夕陰草
影見えて01
洋兵が出ていった。
これからは安心して家に帰れる。殴られることもないし、無理矢理ヤられることもない。
それなのに、要は泣きたくなるほどの寂しさの中に居た。

何も言わず出て行かれたことが、恋人との関係解消と言うより、捨てられたような気にさせる。

せめて、なにか一言言って欲しかった。
酷くされたのは事実。
恋人らしく扱って貰えなかったのも事実。
それでも一緒に暮らしていたのだ。
はじめは確かに互いの気持ちがそこに在ったのだ。
それでも、期待はしていなかったけれど。

洋兵が居なくなって、解放されたと思ったのも事実だし、恨む気持ちがあるかと問われれば、『ある』と答えるだろう。
それでも日常の一部が突然欠けたような虚無感は拭えない。

「黒見」

名を呼ばれ、肩に置かれた手に現実を取り戻す。隣を見上げれば高宮が苦笑して立っていた。

「あ、わりぃ。何だよ? 」
「手が止まってる。そんな煮詰まるほどの案件か? 」
「……あー、いや……」
「何だよ。平和ボケか? 」
「何だそれ……? 」
「ん? 言葉のまんまだけど。まぁいいや。進まないなら休憩行こーぜ」

ニヤニヤと笑う高宮に要は溜め息を吐いて、席をたった。
連れていかれたのは社内の喫煙スペースと休憩スペースが一緒になっているブースだ。
要は煙草は吸わないが高宮は吸う。禁煙する気もないようだ。
隣でジッポを回す静かな音がした。実はこの音が好きだったりする。ーーそう言えば、洋兵は煙草はしなかったなぁ。

「はいよ」
「……ありがと」

適当にカウンターに座った要の目の前に置かれたのは、カフェオレだった。
こうして、高宮は何気に最近の好みを知ってくれている。それがくすぐったい。要がカフェオレを飲むようになったのは、大貫の奨めからだ。どういう経緯でとは知らなくても、高宮には分かってしまうのが不思議だ。


「何に煮詰まってるわけ? 」
「んー……、煮詰まってるんじゃないんだけど」
「んじゃ何? 」

高宮は面白がっている訳じゃないのが解るから、はぐらかし難い。だからと言って全てを話せるほど心は定まらない。高宮は、要の性的趣向も知らないのだから。

「あー、何か色々気が抜けちゃって……」
「何だ、本当に平和ボケなのか? 」
「……平和ボケ……なのかな? 」
「……恋人と、別れたんだろ……? 」
「…………」

何で、知っているのだろうか。ーーって、この間飲み会の時、上手くいってないって言ったっけ。

「良かったんじゃねーの? お前辛そうだったし……」
「……割り切れない」
「詳しくは知らんねーけど、それも仕方ねーんじゃね? 」
「…………」

視線を落として、手元のカフェオレをじっと見つめる要の頭を、高宮はぐりぐりと捏ね要の確信をつく。

「止めとけ止めとけ。暴力野郎に連絡しようとか思ってんじゃないよな……? 」

高宮の言葉にドキッと心臓が跳ねる。ぱっと顔をあげて高宮の顔をじっと見つめた。

どうして……?知って……? 暴力を受けていたことも、まして恋人が男だってことも言ったことは一度だってないのに。誰にも言わず、隠してきたのに……?
確かに先日の状態は酷かったと思う。顔に痣や疵を作って会社に行ったのは初めてだったし。でも、洋兵は見えるところはギリギリ殴らないから、知られていないと思っていた。

要は未だに頭の上に置かれた手から逃げるように、また視線を落とした。

「気持ち、悪くないの? 男が男と……なんて……」

声が震えた。

「ん? まぁ、最初は吃驚したけど、黒見なら許せるかなぁって。お前、どっちかってーと中性的だし………。」

高宮は要に避けられた手を、また頭に置く。要がピクリと怯えたように身体を震わすが、その手はポンポンと慰めるように、落ち着かせるように動く。

「俺は、そう言う偏見ないつもりだけど? つか、怯えんなよ。見てたら分かるんだ。」

高宮がクスクスと笑うと、要はまた俯くしかなかった。

「元気出せ。人恋しいってんなら慰めてやるけど、それはお前望んでなさそーだし、別れたんなら、もう痛い目に遭わなくて済むじゃん」

「うん」と要は頷く。高宮の広い心に、少しだけ救われた気がした。

「ありがと」
「おうよ。んじゃそれ飲んだら仕事戻れよ」

高宮は立ち上がると、要の頭にキスを落としてヒラヒラと手を降りながら出ていった。
要は高宮の行動に茫然となる。

え……?キスされた?頭に?

要はまた別のショックで休憩ブースから動けなくなってしまった。

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