夕陰草
ぬばたまの夜02
何とか身体に力を入れ、ふらふらとした足取りで要は浴室に入った。給湯器の電源を入れて、温めのシャワーにしてほの中に身体を潜らせた。
古いものから新しいものまで、大きなものから小さなものまで、身体中に残る痣と疵。それは全て洋兵に付けられたものだ。鏡に写る自分を見ないように、現実から目を反らすようにぎゅっと瞼を閉じる。
かつては確かに好き合っていたのだ。なのにいつからだろう。二人の関係は形が大きく歪んでしまった。軽くはない暴力をふるいながらも要に執着する洋兵、逃げ出したいのに思い切れない要。どちらもある種の依存だと、きっと分かっている。

要はシャワーに打たれながら屈み、ドロリと流れる血液混じりの白濁を洗っていく。痛みに身体がすくむが歯を食い縛って、自らの後孔に指を入れ、中に残っているものを掻き出していく。苦痛しか与えないこの行為は、要の心を摩り切れさせていった。

シャワーから上がり大きめのバスタオルでざっと水分を拭い、着替えを用意してないことに気が付いた。

「……ボケッとし過ぎだな」

だから、洋兵も俺に苛つくんだろうか。そんなことを考えながら腰にタオルを巻き付けて部屋に戻ろうとして、さっきまで自分が転がっていたリビングのフローリングが目につく。血液と、洋兵の精液が生々しくこびり付いていた。





部屋に戻った要は、細身のスウェットとロングTシャツを無造作に身に付けた。
姿見の鏡に写る自分を視界に捉えてしまう。以前ならピッタリだった服も、今はぶかぶかだ。ウエストも余っているし、肩や腕も肉が落ちてTシャツの袖から辛うじて指が見える程度に生地があまってしまっている。ーー痩せたなーーそう思う。

リビングの生々しい汚れを落とす為に、数枚のウェットティッシュに伸ばした手を止めたのは、携帯の着信だった。床に放り出されたままの鞄から、携帯を取り出して着信相手を確認する。相手は会社の同僚、高宮からだ。

「はい、黒見です」

電話に出た声は、自分で驚くほど掠れていた。

『どーした黒見?風邪か?』
「あー、いや……うん、そーかも」

本当のことは言えないし、そう言うことにして話を会わせる。

『大丈夫か?お前今日休みで良かったなぁ。』

ーー休み?ーー高宮の言葉に要はカレンダーを確認する。卓上の小さなカレンダーには、確かに今日が振り替えの休日だと自分で印を付けている。

「あ……今日休みか。高宮から連絡なかったら俺会社行ってたわ。」

要の言葉に、電話の向こうで呆れたような溜め息が洩れる。

『お前ね、仕事熱心なのは分かったからちょっとは自分の体を労れよ!いっつも青白い顔してさぁ!』

思わぬ高宮のお説教に、要は曖昧に笑う。そうすることでしか誤魔化せない。高宮のお説教はまだ続く。

『それに倒れたの1ヶ月位前だっけ?前に比べれば明らかに痩せたし、痩せたっつーか窶れたっつーか!』
「ごめんごめん。ちゃんと気を付けるから。俺に説教したくて連絡くれた訳じゃないだろ?」

要は高宮の延々と続きそうなお説教から逃れるため、会話の流れを修正する。

『そーだった!』

ようやく本来の用件に戻った高宮の声を聞きながら、要は別のことを考えていた。
高宮の言うことはよくわかる。そして、心配してくれていることも。でも気持ちが現実に追い付かない。体調管理も仕事の内とはよく言ったものだ。

『で、そのデータ貸して欲しいんだけど。』
「いいよ。自由に使って。」
『まじサンキュー!体気を付けろよ!』

そう言って高宮の電話は切れた。
要は座り込みたい衝動を抑え携帯をベッドに投げると、ウェットティッシュを取り上げた。


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あきゅろす。
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