明日天気になぁれ(尚×俊樹)
ずるずると、ずるずると。
何処まで引き摺って、何処に辿り着いたら満足なのか。



失恋した俺は、今日も今日とて二日酔い。
小野田俊樹は現実逃避に、連日浴びるように酒を飲んでいた。職も失い、自堕落な生活を送っている場合ではないけれど、新たに職探しをする気にもなれず、むしろずっと引き隠っていたいと半ば自暴自棄になっていた。
酷い喉の乾きに目を醒ましたのは、既に昼の太陽は真上を過ぎた頃だった。閉め切ったカーテンの隙間から、溢れる眩しい太陽の陽は、それでも視界を捉えるには足りない。
少し這えばカーテンに手が届く狭いワンルームの部屋は、小さめのベッドとテレビ、折り畳み式の小さなテーブルと置かれたタンスで殆ど足の踏み場もないほど窮屈な空間だった。
うつ伏せの状態から、膝から体に力を入れて四つん這いの状態まで持ってくると、其のまま手を伸ばして五分の一ほどカーテンを開けると、漸く部屋の中が見えるだけの光源を得る。
「ヴーー……」
二日酔いの頭には眩しすぎる光に目眩を伴う。唸り声をあげたその声で、喉の乾きを思い出して、観念したように立ち上がってこじんまりとしたキッチンにこじんまりと置かれた冷蔵庫を開けてミネラルウォーターを喉に流し込む。
ホッと一息吐いてその場にずるっと座り込んでしまった。
失恋なんて言っているけれど大したことはない。勝手に長いこと片想いしていた相手に彼女が出来ただけの話だ。別に自分の気持ちを伝えたわけでもなければ、誰かにバレて嫌がらせを受けたわけでもない。ただ、何もしない内に終ってしまっただけのことだ。
何か行動を起こしていれば、何かが変わっていたなんてそんなことも思わない。だって、見ていればわかるのだ。あいつがノーマルなんだってことは。それだけ。
高校から大学まで同じで、挙げ句就職した会社まで同じだったあいつ、猪戸典昭。
猪戸は特別頭も顔も良くなかったけど、誠実で女遊びも全然しないとにかく真面目なやつだった。つるむのはいつも男だけで、何気に硬派なやつで。
だから、諦めがつかずだらだらと片想いをやっていたのだけれど。社会人一年目。猪戸は早々に彼女を作ってしまった。今まで誰も相手にしなかったあいつが付き合うのだから、きっと本気なのだと思った。それを肯定するかのように猪戸は彼女のために動いていた。
そんな姿を見ていられなくなって、仕事を辞めたのは3ヶ月前だ。こうして俺は自堕落なニートに成り下がった。
はぁっと、知らずにため息が出る。
ため息を吐くと幸せが逃げるなんて、昔誰かが言っていたなぁと頭を巡らす。まぁ、幸せなんてこれまで一度も感じたことはないけど。
沈む気持ちと一緒に、目蓋も重くなってきて其のまま、また小さめのベッドへダイブして惰眠を貪ることにした。



