毒を喰む(司×幸輔)
どんなに、どんなに。たくさん彼を想っても、同じ想いは返してくれないと知っている。それでも想い続けるのは、自分が弱いからだ。
離れるのが怖い。たった、それだけの理由。だって、彼から離れたら、本当にこの関係が終わってしまうから。自分からは絶対に離れられない。どんなに、どんなにくだらない理由でも、それが全て。
折角の土曜の休みは、彼からの連絡でドタキャンされたのだと、内容を見る前に理解してしまう。
佐野幸輔はそれでも、メールを開けることもせずじっとスマホの画面を見つめたまま、その場から動けずにいた。
待ち合わせの定番のこの場所には、他に待ち合わせをしている人たちが沢山居るようだけれど、ひとり、取り残されているのは自分ひとりだった。
はぁ、とため息が溢れて、漸く来ない人を諦めて動き出そうとした。
「……バカだな」
こぼれた呟きは、雑踏に掻き消されて誰にも届かず霧散する。
歩き出したけれど、これといって宛てもない。気分が沈んでいくばかりで、まっすぐ帰るのも何故だか嫌で、1時間の道程を歩くことにした。
彼にとって、優先順位の1番や2番は自分ではないことを、今までも嫌と言うほど知っているのに、微かな希望が捨てられない。今度くらいは、と、期待しては空回り。諦めるのは慣れたつもりでも、心はまた傷付いていた。
端から見れば、ただ振り回されてばかりいるなんて、どんなに滑稽に映っているだろう。
最初から、自分は遊び相手でしかなかった。割りきれなくなったのは自分の勝手だ。
いつのまにか震えていた手を、深呼吸で落ち着ける。
目頭が熱くなるけれど、こんなところで泣きたくはなくて上を向いてツンとした鼻を啜った。
情けないと思う。
こんな、恋愛しか出来ない自分を。
いや、恋愛とさえ呼ばないのかもしれない。だって、恋愛は相手が必要だけれど、自分の場合はいつも一方通行だ。
気持ちと一緒に重い足は、歩調が上がらずのろのろとしていて、立ち止まってしまいたくなる。
それでも動かし続ける足は、いつの間にか疲労で痛みを訴えていた。
こうして現実逃避して、自分を痛め付けても、考えるのは同じことばかりで、頭が重くぐるぐると思考が泥沼に填まっているようだ。
長い時間をかけて引きずるように足を動かして家に辿り着いた幸輔は、着替えもせずそのままベッドに寝転がる。
このまま、消えてしまえばいいのに……。
そう思いながら幸輔は目蓋を閉じた。



どれくらい眠っていたのだろうか。
幸輔は訪問者を知らせるインターホンの音で眼を覚ました。
覚醒しきらない頭でのろのろと窓の外に眼をやると、既に陽が落ちて薄闇が広がっていた。電気も点けていない部屋は真っ暗だ。
繰り返し響くインターホンの音に訪問者は諦めるつもりがないらしいと悟った幸輔は、電気を点けて立ち上がって玄関に向かった。
「あー、はい」
カチャンと音を立てて玄関のロックを外すと、開いた扉の先にいた人に幸輔は息を詰めた。
「司……」
「おー、開けんのおせーよ」
そう言って当然のように開いた扉から体を滑り込ませて家に入ってきたのはデートのドタキャンをした張本人、吉見司だった。
「やー、今日は悪いなー、また今度埋め合わせするから許してー、あ、なぁ俺腹減った。なんか作って? 」
当然のように部屋に入り込み、ベッドを背凭れにしてテレビを付ける。
横を通りすぎた彼の服から微かに漂う女性用の香水が、今まで何処に居て何をしていたかを物語る。罪悪感など微塵も感じていない様子に、胸がチリチリと焼けるような気がする。
それでも、彼が来てくれたことに少しだけ歓喜している自分がいやになる。
「あー、買い物行ってないし、ろくなの作れないよ?」
「何でもいいー、兎に角なんか食いてー」
そういう司の意識はテレビに向けられていて、全く幸輔を見ようとしない。
「わかった。すぐ作るから待ってて」
それにはもう返事は来ない。
自分は司にとってどんな存在なのだろう? セックスさせてくれて、飯も作ってくれて、客観的に見なくてもただ、都合のいいように扱われているだけなのはわかっている。
気付かれないように小さく息を吐き出し、幸輔は冷蔵庫を開けた。
結局出来上がったのは親子丼と申し訳程度に添えられたキュウリの塩揉み。出来上がったと声をかければ、部屋の隅に避けられていた簡易の折り畳み机を司が出してきた。
「おー、わりーなー、いただきまーす」
司は食べるときは必ず手を合わせる。普段どんなに横柄でも、こういったところが律儀だなと思わせた。
「今日泊まってもいいだろー? 」
断られるなんて端から思っていない口振りに、幸輔の胸がざわついた。
「……うん、いいよ」
司が泊まるのはいつだって幸輔の体を求めるときだけと決まっている。きっと、今日遊んだ女を抱けなかったのだ。だから、自分はその身代わり。
解っているのに、笑って、幸輔は返事をしていた。



