夕陰草
明けぐれの空07
由深と二人になった要は、躊躇いがちに声をかけた。
「場所、移動する? 」
「…そうね、流石に目立つし」
由深は少しだけ考える素振りをしたあと、詰まらなさそうに答えた。
要はこれから何を言われるのかを想像して、気が重くなる。由深に罵られるようなことは実際は何もないにしても、互いの気持ちが近いのはきっと事実だ。要自身、大貫に惹かれるのを止められない。彼の何がそうまでして要を惹き付けるのかは分からないが。
要と由深は二人無言で歩いて移動する。店に入るわけもいかず結局歩く人の邪魔にならない少しだけ影になった場所で立ち止まった。
「…あー話って? 」
何を言われるのか予想済みだけれど、ここは敢えて聞いてみる。
「わかってる癖に嫌な人ね…昭斗の事しかないでしょ」
呆れたような言葉に、要は「うん」とだけ返した。馬鹿なの?と、言われそうな空気は堪えがたいものだ。
「貴方、昭斗のなに? 」
「…えー友人? 」
「本当のところは友人以上じゃないの? ただの友人なんて嘘でしょう? 」
由深が何を根拠にそう決めつけるのか、要が聞きたいくらいだ。それとも、大貫は由深に何か言ったのだろうか? でも何を? 今のところ、要に思い当たる節は本当に何もない。ただ、友人としての距離よりは近いのは確かだと思う。
「……えっと」
「昭斗のこと好きなの? 」
「…………」
「確かに、貴方普通の男に比べたら男臭くはないし、女顔よね。でもそれだけ。所詮男でしょ? 」
「…………」
「だんまり? まぁ良いけど。男同士なんて不自然極まりないわ。何の実も結ばないし不潔。ホモって本当気持ち悪い。どうやって昭斗を騙くらかしたの? あぁ貴方が抱かれる側? ならもう脚は開いたってこと? 顔以外取り柄なんて無さそうだもんね」
忌々しそうに由深から吐き出される言葉は辛辣で、要は自分が何処に立っているのかさえも見失いそうだ。容赦のない汚物でも見るような視線は、要を追い詰める。
ここが影になっているとはいえ、人通りが全くない訳ではない。時々思い出したように人が横を通りすぎていく中、浴びせられる暴言は、恐ろしいほど刺々しくて、ギョっとしたように振り返る人もいた。
「……そーだね」
ヘラリと笑って、漸くそれだけを言葉として絞り出す。ちゃんと笑えているだろうか?
「男同士なんて不潔だよね。キモいよね」
由深は言葉を聞くのも堪えがたいのか、続く要の言葉を遮る。
「キモいわ。だから昭斗に会わないでくれる? 昭斗の仕事此れからなのよ。変な噂が立ってお客さん離れたりしたら困るの」
由深の言いたいことはわかる。男同士という偏見と侮蔑は何処にいても色濃くて、だからこそ要もひた隠しにしている。理解者も確かにいるが、一握りにも満たないのが現状だ。大貫のように昼間の客商売には致命的だろう。夜ならまた違った道があるけれど。
「……仕方ないね。君の言うことは正しいから」
にっこりと要は由深に微笑んだ。それしか出来なかったし、他にとるべき行動も思い付かなかった。
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