夕陰草
明けぐれの空01
洋兵とはあれから仕事で若江を間に挟んでのやり取りしか接触はなく、無事に不動産の案件も終わった。

「お疲れ、黒見くん」
「あ、若江さん。お疲れ様です」
「聞いたー?あのマンション担当してた長野さん、仕事辞めたらしいよー。イケメンだったから電話したのにザンネーン」
「……若江さんはあぁいうのがタイプですか? 」
「そうね。精悍なのは好みだし、行動派っていいわよね。インドアはダメだから。」
「じゃ、俺は論外ですね」

ははっと笑ってやり取りをする。若江は「あぁそういう意味じゃないのよ」と言って要の頭を撫でて去って行った。
あの日の言葉通り、洋兵は本当に仕事を辞めたようだ。田舎に帰ると言っていたけれど、今更になって洋兵が何処の生まれだとか、そういった家族の話はしたことがないと気が付いた。
洋兵もそういう話しはしなかったし、要も聞いたりしたこともない。踏み込まない二人の姿勢が捻れ、間違えた形にお互いを追い込んだのかもしれない。コミュニケーション不足。要はふと、そう思った。

久し振りにゆっくりと昼食の時間が取れそうな要は、高宮を誘うことにした。
内線を呼び出してコールをかける。数回のコールのあと、高宮は太い低音を響かせて名乗った。

『はい、高宮』
「黒見だけど、お昼食べた? 」
『あ、あぁまだ食べてない』

電話の相手が要だと分かると、高宮は固い声を柔らかく変化させた。きっとお昼時も忘れてデザインに没頭していたのだろう。

「お昼一緒にいかない? 」
『……わかった。10分待って』

余程忙しいのか高宮はそれだけ言って通話は切れた。素っ気ない返事に要は間が悪かったのかもと、高宮を誘ったことを後悔した。
財布をもって立ち上がると、要は高宮の席近くまで移動する。マウスをカタカタと駆使してる様は、少しだけ疲れているように見えた。
高宮の横顔を眺めながら、息を吐く。
忙しそうだ。やっぱりタイミングを間違えたのかもしれない。また今度にしようとメモでも書いて渡そうかと迷っていると、高宮はパソコンを操作して一時中断させて要を振り返った。

「ごめんごめん、待たせたな」
「いや、忙しいなら言ってくれればまた別の日にしたのに」
「構わねーよ、どっち道休憩はするんだから」

ニヤリと笑う高宮はグッと伸びをしてコキコキと肩や首を回わして関節を解していく。高宮は鞄から財布を取り出して「行くか」と歩き出した。
迷わず社外に出て、よく行く定食屋に入る。店内は昼時のためにサラリーマンで一杯だったが、丁度よく空いた席にスムーズに案内されて、待ち時間もなく水とおしぼりが出された。

「まじで久し振りにあんなに集中したわ」
「高宮は仕事早いもんね。羨ましい」
「あ?早くねーよ」
「そうかな、十分早いと思うけど?……それとも俺が遅すぎんのかな? 」
「それはあるな」

喉をクツクツと鳴らして高宮は要を笑う。
二人でメニューを見て適当に決めた定食を、店員に告げると要の尻ポケットに入っている携帯が震えた。

「ちょっとごめんね」

要はそう断って携帯を取り出しチェックする。相手は大貫だ。こうしてメールのやり取りを頻繁にするようになって、要はそれだけで至極幸せだ。『映画いつ行く? 』なんて短いメールでも、頬が緩むくらい。そんな要に気付き、高宮はからかうようにニヤつく。

「彼氏か? 」

要はメールを読むだけで携帯を閉じた。

「違うよ、相手は彼女持ちだから望みないし」

にっこりと笑う要の表情には嘘はない。高望みはしない。大貫が彼女を持っていても、傍に居れればそれで良い。付き合うなんてそんなことは望まない。というか、望んではダメだと要は思っている。

「お待たせしましたー」

店員が定食を運んでくると、二人は会話を中断し食事に専念する。合間に他愛のない会話をし、それなりに楽しくお昼を終えた。高宮は「じゃ、仕事するわ」と言って笑顔で別れ、要もそれにならって仕事に戻った。


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あきゅろす。
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