食欲を満たした司は、食事の後片付けをしようと台所に立っていた幸輔を性急に求めてきた。
もう少しで終わるから待って欲しいと言う幸輔を後ろから抱き締めて、首筋に口付けを落としていった。
久しぶりの刺激に抗える訳もなく、幸輔は簡単にその行為に溺れた。濡れた手を簡単に拭かれて、ベッドへ押し倒される。
煌々と点く明かりが恥ずかしくて、司に訴えてみるけれど聞き入れられることはない。
慣れた手付きであっという間に全裸にされ、幸輔は後孔を解されて腰が震えた。
全裸の幸輔に対して、司は少し前を寛げただけでほとんど着崩れてもいない。
これも、いつものことだった。脱がされるのは自分だけ。キスも、唇には一度もされたことはない。
後孔を解され、内股に唇が這いまわり、反応を示す幸輔自身からは透明なカウパー液が溢れている。ぐりぐりと鈴口を強めに刺激されて体が大袈裟に跳ねた。
「やぁ……あうっ!つ、つかさぁぁ……」
「幸輔、気持ちいーねぇー?」
「う……ん……あっ」
薄く笑う気配の問いに、こくこくと言葉にならなくて司の言葉に素直に頷く。
「んー、いい子。フェラしてー? 」
間延びしたこの場にそぐわない声色。それでも、幸輔は司に逆らわない。身代わりでも、好きになって貰えなくても、体だけでも、司と繋がっていたいから。
救いのない関係はまるで幸輔を侵す毒のようだ。中毒性のあるそれは、自分からは絶ちきれない。
幸輔は言われるまま司の股間に顔を持っていき、寛げられた前から司のものを取り出すと躊躇わずに頬張った。
手を使い、舌を使い、司に気持ち良くなって欲しくていつも幸輔は必死にそれに吸い付く。こうすると、司の腰が揺れて息を飲む気配がする。感じてくれているのだと嬉しくなる。カウパー液が口の中に青臭さを充満させるけれど、そんなものも気にならなかった。
「んー……幸輔、もう良いよー。後ろ、向いて」
言われた通りに後ろを向くと、司は背後から幸輔をベッドに押し付けると高くなった腰を掴み、ゆるゆると後孔に自身を宛がった。
後孔にぬるぬると先端を擦り付けて、中に挿りそうで挿らないもどかしさに、幸輔は羞恥に体を染めながら無意識に腰を揺らめかせる。
「ふふ、幸輔カワイーねー」
司は恥ずかしがりながら焦れて腰を揺らす幸輔に煽られるように、一気にその体を貫いた。
「ひあああぁぁーー……っ!」
悲鳴に近い嬌声を上げてしまう。衝撃に耐えようとするけれど、無情にもいきなり激しく抽挿を繰り返され、息さえまともに出来ない。
「うっ……くんっ……ん!」
卑猥な粘膜の音が鼓膜を侵し、司のもので擦られる奥が溶けるように暑く熱をもつ。容赦なく前立腺を突かれ、狂おしいほどのドライオーガズムに幸輔はいつの間にか泣きじゃくっていた。



