まことか嘘か(リドル) 自分の穏やかな人生の中で、最大のピンチを迎えている。 だって、ホウワーツ中を震撼させている事件の渦中へと巻き込まれてしまったのだから。 でも、至って心の中に焦りもなくて、恐怖心すらないのはなぜだろう? というか、巻き込まれた原因は私にはないはず。 あの虚栄心を満たすがために着飾った教授に通りがかった廊下で人質にされ、 赤毛の男の子の杖で唱えた忘却術が逆噴射して岩が崩れ…、 噂のハリー・ポッターくんと岩の壁で一緒に彼らと隔たれてしまった。 運の尽きは、一体どこから始まってたんだろう。 "君は、僕を馬鹿にしてるの?名前" 日記の中の魂で、自分は闇の帝王ヴォルデモート卿だと名乗った彼。 そして、そんな彼と相対しているのは"生き残った男の子"のハリー・ポッターと"極々平凡"の自分。 私達の後ろには操られて衰弱している一年生の女の子。 ……息をしていなければ、死んでいるんじゃないかって位に肌が青白い。 "聞いてる?…まあ、いい。名前、君を気に入ったんだ。僕は君を絶対に手に入れる" 「勝手ですね」 さらりと口から出た言葉に慌てて口を噤んだ。やばい、殺される。 そんな感覚が肌にぞわりと走る。 でも、ぎゅっと目を瞑り幾ら待とうが死の呪文やらが唱えられる事はなかった。 "それには、そこのハリー・ポッター。君が邪魔だ。…消えて貰うよ" 不気味なくらいに綺麗に笑ったその人が何かを囁く。 …あの着飾った教授と黒ずくめ教授の決闘の授業だったかで、ハリーくんが言ってたような"それ"。 パーセルタングっていうんだっけ。 「バジリスクだ!!!…名前さん、逃げよう!!!」 「え、あ…。足が動かな…い…?なんで」 "心配する事はないよ。アイツが狙うのは君だけさ、ポッター" かつかつと靴が鳴り響き、だんだんと近づいて来るその人にまるで心が捉われた様に釘付けになる。 このままでは死んでしまうかもしれないのに、 どうしてもっと魔法を真面目に学んでおかなかったんだろうとさえ後悔する。 「……トム・マルヴォーロ・リドル…」 辛うじて、渇いた口と舌で紡げた言葉はそれだけだった。 "それは僕の名前じゃない。僕の名はヴォルデモート卿だ" ぶわりと、風が巻き起こりほんの少しの痛みが頬に走った。…地味に痛い。 かと思えばつうっと何かが頬を伝い、それに触るとぬるりとした赤い液体物。 再び、彼が近づくと体を密接する様な形で捕まってしまった。 ハリーが"名前!!!"と叫ぶ声が遠くに感じる。 ざらりとした湿った物が頬にあたり、トム・リドルが私の血を舐めた事に驚くしかなかった。 「何してるんですか…」 "さっきのは僕の過失だ。だから、舐めた。それだけだ。 …ほんの少しだけ君には眠って貰うよ" 「っ…」 最後に彼はくすりと妖艶に笑んだ。 きっと、誰もが魅入られる様な笑み。 …それから、重くなる瞼には逆らえず私は気を失った。 ――次に起きた時は、そんな事が起こってから2週間後の事だった。 私は眠った状態で救出されたらしいが、 全く目を覚まさずポンフリーさんによれば『眠り姫』状態だったらしい。 あの一年生、ジニーちゃんと言うらしい子が毎日お見舞いにその兄達と来てくれた様でたんまりと悪戯道具や本が置かれていた。 別に私は何もしていないのに。 しかも、ウィズリーと言えば結構有名な純血一家だ。 なんというか、複雑な心境で寮に戻ればハグをされまくった。 それから、100年後に目を覚まさなかっただけ救いじゃの、と校長先生から笑いながら言われぞっとしたのもいい思い出かもしれない。 …日記はハリー・ポッターによって破壊されて、石にされた人たちも戻ったらしい。 喜ばしい事なのに、日記の存在が気にかかった。 その中のリドルも消え失せたのかと思うと虚しさが押し寄せ始める。 日中、ぼうっとしている事も増えた気がすると友人に言われ気づいたのはつい最近だった。 なんで、彼に対してその感情が引き起こされるのか不思議だった。 妙に、心臓がざわつく。 慣れないものに接したからかも。 …きっとそうだ。そうに違いない。 ローブを脱いで、パジャマに着替えるべくスカートへと手を伸ばす。 すると、ポケットに本の少しの膨らみ。 何か入れてたっけ…。 「え、これって…」 入っていたのは、四つ折りになった紙。 それを広げて見てみると古びたノートの1ページ分の切れ端だった。 ぞわりと背筋が凍る。…やばいやつなんじゃ。 …見つめていると、文字が浮かび上がり始める。 ぽつり、ぽつりとなんだか拙い印象を受けた。 "やあ、名前" 一言一句区切ってやっと書かれたのはそれだけだった。 「ハリー・ポッターは、あれをどうやって壊したんだろ」 "そんな事したら、殺すよ?" 「あら、殺せるの?」 「それは、やってみなきゃ分からない。そうだろ?名前」 ← → [戻る] |