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最後の夏
蝉の声を聞く度にキミの事を思い出す。
もう今年もそんな季節。
僕はこの季節が一番好きだ。キミに会えるこの季節が。


一年に一度、長い休みが取れる夏休みだけ母の実家へ一家揃って帰省する。
母の実家まで車で片道3時間半。山間の小さな村に、祖母が一人で暮らしている。
もちろん年に一度大好きな祖母に会うのはとても嬉しい事だけど、僕が高校生になっても両親に従いコンビニもない田舎に同行するのには、もうひとつ目的があるから。

「よう!おかえり智樹。」

「けんちゃん!」

毎年ここに来ると決まって「おかえり」と笑顔で迎えてくれるお隣のけんちゃん。僕が長年密かに想いをよせている相手。
母親が同級生同士という事もあり、昔からここへ来ると家族ぐるみの付き合いだ。
前々から、けんちゃんに対する特別な感情にはなんとなく気付いていたけれど、これが何なのか最近まではっきりと分からなかった。
それが、つい2週間前に後輩の女の子からの告白を受け、ようやく自分の抱いている想いは『恋』なんだと気付いてしまったのである。
僕らは同い年。お互い大学受験を控えている身、来年はまず遊びには来れないだろう。
けんちゃんも高校を卒業したらここを出ると言っていたから、こうして会えるのも今回が最後かもしれない。
僕は今日、けんちゃんにこの想いを告げようと心に決めていた。



恒例の花火大会の日にお祭り好きの父と母が帰省を合わせる為、ここで迎える夜は決まって家族総出で夏祭りへ出かける。
自分達の住んでいる街の派手なお祭りより、小さいながらに活気のあるこっちのお祭りの方が父も母もそして僕も大好きだ。
今年も例外ではないけれど、空は生憎の雨模様。
分厚く光を遮る黒い雨雲、激しく地面を打ち付ける大粒の雨、ザワザワとうるさいくらいに突風に揺らされる木々や緑の稲。
誰から見ても開催は絶望的。

「今年はお祭り無理かねー。」

「もう、せっかく合わせて休み取ったのに。」

縁側から外の様子を伺いながらの祖母の言葉に不満の声を漏らす母。
あの控えめな祖母の娘とは思えないくらい、僕の母は勝気で男勝りな性格で父もタジタジだ。いったいどうして母はこんな性格になってしまったのだろう?
親子二人の会話を耳に入れながら、僕はもう一度分厚い雲を見つめる。

神様…。
もし、晴れたら…花火大会でけんちゃんに好きだと告白します。
だから…。だからお願いです。僕に勇気を下さい。

黒い空を見上げながら何度も何度も願い事をした。すると、さっきまで止みそうになかった雨が嘘のように上がり、風さえもだんだん心地いい爽やかさをとり戻し、やがて分厚く広がった重苦しい雲が割れ、その隙間から眩しいくらいの夏の日差しが地上に射し込み始めた。
こういうの…奇跡とか言うのかな。本当に神様っているのかも。ありがとうごさいます!
天の助けに背中を押された気分だ。後は自分の頑張り次第、どんな結果になっても必ずこの気持ちは伝えよう。
急激に回復した天候に大はしゃぎの両親と同じくらい興奮する気持ちを抑え、けんちゃん一家と共にお祭りの会場へと向かった。



「この前穴場見つけたんだ。」

「えー!どこどこ?」

「今から行こう!母さん、俺ら二人で花火見て来るから。」

「はいはい。終わったらちゃんと戻って来なさいよ!智くん健が強引でごめんね。」

「いえ。じゃあいってきます。」

けんちゃんに手を引かれながら少し小高い丘へ上ると全く人気がなくなった。目の前には遮る建物は一切無く花火を見るのには最高にいい場所のようだ。

「な?穴場だろ?」

「すごいけんちゃん!ここ誰も知らないのかな?」

「案外近いのに誰も気付かないみたいだな。俺もこの前学校帰りに偶然見つけたんだ!」

得意げに笑うその笑顔が僕はなにより大好きだ。
綺麗に刈られた草の上に二人で座り、満天の星空を見ながらあれこれ話始める。

「智は進路どうすんの?やっぱりむこうの大学受けるのか?」

「うん。来年は受験だからここにも来れないかな。」

「そっか、大変だもんな。」

「…うん。けんちゃんだって大学行くんでしょ?」

「俺、大学行くのやめたんだ。」

「え?どうして…。」

突然の告白に驚き、思わずけんちゃんの顔を見上げる。

「親父の仕事継ごうと思ってさ。前から悩んでたんだけど、もう決めた!」

「そっか。頑張ってね!」

その表情は決して曇ってはいなくて、むしろ迷いが吹っ切れた顔をしていた。
見れば分かるよ、その決意は揺るがないって。
だから、僕も…揺るがない決意を君に伝えるよ。

「頑張るのはお前だろ!来年は無理でもいつでも帰って来いよ。」

「うん。けんちゃん、あのね…。」

「うん。」

「…僕、ずっとけんちゃんのことが好きなんだ。」

「…え?」

一瞬にして張り詰める空気、そよそよと吹く風の音も、蛙や虫の鳴き声も聞こえなくなって僕はこれが最後だと思いながら、精一杯けんちゃんに想いを伝える。

「友達としてじゃなく、けんちゃんが僕にとって初恋なの。ごめんね、どうしても伝えたかった。迷惑ならもう来年から来な…ん。」

グイッっと強い力に引き寄せられた途端、目の前にけんちゃんの顔があって、唇にやわらかくて温かい感触がした。
こっこれって…キス!
状況を理解し始めたと同時にけんちゃんの顔が離れ、真っ直ぐ見つめられる。

「俺も、智樹が好き。ずっとずっと好きだった。俺も智樹が初恋だよ!」

「…うそ。いつから?」

「わかんねぇ。昔すぎて覚えてない。」

もう一度強く身体を引き寄せられ、今度は強く抱きしめられる。僕もけんちゃんの背中へ手をまわし、強く強く抱きしめる。

「来年は俺がそっちへ行くから。」

「うん、待ってる。」

神様ありがとう。もし勇気をもらえていなかったら、ずっと伝えられないままもしかしたら諦めてしまったかもしれない。

「なぁ、もう一回キスしていい?」

星いっぱいの夜空に打ち上がる美しい花火が、お互いの瞳にキラキラと写りこむ。
それを見つめながら、返事の代わりに今度は僕からキスをした。


END

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あきゅろす。
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