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『誰かに言いたきゃ言えよ。むしろその方が好都合かも。』



そう彼はため息を吐き出すように言った。
一本だけ立つ電灯の光が微かに照らす薄暗い店の路地裏で、その声だけが寂しく響いた。
シフトの穴埋めで突然入れられたバイトにも、美味いまかない付きという1人暮らしの俺には結構有り難い条件のためか、不満を感じずに気分よく働いていた最中、店の裏にある路地のゴミ箱へゴミを出しに行こうと裏口を開けると、誰かの痴話喧嘩の場面に出くわしてしまった。
当然関わらないようにと決め込んだのに、顔を見るとそれはよく見知った…いや、顔と名前がかろうじて一致する程度の同じ店で働くバイト仲間で、無視しようにも嫌でも会話が耳に飛び込んで来る。

「さっき一緒にいた男誰?まさかあんな若い奴が旦那さんじゃないよね?」

「そうね。でも私が誰と一緒でもあなたには関係ないわ。」

こんな所で喧嘩なんて、人目を気にしての行動なのだろうか?
それならなぜ、自分のバイト先の裏なんていう都合の悪い場所をわざわざ選ぶんだろう?
不思議に感じながら、ふいに相手が視界に入った。
明らかに俺の知り合いよりも、喧嘩相手の女性は表情すら変えず冷静で大人な態度。
品良くブランド物を身に着けていた。
俺の目には、いかにもセレブって感じで、大人の色気を全身からふりまいているように映った。
普通の男はこういう人を『イイ女』と呼ぶのだろう。
不自然な程ツヤのある赤い唇。
何故そうする必要があるのか、全く意味が分からない。
キラキラと手元で輝くゴールドと赤いヒールが嫌でも目につく。

「もういいわ。ヒロトがそんなに子供だとは思わなかった。」

俺が出てきた事で気まずくなったのか、その大人な女性はカツカツとヒールの音を響かせて去って行く。
甘ったるい香りを振りまいて。
ヒロトは、相手を追いかける事もしようとせずに、ただ立ちすくんでいる。
俺は巻き込まれるのが面倒で、ヒロトにも話しかけることはせずに早く店へ戻ろうとドアノブに手をかけた時、さっきの言葉が背中から聞こえたんだ。
振り返ると、その顔からはやりきれないような切なげな表情で…それを見て分かった。


コイツも俺と同じなんだ。


会話と雰囲気で何となくは感じた、あの女の人には違う場所があるんだって。

だから…

「言わないよ。俺も似たようなもんだから。」


俺も同じ事してる。そう言いたかったけどあえて言葉にはしなかった。
俺の突然の告白に彼は目を丸くして驚くも、すぐに安心したようなそうではないような複雑な表情をした。
彼の心境は僕には痛いほど分かる。
きっと、彼女との関係が周囲にバレてしまえばいいと思ってるんだ。
先の見えない不倫という関係を打破したかった。
いっその事、彼女を取り巻く全てのモノから奪って自分だけのモノに出来たらどんなに幸せだろうって。
その一方で、この関係がバレれば彼女との関係が終わってしまうという不安。
もしかしたら、彼女は彼から離れていってしまうかもしれない。
結局相手の気持ちまで不確かで脆い関係なのだ。
相手を疑いながらも自分の気持ちを抑える事が出来なくて、ズルズルと関係を続けてしまう。
ひそかに誘いの電話を待ち、来れば誘われるがまま足が向かう。
本当は自分だけを愛して欲しいのに、それでも自分から終わりには出来ない…不確かな愛情。
俺達には、愛する人と幸せになることがとてつもなく難しい。


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