明日天気になぁれ2(尚×俊樹)
尚の提案はそりゃ驚いた。親元に帰らなきゃならないとまで内心思っていたし、これが尚の言う『きっかけ』なんだと正直気分は最悪だった。なのに、一緒に暮らす発言。母親も流石に迷惑だからと反対すると思われたのに、「尚くんと一緒なら安心ねー! ほんと手の掛かる子で申し訳ないわー」と、まさかの乗り気。
「尚くんになら嫁にやっても全然寂しくないし」
「んじゃ俊樹ウチで貰います。良かった。おばさんの了解得られて」
「尚くんは知らない子じゃないしね、でもどうせなら婿に来てほしかったわー」
ははははっと笑いながらの尚と母の会話は纏まったようで、現在俊樹は再び尚の運転する車の中だ。
どういう話の流れなのか、俊樹にはさっぱり理解出来なかった。
「んじゃ、取りあえず引っ越しの準備しねーとな」
「えっ……あ、あぁ」
頭の整理がつかなくて、生返事しかできない俊樹の事はどーでもいいのか、尚は一人でどんどん話を進めてしまう。俊樹の部屋に着くや否や、業者に電話で見積もりや日時などの話をしているし、電気水道ガスの停止の電話も日取りを勝手に決めてしまっていた。
「俊樹ー、明後日から業者が3社ほどくるから来るから持っていくもの選んどけよー、俺平日は仕事でそんな来れないからな。あ、それとこの部屋の解約届け出しとけよー」
「あ、……うん」
流されてる。と、力強く思うけれど、そもそもこれが尚の言う『きっかけ』なら受け入れようと思っているのは、やはり流されているからなのか。
それからの日常はこれ迄の引き籠りニートとは大きく変わった。尚が呼んだであろう引っ越し業者が日替わりで来て、何種類かの見積もりを置いていった。それを尚に電話で確認して決めると、今度は段ボールが届く。荷造りしてると、粗大ごみの引き取り業者から電話がかかってきて何時何時に引き上げに行くと連絡が入る。んでまた尚に電話してどう言うことか説明して貰う。ようは全部の荷物は尚の家に入らないから、簡易机やベッド、大きな箪笥は棄てて来いと言うことらしい。次いでに家電も二つ要らねーし、と言うことだ。
ベッド棄てたらどこで俺は寝るんだ?と、思わなくはなかったけれど言われるまま実行した。
「おー、めっちゃスッキリしたなぁ」
仕事帰り遅く、俊樹の部屋を覗きに来た尚の言葉だ。女受けのする派手な顔はスーツを着ると更に男前だ。緩んだネクタイがまたその風貌に妙な男っぽさを煽っていた。
粗大ごみが引き上げられたその日、困り果てた俊樹が尚に連絡を取ったのだ。まぁ電話しなくても今日は来る予定だったみたいだけど。
「……いや、まぁ家具無くなったからな……じゃなくて、俺布団まで出しちゃって今夜どうやって寝れば良いわけ? 」
そう。尚に言われるまま粗大ごみを出したのはいいが、布団まで持っていかれてはどうしようもない。
「あぁ心配しなくても俺んとこで寝れば問題ないだろ? どうせ後2、3日で電気もガスも止まるし」
「…………」
そうだった。
そうやってどんどん丸め込まれてるような気がする。
困惑する俊樹を、尚が優しく見ていたことには気が付かなかった。
何だかんだと連れてこられた尚の部屋は、思っていたよりも広くて、久し振りの目間苦しい日常に疲れていた俊樹は居間にあったソファにぐったりと大の字に座り込んで天井を仰ぐ。
そのまま首だけを動かして部屋を見ると、部屋の間取りは1LDKと言ったところか。
「俊樹ー、俺先風呂はいるけど良い? お前先入る? 」
背広を脱いでハンガーに掛け、ネクタイをシュルリと抜いた尚は袖のボタンを外しながら俊樹に問うて来る。肌けたカッターから引き締まった体躯が覗き見える。
「…………」
「俊樹? 」
「あ、いや。風呂な、うん、先お前入れ」
「んじゃお先。寝るなよー」
バスルームへ消えていく尚の姿を無意識に追い掛けて、俊樹はふぅーと息を長く吐き出した。
覗き見えた肌を妙に意識してしまうのは、自分がゲイだからだろうか?
「…………」
ついこの間までぐだぐだと猪戸のことを思い出していたのに、調子のよいことに今度は尚に気を取られている。
これは、なに?
