夕陰草
ぬばたまの夜10
「最近お前とヤってないし、たまには良いかと思ったんだけどなぁ」

冷たい言葉が降ってくる。
現実から逃げるように、要の意識は深淵に沈んでいく。

「優しくしてやろうとか思ってたけど、気が変わったわ」

洋兵はそういうと、徐に要の顎を掴み、無理矢理上を向かせてその瞳を覗き込んできた。
洋兵を見つめるその目は、不安と怯えにゆらりと揺れる。

「その目、止めろよ」
「んんっ! 」

グッと力の籠った手で洋兵は要の首を絞めた。圧迫感とそれに呼応するように苦しくなる呼吸。洋兵が、何か言ってる。

「お前は誰のもんなんだよっ!俺のもんだろーが!あ?! こういう時にしか役に立たねーんだから意識飛ばすなよ!? 」

念を押すように紡がれる言葉。それでも手の力は緩まない。気道が塞がれ喉がひゅっと奇妙な音を立て、要は苦しさの余り宙を掴むように腕を伸ばし藻掻くが、掴めるものがあるはずもなく。

苦しい。くるしい。くるしい。
助けてほしい。
洋兵……苦しいよ……。

藻掻いても、藻掻いても、力は強くなるばかりで、生理的な涙が浮かび頬を伝う。酸素不足のために手足が痺れ頭が重くなっていく。それでも緩くならない力に根を上げ意識を手放そうとした瞬間、突然肺に空気が流れ込んでて、要は大きく咳き込む。
「かはっ……っ!」
「だから意識飛ばすんじゃねーよっ! 」
乾いたパンッという音がやけに遠くに感じる。殴られたというのも理解はしたけれど、どこか現実味が湧かない。
手放しかけた意識では視線が定まらず、肩でぜいぜいと息を吐く。ーーどうして此処までするのだろう?

「おい! 此方見ろ! 」

洋兵の声が遠い。髪を無造作に捕まれ顔を上げさせられても、視点が定まらずゆらゆらと揺れる。ーーどうして?

「役に立たねぇな!そんなんで生きてる価値在るわけ!? 」
「……よう………へぃ……ごめ……っ」

胸を抉る言葉。要はただ謝りたかった。出来損ないだから、洋兵が苛つくんだと、何処かで刷り込まれている。

「……ごめ……んねっ……よぅへ……ごめん、ね」

苛つかせて、ごめん。
要は呂律が廻らなくて、それでも謝りつづける。

酸素が行き渡り、少しだけ呼吸が落ち着き、視線が洋兵を捉え始める。ーー苦し気なのに何処か痛々しいのは、何故なんだろう。こんな顔をさせているのは、俺、なのかな?ーー

「お前、まじで苛つく。死ねよ! 」

吐き捨てるように苛ついた言葉を吐き出した唇は、そのまま要の唇に被さってくる。咄嗟に侵入を阻止しようとしたが、それよりも早く洋兵の舌が口腔内に侵入してくる。
要は腕に力をいれて洋兵を突っぱねようとするが、いつの間にかガッチリと洋兵の腕に固定されてしまっていて、ろくに抵抗も出来ない。

「ようっ……やめっ……! 」

無防備になった舌を絡め取られ、思うように話せない。洋兵は器用に片手で要を固定すると、空いた手でシャツの裾を託たくし上げて、要の陶器のようなすべらかな肌をなぞっていく。

「あぁっ……んっ」

上半身の弱い部分をなぞるようにされて、要は出てしまった声を耐えるように唇を噛む。

「ようっ……どうして……っ」

どうして酷くするの?
どうして優しくするの?
どうして辛そうなの?

要はぐるぐるする考えを纏められなくて、何が悲しいのかも分からないまま涙を流しつづける。

「どうしてかも分かんねーって?ホント脳ミソねーんじゃね?ムカつくからだよっ!さっきから言ってるだろ?! 」

洋兵は要に暴言を吐きながら、その身体に優しく触れていた。だから、要は混乱する。ーー少しは罪悪感とか、好意が残っているのかな?ーーと。

「……うん。ごめんっーーごめ………ねっ」

謝る要を見る洋兵の目は、狂気を孕む。

「あぁ、勘違いさせたか? お前みたいなのに誰が本気になるんだよ、自惚れんなっ! 」

洋兵はまるで何かのスイッチが入ったかのように叫ぶと、要の身体を乱暴に弄びはじめた。

要を押し倒し、馬乗りになった洋兵は執拗に殴る。せめて顔は殴られたと周りの人に勘ぐられないように、腕を交差させて守るが、あまりの激しさに腕が緩んでくる。顔を殴られ、庇う腕を殴られ、腹を殴られ、胸部を殴られ、もうどこが痛いのか分からない。口の中が切れて血の味が広がった。

鳩尾に強烈な一発をくらい、息が詰まる。もうくぐもった声しか出せない。ふいに止んだ拳の雨に要はうっすらと目を開ける。視界が思ったより狭いのは瞼が腫れているのかもしれない。血走った目の洋兵の姿を要の瞳が捉える。
見たことのない洋兵の姿にゾッと悪寒が走った。

「はっはっはっ……」

肩で息をする洋兵は突然要に覆い被さってきた。
殴られた身体中が軋み、抵抗すら儘ならない。
声を出そうとした要に気づいたのか、洋兵は自分が使っていたタオルを要の口に捩じ込んで声を封じる。

「んーーっ! 」

タオルを口に詰め込まれ、呼吸が浅くなる。必然的に身体は強張り無意識に震えだした。

風呂上がりに来ていた寝間着代わりのズボンを、下着ごと降ろされ、足をジタバタさせて声にならない声を上げ、脚を動かす度に腹部に力が入り鈍痛を訴えた。



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