背中合わせ 6
彼は涙を見せなかった。
まるで、感情なんて最初からなかったように笑いも微笑みもしない。
ただ、頑なに心を閉ざすばかり。
セブの助手として、ホグワーツに赴き住むようになってからあっという間に時が過ぎようとしていた。
授業前の備品の整理や薬草を調達する手伝い、
授業後の片付けをセブと一緒にしながら日々を過ごしてきた。
授業以外の時間は、殆どセブの傍にいる。
朝食から始まって夕食が終わるまで彼の傍。病気で寝込む以外は彼の傍に出来る限りいた。
ちなみに、寝る部屋は別々。
……今年からはどうやら大変な年になりそうだ、と。
そんな予感と胸騒ぎが度々、襲ってきた。
セブが校長に呼び出されて確信に変わったのは最近の事だった。
それとともに、あの男の子が入学してくる事も思い出した。
「僕、スネイプに嫌われてると思うんだ」
「ハリー、気にする事ないさ。
あいつは学校中からの嫌われ者なんだ、あいつが贔屓してる連中以外はね。
まあ、中には変わり者の引っ付き虫もいるってフレッド達が言ってたんだけど…。本当かな?」
「ハリー!それよりも、いい知らせだわ!
あなたのお父さんも優秀なクィディッチ選手だったのよ」
そんな会話をして廊下を駆け抜けていく足音が近づいてくるのに気がついた。
―…角を曲がった拍子に、何かにぶつかった。
私はよろけて、黒髪を持った体躯の小さい彼は尻餅をついてしまった。
目前の彼をよく見ると見覚えというより既視感に近いものを感じて目を擦る。
彼の横にいる友人達は警戒心が顔に浮き出ていて苦笑いを浮かべた。
「すみません!僕…!」
「以後、気をつけて。…怪我はない?」
彼が以前にも増して、グリフィンドールの授業をした後にすこぶる不機嫌な理由が分かった。
それと同時に、愉快げだったのもよく覚えているけど。
手を差し出して、彼の身体を引き上げる。
頬が紅潮しているけど、大丈夫だろうか?
彼の顔を覗き見て漸く分かった。彼が、あの男の子なんだ、と。
ハリー・ポッター。生き残った男の子。
きっと、魔法界で知らないものはいないだろうって存在だから覚えていた。
くしゃ髪くんに瓜二つ。…目はリリーにそっくりで一瞬戸惑いを隠せなかった。
まじまじと観察をしてると、
赤毛ののっぽくんがわなわなと興奮でもしている様に身を震わせ口を開く。
「この人だよ、ハリー!スネイプの引っ付き虫!
フレッドが言ってた特徴とそっくりなんだ」
顔の筋肉が、『引っ付き虫』という言葉にピクリと動いたのが分かる。
「ロン!本人を目の前にしてそういう事は言うべきじゃないわよ」
ふわふわしてる髪を持った彼女に視線を向けると、ぎこちなく視線を合わされた。
「…あの!グリフィンドール出身って本当ですか?」
「ええ。それで、他に何か聞きたい事がなければ、
私は資料整理をしなくちゃならないから失礼するけど。いいかしら?」
視界の端に移った黒いローブ。
それに過剰反応を示してしまいそうになって慌てて笑顔を取り繕う。
彼らの前を通り過ぎて、急ぎ足で彼の元へと走る。
「セブ!」
後ろから声を掛ければ何度かして、
彼がぴたりと足を止めて顰めた顔つきでこちらに振り返る。
「そう大声を出さずとも聞こえている」
「あっ、そう。…また、ブラックの時のように誤解されたくないんだもの」
「…して、引っ付き虫殿が我輩に何用ですかな?」
「その喋り方、止めてよ。ハリーの目、リリーにそっくりね」
「っ…ああ」
彼の暗いトンネルみたいな黒い瞳が微かに揺れた。
「それ以外はくしゃ髪くんだけど、彼はリリーの性格だと思うの」
「あやつは、傲慢で…」
そうかと思えば、すぐにまた冷たい黒曜石みたいになってしまう。
「その話は何回も聞いた。
今日は授業もないんだし、お茶にしましょう?」
「ああ」
「今度の週末、久しぶりに湖のほとりでゆっくりする?」
「遠慮しておく、我輩にはやらねばならん仕事が山積みでしてな。
無論、貴様もだ。名前」
「え、本当に…?」
「そこで目を輝かせる気になる貴様はバカだろう」
「だーかーら!バカはバカでもセブバカなのよ!
あなたの傍にいられれば仕事の手伝いなんて屁でもないもの。
赤子の手をひねるようなものよ」
そう力説すれば、頭にぽんと手が置かれる。
その心地に目を伏せれば、普段より数段柔らかい声が降ってくる。
「貴様はバカだ」
「知ってる。今年から、色んな災難が降りかかる気がするけど…。
弓でも槍でもへっちゃらよ」
にへらと見上げて笑えば、彼が微かに口角を上げたのは気のせいだろうか。
「さてと、書類を片付けなくちゃね」
「終わった後は、暖かい紅茶だろう?」
「ええ、楽しみにしとくわ」
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