色彩繚乱
2
「恭弥の見舞いに行く。病院に向かってくれ。」
「承知しました。」
神坂家から病院までおよそ20分。走り出した車の窓に目をやると見慣れた街並みが記憶を呼び戻す。恭弥と最後に会ったのは3年前。空港ロビーで出発を待っていたら恭弥が俺の前に来た。
『恭弥…何故、此処にいる?龍生に聞いたのか?』
『そうだよ。悪い?』
綺麗な顔を歪め今にも泣き出しそうで俺は腰を上げ背を向けた。
『お、怒ってるの?ごめんなさい。』
怒ってはいないが恭弥の想いに答えられないのに気休めの言葉は言えない。
『…さ、彩龍…僕、待っているから…ずっと…』
涙声で告げる恭弥に俺は無言で立ち去った。あの時、「稽古を怠るな。」と忠告していれば怪我を負うことはなかったのかもしれない。
『どうしました?心が乱れていますが。』
右目に嵌めた紅龍が思念を送ってきた。
『白々しい奴。俺の心中なんざお見通しだろうが。』
紅龍は冷静沈着で感情のまま動く俺の抑止力。頼りになるが小煩く底意地は悪い。
『教え子が心配なのは解りますが呉々も余計な心使いはなさらぬように。』
期待を持たせるつもりならばメールや電話を無視したりなんぞするか。
思念をシャットアウトして目を閉じた。
それから暫くして病院に到着。受付で恭弥の部屋を聞き病室に向かった。
「この部屋だな。」
プレートを確認して扉をノックした。返事が返って来なければ引き返すつもりだ。
「どうぞ。」
入室の許可を得て中に入ると恭弥は俺の顔を見るなり急いで起き上がった。
「さ、彩龍…どうして…」
余程、驚いたのか声が震えている。無理もないか。俺は平然とベッドに近寄りパイプ椅子に腰を下ろした。
「類と喧嘩したそうだな。勝てもしないのに馬鹿な奴だ。」
眉根を寄せると恭弥は「のっけから手厳しいね。でも入院しなかったらアナタに会えなかった。これも怪我の功名かな。」
と嬉しそうに頬を染め口元に笑みを乗せた。
3年経っても俺に好意を寄せている。見舞いに来たのは間違いだった。
「ところで原因はなんだ?」
「僕の言い方が気に入らなかったみたい。類は子供っぽいから。」
全く成長してないとは先が思いやられる。
「恭弥、俺が居ない間、怠けていただろう?」
「アナタがいないとやる気が出なくて。」
恭弥と出会ったのは彼がまだ小学生の時だ。公園で浮浪者に乱暴されかけてたのを助けた。俺にとっては単なる気まぐれだった。恭弥は端正な容貌に人を惹きつける色香があった。天性のものなのだろう。俺は泣きじゃくる恭弥に自分の身は自分で守れと諭した。それからだ。俺と類と共に稽古を始めたのは。
「仕様のない奴だ。俺がいなくとも…」
「彩龍、いつまでこっちにいるの?」
俺の言葉を遮り問いかけた。気になるところは其処か。
「類のお目付役を命じられたから当分いる。だが長年、探し続けているモノが見つかれば去る。」
「それは彩龍の恋人?」
見詰める目が否定を求めているが此処で引導を渡した方が良いだろう。
「恋人というより俺の命。この世の中で最も尊く唯一無二の存在だ。」
俺の言葉に恭弥は顔を強ばらせた。幼い頃のトラウマのせいで他人を心から信用できない恭弥が俺を心の拠りどころにしているのは知っている。それでも…
「僕がその人の代わりになれたらいいのに。」
ポツリと呟きうなだれる恭弥の頭を撫でた。幼少時、教えたことができた時はヨシヨシと褒めたものだ。
「彩龍にとって、僕は子供のままなんだね。」
「お前は俺の弟子だ。それ以上でも以下でもない。」
「彩龍らしいな。はっきり言うところ好きだよ。」
面を上げた瞬間、ポロリと涙が一筋、零れ落ちた。その涙を拭うことは出来ない。
「何か要るものがあれば持ってこさせる。」
「もぅ…来ないの?」
涙で潤んだ瞳は俺の心を揺さぶる。
『彩王、いけませんよ?不要な人間と関わるのは。』
透かさず紅龍が咎めた。俺の正体を悟られるわけにはいかないことぐらい解ってる。
「悪いが忙しい。」
「そぅ…だよね。」
唇を噛み締め静かに涙する恭弥に優しい言葉の1つも掛けてやれない俺を嫌悪すれば良い。
「では、そろそろ失礼する。」
椅子から腰を上げた。すると恭弥は泣きながら笑った。
「来てくれてありがとう。とても嬉しかった。」
まだそんなことを言うのか。お前は…
「暇が出来たらまた来る。」
口角を上げ微かに笑うと恭弥は目を見開いたが次の瞬間、破顔した。俺が徹底して冷たくあしらえないのは恭弥が俺に似ているからだ。
『彩王に幾ら忠言しても無駄なのは承知しておりますが、敢えて言わせて貰います。人間に同情してどうするんです?憐れみは己の首を絞めるかもしれないんですよ?なのに「暇が出来たら…」なんて気を持たせるようなことを。大体、アナタは…』
頭の中では紅龍が五月蠅かったが無視して病室を出た。
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