俊樹が再び目を醒ましたのは玄関扉をガンガンと叩く迷惑な音に吃驚しての事だ。
「あー? うるせーな、誰だよ! 」
のろのろとベッドから立ち上がって玄関を開けると、其処にはみなれた幼馴染みの顔があった。
「おまえなぁー。近所迷惑だろーが! 叩くな!! 」
「てめぇーがさっさと開けねーからだろ。上がるぞ」
この幼馴染み、山口尚はそう言うとさっさと俊樹の横をすり抜けて当たり前のように部屋に入って簡易テーブルの前に座った。
ボリボリと頭をかきながら、自分もそれに倣う。
「きったねぇーなぁー。 ゴミくらい捨てろよ、臭うわ! 」
散乱した空き缶やつまみの袋、果ては何に使ったのか判らない丸まったティッシュペーパーをガサガサと袋に分別しながら片付けていくこの幼馴染みは、職を失くしてニートになった頃から、こうして定期的に来てくれるのだ。
親同士が同級生で必然的に一緒にいることが多かった尚は、昔から女受けのよい派手な男前だ。が、別々の高校へ入ってからはぱったりと交流がなくなっていたのに、大学卒業後偶然再開してから、また交流が再開したのだった。
俊樹は部屋の掃除は尚に任せて、本日初の咥内清掃と顔面の脂を洗面台で落とす。新しいタオルを棚から出すと無造作に拭いながら生活スペースへと戻った。戻るといつの間にか窓は開けられていて、肺の中を新しい空気が満たす。
「あ、お前まじ自堕落過ぎだろ?! ちょっとベランダ出てろ、掃除機かけっから! 」
「えー、もういいよ、大分片付いたしー。それにもう夜だぜ? 掃除機の音うるさくね? 」
「まだ苦情来るほど遅くねぇーよ、いいから邪魔! 」
ベランダへ追い出された俊樹は、掃除機の雑音と遠くから聞こえる車の騒音を聞きながらぼんやりと星空を見上げた。
猪戸と、特に何をした思い出もないけれど何となく、ただ何となく寂しさが胸を占めていく。
「終わったぞー」
尚から呼び戻された俊樹は、そばでまだ何やらごそごそしてる尚を横目に定位置のベッドへとダイブした。
そんな姿に尚はため息をつきながら、ごみの袋の口をきっちりと閉め、転がっていたウェットティッシュでテーブルの上を拭いた。掃除機のあとにかけていたコロコロも、今使っていたウェットティッシュも、尚が掃除用に置いているものだ。
「……ひさしー、ありがと」
ぽろりと溢れた感謝の言葉に、まさか平手が頭に飛んでくるとは思っていなかった。それも、結構本気の強さで。
パーンっと小気味のよい音が後頭部で響き、同時に熱いような痛みが走る。
「っんだよ!! 痛ぇな!! 」
「いい加減にしろ! いつまでグダグダだらだらやってんだよ! お前そんなんでいいわけ?! 大学まで出させて貰ってこの生活は両親見たら泣くぞ?! 情けねぇー……」
「……分かってるよ」
「あぁ!? 」
「わかってんだよ! んなことは! 」
そう。尚に言われなくても分かっている。いつまでもこんな自堕落にしていても仕様がないことくらい、分かっている。
だけれど。
長い片想いだけを見ても分かるように、行動力のない俊樹には今の現状から抜け出すためのきっかけすら掴めない。
「だったら、何とかしろよー……」
キレ気味に反論した俊樹に対して、尚は呆れたようにため息と共に言葉を溢した。
「……うん」
もぞもぞと横たわっていた体を起こして、ベッドからずりずりと落ちるようにして床へ座り込む。
「でも、どーしていいかわっかんねー」
「は?」
「……んー、何て言うか俺、ヘタレ具合拗らせたかも」
「……え? んん? 意味わかんね」
尚の言葉に座ったままぽすっと顔を布団に沈める。
「今まであえて聞かなかったけどさぁ……何が原因なんだ? 」
尚な呆れたような視線を感じつつも、俊樹は言葉を探す。
原因?
失恋とか?
ってこんな理由アリなの?
改めて自分で考えてみても、なんとも情けない理由だ。本来の怠け者の性分が、それきっかけに噴出したようなものか?
「…………」
「何か理由あんだろ? 」
「……お、」
「お? 」
「引かねぇ? 」
「……いいから言えよ」
俊樹の躊躇いから、何か想像したのか苦い顔で尚は促す。
「うん……あの、……れんした」
「あ?」
蚊の泣くような声で呟いた声は、どうやら尚に届かなかったらしい。
「……れんした」
「だから聞こえねーよ! 」
「失恋! 」
開き直って叫ぶように言った言葉と同時に、さっきとは比べ物にならない力で頭を叩かれた。
バシッと重い音と脳天からのチリチリとした痛みが走る。
「さっきからバシバシ叩くなよ! 脳細胞死ぬだろーが! 」
「今さら脳細胞の一つや二つ死んだところでテメェの脳みそになんの障害もねーよっ! 」
くわっと鬼のような形相で反論されて流石に怯んでしまう。確かにこれ以上頭が悪くなることはないのかもしれない。今の自分を省みて、まさにそう思う。
「いやもう何て言っていいのかわかんねーくらい退いたわ! え? 失恋? お前そんなことで仕事も辞めて引き籠ってんの?! いや、馬鹿だろお前。信じらんねー」
「……うん。だよな」
はぁ。と、深いため息が俊樹の耳に届いて居たたまれなくなる。
「……で、まだ引き摺ってんの? 」
尚の言葉に顔をあげると、そこには複雑そうな表情があって。
「引き摺ってっから、いつまでもこんな生活してんの? 」
重ねて問われて、俊樹はぐっと押し黙った。
たぶん、引き摺っている。それでも少しずつではあるけれど心が軽くなっているのも事実なのだ。引き籠りニートになって早3ヶ月。実生活を送る上で現実的な問題も浮上し、猪戸の事ばかりを考える余裕がなくなったのだ。そして、尚の存在が大きい。外に殆ど出ない生活の中で尚の存在が刺激になっていた。
「……引き摺ってる。でも、流石に軽くなってきた。かな」
「あっそ。で、後は切っ掛けが欲しいって? どんだけ我が儘で情けねーんだよテメェは」
知らずに尚から目をそらし、顔が下を向く。
怒っている。当然だけれど、尚の怒った顔が怖くて視線を上げられない。自分でも情けないって分かってはいるけれど、性格なのかこうなったら意地のように自分は動けなくなるのだ。
「…………」
「…………」
沈黙が痛い。肌にピリピリと刺すような気がしてくる。
傍で尚が立ち上がった気配がした。
あぁ、呆れてとうとう愛想も尽きたのかな?
そんな風に思っていると上げられない視界に、尚のしゃがみこんだ足が入った。
「……俺ってすげぇそんな役だなぁ、健気だわ」
ボソッと呟かれた言葉の意味は俊樹にはわからなかった。
「尚? 」
「取りあえず、明日出掛けるぞ」
「え? 」
「んじゃ、明日迎えに来るから」
頭をぐしゃっと乱暴に撫でて、尚は片付いた部屋を真っ直ぐ玄関に向かい出ていった。
思いの外温かい手の感触は、俊樹の心を確実に癒したのだった。



