夕陰草
明けぐれの空08
由深は自分の望んだ言葉を要から引き出すと、もう用はないと言うように、さっさと踵を返して駅のホームへと消えていった。要は鉛のように重くなった気持ちと足を必死で動かし、自身も帰路につく。

気持ち悪い。
由深の言うことは間違いのない正論。
何を言い返すことも出来ない。
何も実を結ばないのは要自身が良く解っているつもりだ。
罵られるのは当然。
当の本人にそのつもりがなくても横恋慕しているのは要だからだ。そんな自分に反吐が出る。
胃が、ムカムカする。

急ぎ足で家に帰ると、要はそのままトイレへ駆け込んだ。
結局何も食べずに帰ってきているために出るのは胃液だけで一つもスッキリしない。それどころか、余計に気分が悪くなる。
似たようなことは洋兵にも言われたことがあって、まるで疑似体験したような感覚。
洗面所で口を濯ぎ、要は着替えもせずにそのまま真っ暗なリビングにごろんと横になった。フローリングの冷たさが今は心地よい。ぎゅっと目を閉じてグルグル回る色々な感情をやり過ごそうとする。
要自身がマイノリティだからと、面と向かってはっきりとあんな風に拒否をされたのは実は初めてかもしれない。
何となく気付いた回りの連中は皆、遠巻きに見ているだけだったし、悪い噂も「あくまで噂」というレベルで終わっていた。それが今回は友人の彼女に詰め寄られるというこれまでにない展開だ。
ほぅっと息をつく。
どうして何時もこうなんだろう。誰も好きにならずに生きていけてら良いのに。どうして駄目だと解っているのに近付いたりしたのか、苦い後悔が押し寄せる。
由深の放った言葉が頭を過る。それに対して、要は了解の意を伝えたのだ。もう、連絡は絶たなければ。それどころかあの店にだって近づけない。

「……ふふふ」

不毛過ぎて笑えてくる。
ーー設定、しなきゃ。
要は携帯を取り出して大貫の番号を呼び出す。視界が目の裏に溜まった涙で滲む。呼び出された番号を拒否設定に登録した。消さないのは未練かもしれないが、消すことは出来なかった。






寒さにブルリと身震いして、眠っていたことに気がついた。
暗闇の中、携帯を開いて時間を確認する。午前4時を少し回ったところだ。着替えもせず、薄着のままフローリングに転がって身体が冷えない方が不思議だ。要の体は当然、冷えきって寒さにガタガタと震え出す。
悴んだ手足を動かし、着ていたものを脱ぎ散らして要は小さく丸まるようにして布団の中に逃げ込んだ。
次に要が目を覚ましたのは午前6時前。短い睡眠時間だった筈だけれど、少しだけ頭はスッキリしていた。
軽くシャワーを浴びてクリーニングに出していた新しいスーツを着込む。朝方に脱ぎ散らかしたスーツは皺だらけで使えないからクリーニングに出すように準備だけした。


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あきゅろす。
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