君を忘れられない(ツナ)
たった一言が言えない俺。
その一言が言えないだけでこんなに後悔するなんて思いもしなかった。
たった一年の歳月がここ《並盛》を変えた。
ううん、違う。俺が変わってしまっただけだ。
俺はもうマフィアのボスで、一般人じゃなくなった。
高校を卒業してからイタリアに行き、
悪魔のような家庭教師とともに裏社会を学んだ。
辛い。苦しい。
悔しい。悲しい。怖い。
負の感情のサイクルがぐるぐると廻る。
敵対マフィアを殺すときには仮面を被った。
辛くない。平気だという顔をして、裏切り者には罰を与えた。
素の俺では絶対に駄目。
戸惑えば仲間の命にも関わるんだ。
そう、言い訳して我慢した。
これが、せめてもの罪滅ぼし。
俺の精神を蝕むその感情を家庭教師は心配でもしたんだろう、
日本での任務という名ばかりの『休養』を告げられた。
まだ俺には似合わない黒いオーダーメイドの高級スーツと靴を身に纏い、
黒い高級車から降り立った久しぶりの故郷。我が家。
「おかえり、ツー君」
にこりと笑う母さん。変わらないなーなんて思ってるとチャイムが鳴った。
「あら、きっと名前ちゃんだわ!」
その名前に反応する俺がいる。何故?あの日に忘れると決めたのに。
「こんにちは、奈々さん」
「えぇ、こんにちは」
「あれ?この靴…。誰か、来てるんですか?」
懐かしい君の声。
会いたい。
その感情に任せて居間と玄関を繋ぐただ一つの扉を開けた。
「…俺だよ。」
にこりと笑うと君は驚いた顔をした。あぁ、予想通りだ。
「嘘…。え!?隼人も武ももしかしてこっちにいるの!?」
「いや…、俺だけちょっと里帰りしたんだ。」
にこりと笑顔を貼り付ける。
もう、多分俺は上手く笑えない。
君はあの頃と変わらず笑った。
懐かしい気持ちがその度に甦る。
「…そっか。って、ツナのくせにそんな笑顔浮かべてなんか変。」
ケラケラと笑っていう君。
母さんと一緒で変わらないなー。
「あ、ごめん!営業スマイルが取れないんだ…。」
「折角、帰ってきたのに…。帰るまでには自然に笑ってよね!」
「う、うん。」
昔に戻ったみたいに笑えてるかな?
別段、名前は気にしていないようでよかった。
「そういえば、いつ戻っちゃうの?」
「明日の夜の便でまた向こうに戻るんだ。」
「短っ!」
「あはは・・・。結構、会社も軌道に乗ってて忙しいんだよ。」
笑う名前に微笑みかける。
嘘をついてゴメンという意味も込めて。
「そっかー・・・、隼人は元気?」
「元気だよ。よく、山本と喧嘩してるしね。
そういう、名前の方はどうなの?」
「あー・・・。うん。私ね、来月で結婚するの。」
頬をピンク色に染めて照れながら言う君。
聞いてない。そんな情報入らなかった。なんでだよ!?
「・・・な、」
拳を力強く握り歯を噛み締める。怒っちゃ駄目だ。
こんな自分を知られたくない。
「え?ツナ、どうかした?」
「いや、うん。驚いたなー・・・。
名前の方が先に結婚するなんて、」
「ちょっ!?どういう意味よ、それっ!!」
二人で昔のように笑いあう。
もう、感情を押し殺すのは得意だろう?
戸惑うな。大丈夫だ。そう暗示をかけながら喋る。
「冗談だよ。冗談。」
くすりと笑うと名前も笑った。
「じゃあ、私これから用事あるから。」
そう言って玄関から出て行く名前に笑いかけ
る。
けど、優しく誰か別の人を思う笑みに苦笑いしか浮かべられなかった。
最後に、伝えられなかった。
この言葉を俺はどうすればいいの?
――スキダ。アイシテタ。
その言葉は誰もいない空間に溶けて消えた。
一筋の涙が流れた後、俺は日本から経つ用意をした。
「母さん。名前にごめんねって伝えといて、」
そう言って笑った俺に母さんは何も言わず見送ってくれた。
ありがとう。俺に恋をさせてくれてありがとう。
君を忘れられない俺。
けれど、だからこそ精一杯君の幸せを願うよ。
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