、レーフはホッとして顔を上げた。

「待ってました!」

 空腹感と安堵の入り交じった歓声を上げる。
 顔を上げた時にチラリとアンリの顔が見えたが、彼も自分と同じ様に、ホッとした顔をしていた。

「待たせちゃってごめんね。じゃ〜ん!!」

 笑いながら、ケイティが両手で持って運んできた大皿をテーブルの上に置く。
 ローストターキーだ。表面がこんがりと焼けていて、付け合せにたっぷりのマッシュポテトや温野菜、サラダ菜で囲まれている。
 二人の口から思わず感嘆の声が漏れた。

「うまそ〜!」
「凄いな……」
「えへっ、頑張ったでしょ♪」

 照れた様に笑いながら、ケイティが言う。
 その隣でミーツェが、押してきたワゴンから料理を取り出して、テーブルに並べた。
 チキンの載ったサラダにコンソメスープ、パン。そしてクリスマスプディング。
 豪華なクリスマス・ディナーに、レーフの顔がほころんだ。

「すっげぇ! 二人とも凄いや!」
「ありがとうございます、レーフさん」
「でも、多すぎやしないか?」

 テーブルを見渡して、アンリは尋ねる。小さなツリーを囲むように並べられた食事は、食べ盛りの少年少女4人分にしては多すぎる様に思えた。
 その言葉に、ケイティとミーツェは困った様に顔を見合わせる。

「え〜っと、ね……」
「もしかすると、ジャイルズさんとユーシィさんが帰ってくるかも……と、思いまして……」
「今日くらいは、もしかしたら……って、思っちゃったんだけど……」

 歯切れの悪い二人の返事に、レーフとアンリは顔を曇らせた。




 夏が終わりに近付いたある日、アーリア連邦からの独立を求めて戦い続けていたハルモニアに、ようやく平和の兆しが見えた。
 アンリ達も参加した、火星圏にあるオペラ社の秘密研究所襲撃事件。
 それと同日にアーリア連邦にて起こった、オペラ社派権力者によるアーリア統一宣言。
 この二つの出来事は関連があるものと世間では認識され、企業間の本格戦争勃発かと報道された。
 しかし、その直後に何者かによって流された情報は、アーリア全圏を震撼させた。
 アーリア連邦の過去のスキャンダル。オペラ社、そしてゴディヴァ社と連邦権力者達との強い癒着。さらにはハルモニア内の紛争に、ゴディヴァ社が深く関与している事も。
 これにより、オペラ社・ゴディヴァ社の各上層部は失脚し、現在はアーリア連邦も崩壊へと向かっている。
 そしてアーリア統一宣言に疑問を抱く世論によって、ハルモニアの独立を認める動きが強くなり、ハルモニアの紛争は収束へと向かう事となった。
 アンリ達としては、捉えられたレーフを救出する為に研究所を襲撃しただけだが、それが紛争収束の助けになろうとは、思ってもみなかった。あの時は、ただ仲間を助けたい、それだけの思いで動いていたのだから。
 そしてレーフは無事救出されたのだが、今度はあの混乱の中、ユルシュルとジャイルズは姿を消してしまった。
 連絡は一切取れていない。施設内を全て探したが、それぞれの衣類も持ち物も、ユルシュルが使用していたクリソベリルも、ジャイルズの工具も、全て消えてしまった。何も無かった様に。いくら混乱した状況だったとはいえ、あまりに手際が良過ぎた。
 その事に嫌な予感もしたが、彼らはそれを口には出さなかった。共に行動した仲間を疑う事が辛かった。
 二人が抜けた後は、第1偵察隊から第8治安部隊へと名前が変わり、四人だけの部隊となった。
 みんな申し合わせた様に明るく振舞ったが、時々、ふいに二人の姿を探してしまう時がある。そしてケイティとミーツェは、四人では到底食べ切れない量の食事を用意してしまう時があった。
 それだけ彼らにとって、二人の存在は欠かせなかった。




 沈黙を破ったのは、またもケイティだった。

「……冷めちゃうから、食べよっか。ねぇ、食べようっ」

 ひどく明るい声で一同に笑いかけると、ケイティはグレープソーダのボトルを開け、グラスに注ぎ始めた。

「ほら、ミーツェも席について」
「あ、はいっ」

 促されるままに、ミーツェは席につく。
 グラスを全員の前に置くと、ケイティも席に着く。そして笑顔で、複雑な表情を浮かべる仲間達の顔を見渡した。

「仕方ないよ、心配ちゃうのは。だって私たち仲間なんだし」

 一瞬ポカンとした顔で彼女を見つめたあと、ミーツェは微笑みながらコクコクと頷いた。

「そうですよね……、うん、そうですよ」
「何もおかしい事ではないな」

 アンリも笑ってみせた。
 レーフは泣きそうになった。
 二人と共に過ごした時間は決して長くはない。特に自分は最後に加わったから、一ヶ月もない。
 しかし、時間の長さが絆を決めるものではない。その事を教えてくれたのは、ここにいるみんなだ。
 二人は確かに、自分達の仲間だ。
 自分の事を何度も救ってくれた言葉に、今、再び救われた。

「ヘヘッ、そうだよな! ねえ、お腹すいたから早く食べようぜ!」

 気持ちが軽くなった分、大きな声が出た。アンリから「声が大きいぞ」と窘められたが、レーフは気にせずにグラスを高く掲げた。

「ほれ、みんなも早くっ」
「は〜いっ」
「はいっ」
「全く……」

 残る三人がグラスを掲げる。

「メリークリスマス!」
「「「メリークリスマスッ!」」」

 四人はグラスを下げ、ジュースを口に運ぶ。

「お肉切り分けますね、ちょっと待ってください。先にお二人の分をとっておきましょう」
「ありがとう、ミーツェ。俺、大きいのがいいな♪」
「そうだ、玄関に『ご馳走とワインを用意してありますよ』って貼り紙を貼っておいたら二人とも来るかな?」
「ワインって? ケイティ、まさかお前……」

目を見開いて向いて青ざめる兄に、ケイティは慌てて話す。

「違うわよ、お兄ちゃん。ユーシィさんの買い置きのワインが、食料庫にまだ何本かあるの」
「そうか。ならいいんだ、良かった」
「そうだ! ジャイルズさんにも何か書いてあげないと。え〜と……、『キレイなお姉さんの本がありますよ』、かな? でも、そんな本持ってないし、買いにいった方がいいと思う?」
「……お前はどこまで天然なんだ」

 スプーンを片手に持ったまま、アンリが頭を抱える。
 ケイティとミーツェは二人を見て、困った様に笑った。

「レーフさん、ジャイルズさんもワインで大丈夫だと思いますよ。お二人ともお酒が好きですから」
「あっ、そうか! そうと決まれば……」

 フォークを皿に置くと、レーフは勢い良く席を立ち、ドアへと走り出した。

「ちょっと、どこに行くの?」
「善は急げ! 紙とペンを取ってくるよ!」

 ドアの向こうへ消えていく後ろ姿を、三人は優しく見送った。


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【あとがき】

遅ればせながら、クリスマスネタです(苦笑)
レーフはこういうお祝い事とか好きなんだろうな。
トゥルーEDの場合だと、(多分ミーツェ以外)はユルシュルとジャイルズの秘密を知らなくて、「急にいなくなってどうしたんだろう?」とか心配してるんだろうな〜と思いながら書きました。
第8治安部隊は私の妄想です。すぐに戦争終結とはいかないだろうし、当面は治安維持の為に活動するんじゃないかと思います。



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