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エビチュ


「甘木さんが漫画家でサイン会に来るって知ってて僕を誘ったの?」

芝は俺に疑いの眼差しを向ける。俺は驚きと混乱で言葉が出なかった。サイン会に居るはずのない甘木さんが皆川先生の横でファンと握手しているからだ。甘野さんは甘木さんが一緒だとは一言も言わなかったのは何故だ?

「星、黙ってないで答えて。」

キツい口調にはたと気付き芝に視線を合わせるとレンズ越しの瞳が疑念の色に染まってて滅茶苦茶、焦った。

「ち、違う。知ってたのは漫画家だけだ。甘木さんが居ると解っていれば言ってたし甘木さんに会いたくないと言えば此処に来なかった。俺は芝に嘘は吐かない。」

母さんが俺に「嘘は泥棒の始まりだから吐いたらダメよ。約束してね?」とガキの頃、指切りをしてから吐いてない。この話はしたことないけど信じてくれるはずだ。

「うん、解ってる。」

弱々しく笑う芝はあの時の芝を彷彿させた。甘木さんの家に荷物を取りに行くと告げたら芝もついて来た。そして最後に「お世話になりました。」と頭を下げたら芝も横で頭を下げた。

どうしてお前が頭を下げるんだよ?

帰り道、理由を尋ねると
「僕がそうしたかったから。」と力なく笑った。甘木さんに悪いと思ったのか?それとも俺に気を使ったのか?今もそうなのか?

「芝、帰ろう。」

此処に居たら芝を傷付けてしまいそうな気がした。

「なっ、何、急に…」

「やぁ、芝くん、久しぶり。」

タイミング悪く甘野さんが声を掛けてきた。

「お久しぶりです。甘野さんも来てたんですね。」

「うん。休みが取れなかったから休憩時間に様子を見に来たんだ。星くん、サインは貰ったのかい?」

この状況でサインを貰いに行くほど神経図太くないし無神経じゃない。

「…まだです。甘木さんが居ると思わなかったので…」

「招待券に記載されてただろう?」

言われて招待券を確認するとユズルメグリ先生と印刷されていた。

「ユズルメグリって甘木さんのペンネームだったんですか?」

「あれ、知らなかったのか?同居してた時、原稿や漫画を読んだのに?」

ストーリーは覚えていても原作者名は気にも止めなかった。

「…はい。」

「ああ…だから連れてきたのか。芝くん、良かったら甘木さんのサインも貰ってくれると甘木さんも喜ぶよ。」

事情を知らないとはいえそんな言い方をしたら、芝は断れない。芝の性格上、バイトで世話になった人だし…

「甘木さんの漫画は読んだことありませんが、そうします。」

無理に笑うことないのに…くそっ、確認を怠った俺のせいだ。

「甘木さんの漫画も面白いから一度、読んでみて。じゃ、俺、店に戻るからまたね。」

足早に去って行くと芝は列に並んだ。帰るつもりはないってことか。甘野さんの言葉なんか無視すれば良い、帰りたいなら我慢しなくても良い、なのに…どうして…お前はそうなんだよ!?

「星、そんな顔したら皆川先生に失礼でしょ?」

「っ!?」

「僕は大丈夫。ほら、僕の前に…」

腕を掴まれ仕方なく芝の前に行った。待ち焦がれたサイン会がこんなことになるなんて思いも寄らなかった。


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あきゅろす。
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