夕陰草
ぬばたまの夜05
同じ男で、こうも違うのだなと思うと、色々沈みそうになる。
カウンターに戻った男はキュキュっとグラスを磨きあげていく。その音がまた心地好かった。

またも、ボケッと眺めていたのだろうか。いつの間にか男性が傍に来ていた。

「これ、どうぞ」

笑顔で差し出されたのは包装されたワッフルが二つ。

「……あの?」
「今日の残りです。よかったら。」
「でも……」
「あ、ワッフル嫌いでしたか?」
それなら、無理強いできないけどと、男はまた笑う。
「それにもうお客さん来ないと思うし、後は閉めるだけだし、残ったら捨てちゃうものだから」
「いや、……ありがとうございます」

すっと、それとは別に差し出された紙切れ。テーブルの上に置かれたのは名刺だ。

ーー大貫昭斗

シンプルなデザインで名前と肩書き、それにここの住所と社名が綴られている。
「一応、ここのオーナーでもあるので、良かったらまた来てください。さっきも言ったけど19時以降なら私一人だしサービス出来ますよ」

ウインクが飛んでくるんじゃないかと思うほどの眩しい笑顔だ。要は俄に恥ずかしくなって思わず下を向いてしまう。

「あ、ありがとうございます」

目線を避けて言った小さな言葉は、ちゃんと大抜にも聴こえたらしく、ふふっと笑った。
それからどれくらい居たのか、時間の感覚が麻痺してしまったが多分20時半は越えてしまってたと思う。初対面なのにダラダラと過ごしてしまった上に、帰りはシャッターを閉た大貫と駅までの道のりを一緒に歩いた。

何故だか妙に落ち着けたのだ。

大貫と駅で別れてーー彼の家はショップの徒歩圏内ーー結果的に送って貰ったことに苦笑してしまった。

切符を買いホームで電車を待っているとき、ズボンに突こっんでいた携帯が震えた。
心臓が止まるかとおもうほどビックリした。大貫と話して久し振りに和んだ後だったから余計に。
携帯は、苦手だーーと、要は思う。
何時でも繋がると言う安心感か思い込みか、連絡が取れないと苛つかれるし、電話を取るのが遅くなったら直ぐに出ないと罵声を浴びせられる。理不尽だと思うのに逆らえない自分も居てさらにそれが嫌悪に繋がっている。

発信者を確認して俄に強張った身体の力を抜く。相手は同僚の高宮だ。
「もしもし。」
『あー、繋がった!』
「……何だよ?」
『何か機嫌悪い?大した用事じゃないんだけど』
「……別に悪くはないけど」
『なら良かったー!』
そう言う高宮の電話の向こうでは、何やら賑やかな声が聞こえている。
『今飲んでんだけどーお前来ないー?』
「はぁ?」
『だぁかぁらぁ、今から飲みに来ないかなぁってお誘いでしょー?!』
大分酔っているのか高宮のご機嫌はかなり良いようだ。
そんな高宮の声に笑いが込み上げる。ーータイミング良すぎだしーー要は正直、この誘いが有り難かった。今から帰っても洋兵はまだ起きているだろうから。流石に素面であんな事はないと思いたいが、保証もない。もし、素面であんな暴言暴力を当たり前にされたら……打ちのめされて生きていけない。身体は辛いけれどまさに渡りに舟だ。
『聞いてんのかよー!!』
賑やかな高宮の声が一際響く。
「聞いてるよ、今何処?俺会社の近くだしそっち行くよ」
要は来た道を引き替えすべく、ホームを降りて行った。

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