考えてみるけれど良く分からない。
どうしようか。
尚は確かに『きっかけ』を作ってくれた。この数日は忙しくて失恋云々を考える暇もなかったし、お陰で引き籠り生活からも一応脱出出来そうだ。あとは職探し。まぁこのご時世簡単に正社員なんて見つからないかもしれない。取りあえずアルバイトでも何でもいいから仕事をしなければ。同居……(だよな? )するにしても生活費は出さなければ流石に人として不味い。
だらしなく大の字に座っていた姿勢を起こして、俊樹はきょろっと部屋を見渡した。目に付いたのは綺麗に掃除されたキッチンだ。徐に立ち上がり冷蔵庫の中を開けると、生活感の溢れた中身。転がっていた新しい水を開けて、知らぬ間に乾いていた喉を潤した。
「俊樹ー、お前も風呂入れよ」
ガチャっと風呂から上がってきた尚は、上半身裸でスウェットのパンツだけを無造作に履き、ガシガシと社会人にしては少し明るめに染めた髪を拭いている。
目のやり場に困るとはこの事だ。と、俊樹は強く思う。相手を意識してあるからとか、してないとか、そういうのはこの際関係ない。普通の男は女の裸や服から垣間見える際どい肌の露出にドギマギする。それと、同じだ。性の対象が男の自分は、それが同性に対して感じると言うだけ。
パッと尚から目を反らすと、俊樹は「うん」と返事だけをして持ってきた着替えを掴んでさっさと風呂場へ入った。顔は赤くはなっていなかったと思うけど、今の態度は不自然だっただろうかと少しだけ不安になる。
自分の性癖は親には勿論、尚にも誰にも晒していない。人と違うと言うことは、それだけで人を臆病にさせるものだ。
シャワーで頭から体から洗ってしまうと、脱衣室に置いてあったタオルを勝手に拝借した。
「風呂サンキュー」
そう言って居間に戻ると、尚は軽くご飯を食べているところだった。
フード付きのパーカーを羽織り、その下はどこかのゆるキャラのTシャツ。引き締まった体は隠されていて見えなくなっていた。
……って、何考えてんだ俺!
妙な思考をぶるぶると追い払う。
「んあぁ、お前も食う? 」
そんな俊樹には気が付かないのか、尚はもぐもぐとチャーハンらしきものを咀嚼しながら、スプーンを上げた。
「や、俺は良いわ。つかお前自炊すんだ? 」
「んー? まぁ外食勿体ねーし」
ずずっと何かのスープを飲みながら尚は食事を終え、俊樹は飲みさしの水をごくごくと飲み干す。
「……確かに」
「だろ? あ、俊樹もう寝る? 」
「そだなぁ……うん。寝る」
「んじゃ先ベッド使ってて」
軽くいう尚に俊樹は目を丸くする。
「え? 俺がベッド使ったら尚は何処で寝るんだよ? まさかソファ? だったら俺がソファで寝るし」
「いや、まさか。ソファなんかで寝たら余計疲れるわ」
俊樹は尚の言葉に軽く目眩を覚える。
それは同じベッドで二人寝る……と、言っているのだろうか? 小学生じゃあるまいし、まさか一緒に寝る発言が飛び出してくるとは思いもよらない。
尚は知らないとはいえ、性の対象が男である俊樹に、一緒に眠るなどの提案をしてくるとは。動揺しすぎて二の句が告げられない。
俊樹の動揺など知らない尚はそ知らぬ顔で言葉を続ける。
「あっと、その前に俊樹、ソファ座って」
食べ終えた皿をガチャガチャと食洗器に入れた尚は、テーブルの上をさっと拭いて片付けて、ソファを指差す。
言われるがままソファに座ると、洗面所から持ってきたのか尚の手にはドライヤーが握られていて、ああ、髪を乾かせということかと、ドライヤーを受け取ろうと手を伸ばす。
「サンキュー」
「いいからいいから! 俺がやる」
尚はドライヤーのスイッチを入れて俊樹の後から座り込むと、髪を優しく鋤くように乾かしていく。尚の脚の間に抱き込まれるような形になって、体が自然に強張っていく。その一連の動作にドギマギとして俊樹は落ち着かない。
この状況は何なのだろう?あ、甘やかされてるのか? でも、何で甘やかすんだ? 数日前は何もしない情けない俺を叱っていたのに。
「……お前、実はお人好しなんだな」
「……はぁ? 」
「なんつーか、……めちゃ俺の世話焼いてくれっし」
「……ある意味すっげぇ目出度い奴だな、お前」
「目出度い? 意味わかんね」
指で髪を鋤く動作を止めカチッとドライヤーを切ると、そのまま覆い被さるように俊樹を抱き締めた尚はふぅと息を吐いた。
「俺そんなお人好しじゃないと思うんだけど、どうなんだろ? 多分お前限定だけど」
まさか後から抱き締められるとは思っていなくて俊樹は軽くパニックだ。頭が真っ白になって、同時に顔に熱が集まるのが分かる。心臓が早鐘を打ち、知らずに体が震えた。
「怖い? 」
耳元で囁く声がいつになく低くて甘い気がするのは気のせいだろうか? 落ち着かなくてゾワゾワする。勘違い、しそうになってしまう。多分だけど、尚は男に興味はないはずだ。そもそも、俺自身の性癖だって知らないはず。失恋した猪戸のことだって性別なんか言ってない。これは、何?
