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エビチュ
2.
「母さん、また、来るね」

父さんと毎日、病室に通うのが日課になってた。

「海ちゃん、今日も遊べないんだって。」

「あんな奴、誘うのやめようぜ。」

見舞いに行く俺を友達は付き合いの悪い奴だと除け者にした。

「父さん、俺、公園で遊んで来る。」

「暗くなる前に帰って来るんですよ?」

「うん。」

病院の帰りに公園で夕方まで1人で遊んでた。

寂しくなんかない。
つまらなくなんかない。
友達なんか居なくても平気だ。
そう思い込まないと涙が出そうだった。

「あっ…」

突然、ボールが足元に転がって来た。

「これ、お前の?」

俺と同じくらいの奴がこっちを見て頷いたから拾って投げた。

「なぁ、お前も1人なら俺と一緒に遊ばない?」

笑い掛けると無言で頷く。

大人しい奴だな…。

でも俺は嬉しかったからキャッチボールをした。

「俺、海老根海珂。お前は?」

「伊勢谷隆史。」

聞くと同じ学年で家も近い。

「明日も今ぐらいの時間に遊んでるから暇なら来いよ。」

笑顔で言ったのに黙って首を縦に振った。

無愛想な奴。

伊勢谷の印象は正直、最悪だった。
それでも遊び相手が欲しくて伊勢谷を待っていた。

「あっ!伊勢谷!」

来てくれた嬉しさに思わず抱き付くと伊勢谷は吃驚したのか頬を引きつらせた。

「わ、わりぃ…つい。」

かぁーっと赤くなる俺に伊勢谷は小声で「いや、良い。」と言った。

それから毎日、伊勢谷は来た。無口な奴だけど俺に合わせて陽が暮れるまで遊んでくれた。

その内、互いの家に行き来するようになり、父さんが行けない時は伊勢谷を母さんの所に連れて行った。

「海ちゃんと仲良くしてくれてありがとう。」

母さんは伊勢谷を連れて行く度に青白い顔に笑みを湛えて礼を言う。
無理して笑うことないのに。
胸がズキズキ、痛くて痛くて…喉の奥に詰まる。

帰り道、何時も黙っていた伊勢谷が俺の手を握って「…泣くな。」と言った。

えっ…

俺は自分が泣いていることに言われて気付いた。

「っ…なんか…泣いてなんか…ない。」

俺はずっと我慢してた。家でも病室でも。退院はおろか、もぅ、あまり長くないって父さんと先生が話してるのを聞いてから。

「俺がいる…」

伊勢谷は一言言って俺の手に力を込めた。

「…うん。」

下手な慰めなんかより伊勢谷の言葉は心に染みた。

それから半年後、母さんは天国に召された。
俺と父さんを残して…

父さんやじぃちゃん、ばぁちゃん、親戚が悲しみに暮れていた。でも俺は実感が湧かなくて、信じられなくて、ただ、茫然と座っているだけだった。

「海ちゃん、泣いても良いんですよ?」

父さんが目を真っ赤にして俺の頭を撫でた。悲しみが俺に伝わってくる。

「父さん…」

…怖かった。
泣いたら母さんが居なくなったことを認めないといけないから。

「お母さんの分も2人で頑張って生きて行きましょうね。」

父さんはもぅ、受け入れているんだ。
母さんの死を…
だけど俺は…俺は…

「…っ…ヤダ!」

父さんの手を振り払って外に出ると伊勢谷が親と家の前にいた。
黒いシャツとズボン。
大人達と同じ格好。それが凄く嫌だった。

「い、伊勢谷…」

「海老根…」

ゆっくりと俺に近付いて来る。

近寄るな…
そんな服着て俺に近づくんじゃあねぇ。

後ろに下がり、拒絶の態度を示した。

「海老根?」

「来るな…」

母さんにお別れの言葉なんか言わせない。

「帰れ!帰れよ!」

叫ぶと伊勢谷は俺を抱き締めた。

「っ!?」

「傍にいるから…1人にしないから…置いて行ったりしないから…俺がお前を守るから…」

今にも泣きそうな声に俺はガタガタ震えた。俺が泣いてないのに、どうしてお前が…

「なっ…何で?」

「…お前が泣かないなら…俺が泣いてやる。」

「…っ!?」

首筋を伝う冷たい液体。伊勢谷に目をやると両眼から大粒の涙。瞬間、俺の涙腺から雫が流れ落ちた。

「…っあぁ…」

決壊したダムのように涙が噴き出し俺は人目もはばからず大声で泣いた。

「うわぁぁーっっ…」

…どうして?
どうして俺を置いて逝っちゃったんだよ?
もっともっと一緒に居たかったのに。もっともっと傍に居て欲しかったのに。もぅ…会えないなんて…胸が心臓が裂けそうなくらい痛いよ。母さん…

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あきゅろす。
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