エビチュ
6
『〜♪〜』
陸橋から仰ぐ夕焼け空に帰宅を促すメロディーが鳴り響く。帰りたくても今、帰ったらハルと家の前で鉢合わせてしまうかもしれない。ハルに会いたいけど顔を見たら感情的になって売り言葉に買い言葉で言い争いになってしまうかもしれない。そして更に溝が深まり最悪、絶縁…
ゾクッ…
「…嫌だ。怖い…」
俺が真実を知っているとハルは知らないんだ。絶対、悟られないようにしなきゃ、此処で頭と心を冷却して…ん?
不意に人の気配がして横を向くと伊勢谷が水面をぼんやり眺めていた。
「伊勢谷?」
「やっと俺に気付いたか。」
無表情で俺を見詰める伊勢谷に俺は目を見開いた。いつから其処に居たんだ?てか、声ぐらい掛けてくれれば…ってそんな雰囲気じゃなかったよな。
「何、してんだ?」
「こっちの台詞だ。」
「あ、はは…だよね。」
笑って誤魔化した。ハルのことは言えないし俺の問題だから。
「ぼーっとしてたら川に落ちるぞ。」
詮索しないところが伊勢谷の長所だ。
「海老根は?」
「家に送り届けて来た。俺は家に帰る途中だ。これ、お前に返そうと思って…」
差し出されたお金に首を傾げた。
「忘れたのか?桜に旨いもん食わせてやれって言っただろうが。桜が俺に飯を奢ってくれたからこれは返す。」
あぁ、思い出した。ハルの顔色が青白くて、ご飯をちゃんと食べているか心配になって伊勢谷に「何か美味しい物を食べさせて欲しい。」とお金をこっそり渡したんだ。そしたら伊勢谷は「お前がすれば良いだろ?てか、何で俺なんだ?」と怪訝な顔したっけ。
出来れば俺がするけど練習やらミーティングやらで、ゆっくり時間が取れなかったし海老根は嘘が吐けなさそうだし伊勢谷なら上手くやってくれるだろうと思ってお願いした。迷惑だったら良いよ。と付け加えて。すると「お前からだと言わず桜に奢ってやれば良いんだな。」と察してくれた。
「ハルは自分から甘えたり頼ったりしないから。」
「確かに、自己主張するタイプじゃないな。バスケのプレーを見てたら解る。」
伊勢谷って表情はないけど洞察力はあるよな。バスケ部に入ってくれればインハイ優勝も夢じゃないかも。なんて思ったりした。
「返さなくても良かったのに。」
「貰う義理はない。」
「じゃ遠慮なく…」
お金を受け取りポケットに入れた。
「何を食べたんだ?」
「ファミレスで日替わり定食。」
「日替わり定食か。良いなぁ。」
伊勢谷に誘われたけど竜宮に話があるって言われ断った。
「次の機会に行けば良い。」
次の機会か。当分、無理だな。心中を隠し笑って食べられるほど大人じゃない。
「…うん。」
「じゃな。」
歩き始める伊勢谷を咄嗟に呼び止めた。
「伊勢谷!」
「何だ?」
「あ、いや…」
言葉が思い付かなくて口を噤んだ。
「牡丹、伝えたい想いがあるなら相手がいるうちに告げておけ。時は待ってはくれない。死はいつ何時、訪れるか解らない。人は脆く儚い。想いは尊く奥深い。」
「え?」
「漫画の受け売りだが、要は時間を無駄にすんなってことだ。」
やけに遠まわしな言い方だな。伊勢谷らしいというか。
「伊勢谷、相談に乗って欲しいんだけど。」
俺は伊勢谷に聞いてもらいたかったんだ。だから引き止めたんだ。どうしてそう思ったのか解らない。根拠もない。けど伊勢谷になら話しても良いと思った。
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