「こ、怖いっていうか、な、に? 俺、なんかに抱きついてキモくねぇーの? 男」
「俊樹が男なのは知ってるし」
言葉を遮られて、更に動揺する。何と言えばいいのかさえも分からない。
「自分でキモいとか言うな。俊樹とのことは親公認だし」
「…………」
尚の言葉に思考が停止するのがわかった。
こ、公認ってどーいうこと?! そう言えばかぁさんも嫁がどうとか言ってたような?? って、あれ俺のことだったのか?いや普通に考えたら男なんだから嫁ってのはおかしいよな?自分で普通とか考えて、少しだけへこんだ。
「取りあえず寝よっか」
後ろから覗き込まれてにっこりと笑うのは反則だと思う。尚に自覚があるのかは別にして、男前は狡い。
耳が熱い。どきどきする。恥ずかしい。
色んな感情が混じってパンクしそうだ。
ぐいっと腕を引かれて尚の寝室に連れてこられた俊樹は、またも言われるままベッドに腰掛けた。
「歯ぁ磨いてから来るから、先横んなってろ」
頭をふわりと撫でた尚が部屋から姿を消すと、ようやく体の力が抜けた。何がどうなったのか分からない。これは、どういう状況なのだろう?公認って、公認? えーっと。俺の性癖は隠してたはずなのに、え? バレてんの? え? どうすればいいんだ? いやいや! そもそも尚が俺のことを……なんて都合がいいというか悪いというか。そうだ、だって尚の口から直接的な告白を受けたわけではない。
ぐるぐると考えていると、カチャっと扉の開く音がして尚が戻ってきたことを知らせる。
「横になってろって言ったのに」
ふっと笑うその顔に俊樹はまた落ち着かない気分になる。
「あ、うん」
「なに? 緊張してんの? 」
「……えーと」
「それとも混乱? 」
「……っと、りょ両方? 」
吃りながら言葉を返しそれはそうだ! と、強く思う。学生時代からこんな尚は見たことがないし、再会してからも尚は普通だった。いや、多少強引なところもなくはなかったけれど、今日の尚は、そう、何と言うか。……雄とでも言おうか、そんな匂いがする。
「両方ねぇー。……鈍いと言うかはっきり言葉にしなきゃやっぱ俊樹には伝わんねぇーのなぁ」
パーカーを脱いだ尚はのっそりとベッドへ入ると、俊樹の腰に手を回して引き寄せるようにして横にさせた。体を反転させて向き合う形になった俊樹の心臓は、さっきよりもバクバクと煩い。
「ひ、尚? 」
「言ったろ? 世話やいたりとかお前限定だって。それってさ、俺にとってお前が特別ってこと」
「……それって」
「俊樹が好きってこと。あーあー、引き籠ってるニートの情ねー奴の何処が良いんだろーなぁー? 俺って健気過ぎるだろー」
肩口に顔を伏せてぎゅうぎゅうと抱き締めてくる尚。それに俊樹は慌てていたし結局どうして良いか分からない。そんな風に尚のことを見たことはなかった。何より一番近くて居心地のよい親友ではあったけれど。
返す言葉に詰まっていると、尚がニヤリとしてまた言葉を繋げる。
「親公認だっつっただろ。取り敢えず俺はもう気持ちを隠さないし、お前は俺を意識しろ! まずはそっからだ! 」
尚はそう宣言すると、ろくな抵抗も出来ない俺を抱き締めたまま眠りに落ちてしまったのだった。
そんな尚を、俊樹が意識するようになるのは、其ほど遠くない未来。





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