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重森ヒロトは、数ヶ月前にファミレスのバイトを辞め、俺がこの店に入った時にはすでに働いていた。
何度か同じシフトになった事もあったが、会話をした記憶がないぐらい今まで接点を持たなかった相手だ。
あの喧嘩の現場に出くわしてから、それが嘘だったかのように打ち解け、自然とバイト終わりや休みの日にお互いの家に行き来するようになった。
そして、今もバイト終わりに重森の家に遊びに来ている。
重森は、あの時喧嘩していた相手と仲直りをし、今も続いている関係をよく惚気る。
あの人とはもう十年前からの知り合いで、重森の憧れの存在だったらしい。

「洋子さんに、振り向いてもらう為なら何だってしたよ。たくさんいるライバルを踏み台にしたり、呼ばれれば何があっても飛んで行くし。洋子さんにもっと好かれるように好みを知り尽くして、外見も中身も洋子さんが喜ぶようにしたんだ。ほら、そこにある…それも洋子さんがいつもつけてるヤツ。」

重森が目線を向けた方向を見ると、黒いローテーブルで存在感たっぷりに主張する丸い球体に入った透き通った赤くピンクがかった色の液体。

「香水?」

「そう。俺もつけてるんだけど分かる?」

それを手に取った重森が、天上に向けて数回シュッシュっと吹きかけた。
霧状になって外へ出てくる液体が、重森の部屋を甘い香りでいっぱいにする。
それだけで、『洋子』という女がここにいるんじゃないかと思わせる程、あの人に似合っている香りだと思った。
けど、俺が重森に感じていた香りとは少し違う。
香水はつける人間のフェロモンと混ざり合って香ると、何かで聞いた事があるのを思い出した。
もしかしたら、女と男の違いとかなのかもしれない。
ベットに座り後ろに両手をついた姿勢で、まるであの人を思い浮かべるように重森が瞳を閉じ、天を仰いだ。
何だか今日の重森は、いつもと様子が違う。
気がかりではあったが、俺は何も聞かずただ黙って隣りに座ったままでいた。


ふと途切れた会話、気付けば真剣な眼差しでこっちを見る重森。
金縛りにあったように、その視線から逃れられない。
柔らかい部分に温かな感触を覚え、我に返った。
一瞬触れるだけのキス。
一体何が起きたのか理解するまでに少し時間がかかった。

「お互いさ、寂しいモノ同士なんだし、今だけ利用すればいいんじゃない?」

そう言って、また唇に触れる。

「んっ!ちょっと待っ…。」

抵抗の言葉も、力強く重なった唇に奪われ届かない。
こんなの間違ってるのに…早く、早く逃げないと!!
頭ではそう叫んでいるのに、なぜか身体が動かない。
拒めないまま重森からのキスは激しくなり、舌が口内に侵入して来た。
重森が近づくと、ふわっと甘い香が鼻をくすぐる。
この匂いは嫌いじゃない、なぜかムラムラっとして変な気分になる。

舌先で体温を感じた瞬間、甘い痺れが全身を駆け巡った。
もう拒むなんて考えは、俺の頭から消えていた。
抱き締める腕が温かくて、ギュッとされてるのにも喜びを感じてしまう。
ふと視線を上げると、細められた瞳で重森が俺を熱く見つめている。
俺を見ているのか?それとも俺にあの人を重ねて見ているのか?
この寂しさが少しでも誤魔化せれば、今はそんなのどうでもいい。
どうせ俺も同じなんだから…。
つかの間の安らぎに引き込まれるように、俺は底のない泥沼へと嵌まって行った。


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あきゅろす。
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