夕陰草
ぬばたまの夜03
リビングに戻り痛む身体を引き摺りながら、散らばり汚れた服と下着を拾う。それらをまとめて洗濯機に放り込み乾燥までの自動ボタンを押した。
それから手にしたウェットティッシュでフローリングの汚れを落とし、今度は雑巾でさらに清めていく。

ここまでされて、ここまでしなくちゃいけなくて、何で洋兵と一緒に居るんだろう?ただ虚しいだけなのに。

ぐるぐると考え事をしながら薄い遮光カーテンを開け、昨日の残像を無かったことにする。
掃除道具を片付け手を洗ったあと、要はようやくソファに落ち着いた。
動く度に身体の奥が痛んで体力を消耗する。

今日が休みでよかった。平日のゆったりした一人の時間は身体を休めるには丁度良い。洋兵は仕事に出掛けたし夜まで顔を会わせなくて済むからだ。

「…………」

一人であることにホッとして、瞼が自然と重くなる。身体が怠くてもう動くのも億劫だ。要はソファに身体を預け小さく丸まるようにしてーー少しだけ、と横になった。





洋兵との出逢いは、上司の付き添いとして出席した得意先の創立パーティーでのことだ。洋兵も上司のお伴に来ていたのだ。洋兵は不動産、要は広告代理店。どちらも接点がないように思うが、社会や仕事というのは沢山の企業との連携だ。
本来表舞台に立つことのないデザイナーの要は、そんな場に居ても特に営業することもなく、邪魔にならないように会場の端の方でチビチビとワインを口にしていた。あくまでも仕事の延長のこの場で酔っぱらうわけにはいかない。
上司があちこちで名刺交換をしているのを目の端に捉えながら、動き回る人の集団を何となく見るとはなしに眺めていた。

『こういう場は苦手ですか?』

いつの間にか視線を床に落としていた要は、その声にハッと顔をあげた。視線の先に居るのは人懐っこい笑顔の青年、それが洋兵だった。ほどよく日に焼け、筋肉質な体躯は大きくて黙っていると精悍な顔立ちが、笑うと鋭さが薄れ取っつき難さをカバーしていた。

名刺交換は自然な流れで、その場を後にもう会うことはないと思っていたのに、アプローチを掛けてきたのは洋兵からだった。アクティブな洋兵はスポーツが好きで観戦はもちろん、自身も夏には波乗り、冬にはスノボとインドアな要とは正反対で、そんな洋兵に惹かれるのに時間はかからなかった。

引き籠りがちな要をなにかと外へ連れ出してくれた洋兵に告白したのは要の方だった。偏見と侮蔑は覚悟していたのに、洋兵はゲイの要を受け入れてくれたのだ。

付き合った当初は二人ともちゃんと笑い合えていた。
確かに好きだと感じていた。
幸せだったのだ。
傍に居るだけで良かった。
欲もあったけどそれは好きなら自然なことだ。
手を繋いだ。
キスもした。
体も繋いだ。
その度にドキドキして、恥ずかしかった。

なのにーー……。

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あきゅろす。
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