夕陰草
明けぐれの空10
抵抗する気も起こらなくて、要は高宮に引き摺られるまま個室に押し込まれた。狭いトイレの中、男二人が無理矢理入り、近すぎる距離で対峙する。
腕を掴まれたまま解こうと藻掻きもせず、俯いてなすがままの要に高宮が戸惑う。

「黒見。何もない訳ないだろ?言えよ、ほら」

高宮が要を強くその腕の中に閉じ込めると、はじめて要が抵抗を見せた。子供がするようにいやいやと首を降り腕を突っ張り逃れようとするが、弱々しい抵抗では高宮は全く動かない。高宮は弱々しく暴れる要を強く抱きしめ、話し出すのをじっと待った。
宥めるように動く高宮の手に、要は力ない抵抗を直ぐに諦める。
高宮の腕に閉じ込められまま、要は考えていた。このままずっといろんな事から逃げて、高宮に縋るのが一番楽な道だ。
ーーそれって、いいんだろうか?
高宮は好きだ。恋愛とは別の意味だけれど。でも、それは高宮を利用するということじゃないのだろうか。

「今だけでいいから」

高宮が要の耳元で囁くように呟いた。

「ーー今だけでいいから、俺を見ろよ」

力強く響く高宮の言葉は要を揺さぶる。うん、と言いたくなってしまう。高宮を好きになれればきっとこんな思いもしなくて済む。だけど、そうなったら高宮の傍には居られない。それは嫌だった。これ以上誰にも迷惑はかけられない。

「ごめ…」

謝罪の言葉は途中で途切れたのは、要が涙を堪えているからだ。

「…ごめん。ごめん。ごめ…高宮、ごめん」

何度も謝ると要を抱きしめる腕の力が緩まる。ぐっと目を閉じて要は高宮が離れていく気配に怯えた。
高宮は要を閉じ込めていた腕から解放し、クツクツと喉で笑う声が要の耳に入る。そして、優しく手が頭に置かれたと思うと、いつものように撫でられた。

「俺も、大概諦め悪いな。こっちこそ悪かったよ、困らせたよな」

瞼を開けてチラリと高宮を見やると、ばつが悪そうに要を見る瞳にぶつかる。

「何がそんなに黒見を悲壮な表情にさせんのかは具体的にはわかんねーけど、想像は出来んだよ。だから、俺に頼れ。何もしてやれねーかもしれんけど前みたいに話ぐらいは聞いてやっから。そんでそれだけの事でお前の傍から居なくなったりしねーから、そんな怯えんな。な? 」

高宮の思いやり溢れる言葉に目頭が熱くなる。そんな要の様子に高宮が笑った。

「感動したか? 泣くなよ? まだ後数分だけど就業時間内だからな。デスク戻んだろ」

コクコクと要は頷く。子供みたいで情けないけれど、顔を両手でごしごしと摩った。
目蓋の裏に溜まっていた涙が霧散して、少しだけ落ち着く。ふうっと息を吐くと高宮が傍で声も出さずに、やはり笑っていた。

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あきゅろす。
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