狂ったように激しく抱かれ、疲弊した体を休めるために泥のように眠りにつき、幸輔が眼を覚ましたのは日曜のまだ早い時間帯だった。
全裸で事後処理も出来ず、体液でベタ付いた体は司が拭ってくれたのかサラリとしている。その司はというと幸輔を抱き枕よろしく布団の上から緩やかにホールドしていた。
幸輔は司を起こさないようにそろそろと布団から這い出る。が、腰から下の足は痺れたように力が入らなくて、ドスッとベッドから滑り落ちてしまった。
「あ……」
鈍い落下音に司が起きてしまったのではないかと体を捻って振り返るが深い眠りにあるようで、それは杞憂だったようだ。
今度は気を付けながら足に集中し、目の前の机を支えに立ち上がって散らかった服をかき集めて身に付けた。
ぺたりとラグの上に座り込み、息をつくと眠る司を眺める。
体力は昨夜の行為で朝から限界なのに、司の安心して眠るこの顔を見ているだけで癒される気がするから不思議だ。
心も体もこんなにもギリギリなのに、どうしてまだ司が好きなのかわからない。
司はきっと自分の事など歯牙にも掛けていないだろうし、これからだって多分自分の扱いは変わらないのだろう。それは予感ではなくて確信。
自分を見てくれないのは今に始まったことではないし、他に女も沢山いるのは解っている。その内、ひとりに絞って結婚とか、してしまうんだろう。
だって、元々司はヘテロだ。興味本意で男の自分を抱きそれが未だに続いているだけの事にすぎない。
きっと今日も眼が覚めたら、ご飯だけ食べて女のところに行くのだ。
どうして。
どうして愛されるのは自分ではないのだろう。
いつだって自分は好きな人を優先してきた。望まれれば体だって与えるのに、一番欲しいものは絶対に手に入らない。鼻の奥がツンとして、けれど泣きたくなくて奥歯を食い縛る。
どれくらい司の寝顔を眺めていたのか、もぞりと寝返りを打った司が微かに眼を開けた。
「……んー、こーすけー? もう朝? 」
「……うん。お早う」
「はよー」
ごそごそと身じろぎして起き上がった司は、時計に眼をやる。
9時半を少し過ぎたところだ。
時間を気にしてる司のために幸輔は痺れた体を無理矢理動かし立ち上がってキッチンで湯を沸かす。
「あ、司。パンしかないけど朝、食べてく? 」
「あー、うん。ありがとー」
トーストを冷凍庫から出してトースターにかけていると、起き出した司が隣で顔を洗いはじめる。紅茶のパックを出してコップに仕掛けると沸騰した湯を注ぐ。茶葉のよい香りが鼻腔を擽っていくと途端に空腹を覚えた。
チンと、間抜けな音がしてトースターが焼き上がりを知らせる。いつの間にか身支度を終えた司が簡易机にコップをもって移動し座り込んでいた。
「バターだけでいい? 」
「うん。じゅーぶん」
司の目の前にパンの乗った皿を出すと、いただきまーすと、手を合わせてパンに食らいついていた。
食欲のない幸輔はモグモグと咀嚼する司を眺めながら紅茶を啜った。
そして、不意に司が話し出した。
「おれさー、今日お見合いなんだー」
「……え?」
「多分余程じゃなければその子と結婚だと思うんだよねー。だから幸輔、俺の言いたいこと分かるよねー? 」
にっこりと爽やかな司の笑顔が凍みる。
頭が真っ白になる。
耳鳴りがする。
自分からは、絶ちきれない。手放せない。
終わりが来ることも予想できていた筈なのに、頭が言葉の理解を拒否しているかのようだ。
それでも、笑って受け入れるしかない。
「そ、そっかー。分かった分かった。そうなんだー」
へらっとした自分は、多分ちゃんと笑えている。
泣くな、泣くな!まだ早い。
「じゃあ俺達も終わりなんだね」
「さすが幸輔!話が分かるー」
にこやかに笑って、司はまだ何かを話していたけれど、それはひとつも幸輔の耳には響いてこなかった。
食べ終わった司は、きれいに手を合わせて「ご馳走さま」と呟くとバタバタと部屋を出ていってしまった。
「…………」
見合い? 結婚? なにそれ。
まだ、終わる準備なんて出来てなかったのに。
ねぇ、司。
こんなに好きなのに、どうして駄目なんだろうね。
ねぇ、司。ねぇ、ねぇ。
友達にも戻れないこんな関係に持ち込んだのは何故?
どうして男になんて興味持ったの?
ねぇ、どうして?
どうして自分も受け入れてしまったんだろう?
苦しい。
苦しいよ、司。
埋め合わせ、してくれるんじゃないの?
約束、まだ果たしてないよ。
誰もいなくなった、いつもの一人の部屋はひどく寂しく感じられる。
ごろんとそのまま横になって、ただ静かに涙を流すことしか、幸輔には出来なかった。



(完)

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