短編小説 身長差。 別side 静かな図書館。 訪れた理由は特に無いけど、目に止まったものがあった。 それは難しい文章が書き綴られた歴史のある本ではなく、今時流行りの小説でもなく。 “もの”というよりも“人”だった。 何を取ろうとしているのかは、すぐに検討がついた。 きっと、あの小説が読みたいんだな、と。 置いてある棚は、彼の身長よりも少し高い位置にあって。 背伸びをして、手を精一杯伸ばすが届くことはなく。 ただ何度も何度も、同じことを繰り返していた。 (……何かに乗りゃいいのに) 少し探せばあるだろう脚立を、彼は何故か使わない。 もしかすると、届くと思っているのかもしれない。 「バカ」 静かな図書館では、少し小さくしただけでは響いてしまうから、殆ど声にならないような声で、ぼそっと呟いた。 おかしなヤツだと、心の中で笑いながら。 足音を鳴らさない様にそっと近付き、腕を伸ばせば軽く届いた。 驚いたのか、本が取れるなりすぐに後ろを振り向き、俺の顔をまじまじと見つめてきた。 「無理すんな」 一言、皮肉たっぷりに言うと、彼は顔を真っ赤にして受け取った。 本を渡すその時、軽く触れた手が妙に熱を持っている様に感じた。 振り向かずそのまま図書館を立ち去る。 後ろは決して振り向かない。 「…バカなヤツ」 そうは言ってみたものの、先ほど触れた感触が、未だに残っている気がする。 何故だか、また彼が居るなら、また図書館に足を運んでも良いと思える。 ふと思い出すのは、バカみたいに背伸びして本を取ろうとする彼の姿。 また彼が居るのなら。 また背伸びをして、取りたい本を取ろうとしているのなら。 「仕方ないな」 理由もなく訪れた図書館に、次にまた来れる理由が出来た気がした。 また彼が困っているのなら、彼が憎たらしく思っているであろう背丈で、彼の役に立つつもりだ。 「身長が伸びないように」 彼には悪いが、図書館にくる理由を失わないの為にも、些細な些細な願い事をした。 身長差。 別side [*back][next#] [戻る] |