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エビチュ

翌朝、朝練の最中に竜宮先輩からバイト先の住所と電話番号を渡された。

「部活は休んで良いから、バイト先に行って挨拶して来い。」

「解りました。口添えありがとうございます。」

何の疑いもなく放課後、住所を確認しながらバイト先に向かった。

「あれ…此処って…」

嫌な予感が胸中に広がり看板を見た瞬間、予感は現実となった。

「う、嘘…」

地面が揺らぐような錯覚を覚えた。脳裏を過ぎる数々の忌まわしい場面に目眩がした。

「もしかして僕、嵌められた?」

疑問符が付くのは無理だ、やめておけと言われたからで…

「そんなはずは…」

打ち消しては湧き上がる疑問。僕の性格を逆手にとり挑発した。全ては彼の計略だったんじゃないのか?住所のみで店名を明かさなかったのは明かせば僕が絶対、断るからで美味しい条件を出したのは僕に考える余地を与えない為だったとしたら…深夜でもないのに接客業で時給1000円は高いだろう。この時点で胡散臭いと疑っていれば…

「前回といい今回といい結局、僕はあの人の手の上で転がされたんだ。」

悔しいやら腹が立つやらで唇を噛み締めた。愚痴っても恨み事を言っても今更、断れない。豪語したのは僕だ。最早、腹を括るしかない。

「よし!」

決心したものの足は一歩も動かず、ふと歯科医院で母親を困らせた子供の頃の記憶が蘇った。

『…嫌だ。行きたくないよぉ。帰りたい。』

今の僕はあの時の僕と同じ気持ちだ。怖くて逃げ出したくて…だけどもぅ、子供じゃないんだ。やると決めたんだ。行くしかない。

「死ぬ気でやってやる。」

開き直って取っ手に手を掛け開けた。

「すいません…」

恐々、足を踏み入れた。前回同様、抱き付かれる恐れがあるからだ。でも薄暗い店内は音楽が流れているだけで翔さんの姿はなかった。

「すいません。いらっしゃいますか?」

来たことを解ってもらおうと、やや大きく声を出した。すると奥から翔さんが出て来た。

「あら、ゆきにゃ、来てくれたのねぇ。嬉しいわぁ。」

言葉使いは同じでも随分、雰囲気が変わっていた。ピチピチTシャツじゃなくて紫色のカッターシャツに黒のネクタイ。髪型は服装に合わせたのかセンターで分けワックスで抑えている。

「翔さん、何かあったんですか?」

「解るぅ?ダーリンの趣味なの。」


両手で頬を押さえはにかんだ。可愛い仕草でもこの人がやるとキモいな。

「僕は何をしたら良いですか?」

「えぇ〜、もうちよっと突っ込んでよぉ。どんな人なの?とか付き合い始めたキッカケは?とか好きな体位は?とか色々、聞いて〜。」

全く興味がないので仕事内容を尋ねた。

「接客と伺っていますが注文を取って運ぶだけで良いのでしょうか?」

「ゆきにゃ、つめたいぃ〜!ま、そんなクールなとこも良いんだけどぉ。仕事はそれで良いわよ。暇な時間は私の話し相手になってくれたら…」

「いいえ、暇な時間は掃除をしたり自分で仕事を探します。バイト経験は皆無ですがお金を貰う以上、手は抜きません。但し、条件があります。僕に一切、触れないでください。干渉もボディタッチもハグも受け付けません。」

最初が肝心だから臆することなくハッキリ言った。ダメなら断る口実が出来る。てか断って欲しい。いや、断ってください。お願いします。切実な願いを込めて翔さんの返事を待っていると突然、テーブルを叩いた。

ひっ!?怒らせた!?

「気に入った!」

「えっ?」

「前のバイトは隙あらばサボり仕事も接客も適当で仕舞いには店の金をちょろまかすような奴だった。流石にキレてぶん殴ったら次の日から来なくなっちまった。だが君は真面目で向上心もありそうだ。条件を飲もう。」

予想外の返答と男らしい言葉使いに困惑した。

「あら、ヤダ、私ったら、ゆきにゃに感心して男が出ちゃった。とりあえず、店の中を案内するわね。」

「え、あの…」

「こっちよ。」

上機嫌で店内を説明する。ハッキリ言わない方が良かったのかも。

「此処にストックを置いてるから無くなったら補充してね。あとは…」

後悔しながらも忘れないようメモを取ると「エラいわねぇ。益々、気に入ったわ。」と誉められてしまった。

「大体、こんな感じかしら。解らないことがあったら聞いてね。」

「はぃ。」

「じゃ土曜日からお願いね。」

採用決定に内心、ガッカリしつつも、これといって断る口実も見つからず「こちらこそ宜しくお願いします。」とお辞儀した。

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あきゅろす。
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