翌日、宣言通り迎えに来た尚は、有無を言わせず俊樹を車に乗せると、見慣れた道を走り出す。
車の中は尚の趣味なのか、ガチャガチャとした派手な音楽が流れている。
「どこ行くんだ? 」
「お前の実家、行くんだよ」
「な、何で? 」
思わず運転している尚の派手な横顔を凝視してしまう。ちらりとこちらを一瞥した尚は、意地悪そうな笑みを張り付けていた。
「まぁ、了解を貰いに」
「……りょうかい? 」
「まぁまぁ、ちゃんときっかけ作ってやるから」
大丈夫大丈夫と、笑う尚の考えてることがわからなくて、俊樹はひたすら困惑するだけだった。それでも、実家には着いてしまうもので。
手慣れた動きで車を駐車して降りると、俊樹も促されて一緒に降りた。降りた先はやはりと言うか、古い一軒家はどう見ても俊樹の実家だった。
「ひ、尚? マジ何しに? 」
「だーかーらー。了解貰いにっつっただろー」
ピンポーンと間抜けな音をさせてインターホンを押すと、「はーい」と家の奥から母の声が聞こえてきた。俊樹の古いこの家のインターホンは、音が鳴るだけでマイクでの会話なんて機能は付いていない。
パタパタとスリッパの音がして暫く、「はいはい」とまた元気な声が聞こえると、引き戸が開いて母が出てきた。まさか息子がインターホンを鳴らすとは思ってなかったからか、母は小さな目を大きく開いて吃驚した表情で出迎えてくれた。
「俊樹? あら、尚くん! 久し振りじゃなーい。まだウチのバカ息子に付き合ってくれてるの? 高校別になってから全然遊びに来なくなったから、すっかり疎遠になったものと思ってたわーさあさ、上がって」
「おばさん、相変わらずですね。お邪魔します」
実家だと言うのに何故か尚に手を引かれる形で家に入った俊樹は、気が付けば居間に座っていた。いや、座らされていた。
隣には当然のように尚が座り、目の前には母が座って尚にお茶をいれている。
「はい。どーぞ。ごめんね、うちお茶しか飲まないから」
「へーきです」
へらっと笑っている尚は、女受けのする整った派手な顔だ。
「今日はお願いがあって来たんで」
尚が話し出すと、母は「何かしら? 」と先を促す。俊樹はその話がなんなのか想像も付かずただ黙って成り行きを見守ることにした。
「おばさん、こいつ引き籠りニートしてるの知ってます? 」
行きなり爆弾投下。
内心焦った俊樹は誤魔化そうと口を開き掛けたが、尚に先手を打たれて発言の機会を無くしてしまった。
「俊樹は黙ってろよ? 」
「…………」
「え? ニート? 仕事してるんじゃないの? 」
母親の驚きに見開いた目が徐々に座り、此方を見る。
……うん。怖い。
「こいつ、流石にもう貯金ないみたいで今生活苦なんですよ」
「俊樹……どー言うこと? 」
母の声が怒りに溢れている。
「ちょっと御免ね尚くん。俊樹! 応えなさい! あんた仕事辞めたってこと?! これからどーするつもりなの! このご時世そんな簡単に辞めて次が直ぐ見つかるとでも思ってた?! あんたは昔から考えが甘くて……っ!! 」
母親の説教を延々と聞きながら、尚に任せてしまったことを酷く悔やんだ。それでも身から出た錆なので仕方なく黙って説教されている。
あぁ、独り暮らし、取り消されるかなぁ。
呑気にそんなことを考えていたら、尚が母の言葉を遮って提案があるっと、言い出した。
「提案? 」
「こいつの部屋引き払って俺んとこで一緒に住んでもいいですか? 」




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思ったより長くなったので続きます(爆)



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