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キミのトナリ
A
「…っくそ!」

保健室には行くはずもなく、バンっと勢い良く屋上のドアを開けると暑い日差しを避けるように日陰に座り込む。
頭を冷やす為に買ってきたジュースの缶を額に当て、壁に寄り掛かるとそのまま目を閉じた。

「あれー!アンタもサボリ?」

前から聞き覚えのある声がした、目を開け顔を向けると綺麗な顔した男が立っていた。

「夏樹、またな!」

先輩らしき男が制服のネクタイを締め直しながら声を掛け、夏樹はそれに軽く手を上げるだけの返事をした。

「こんな暑い中ヤッてたのかよ。」

「まあねー。あー喉渇いた!これ貰うわ。」

夏樹は俺の隣に座ると、返事を待つことなくいそいそとジュースの缶を手に取り、一気に半分飲み干した。
勝手に飲んだとかそんな事どうでもいい。

「ところで、アンタは?」

「…さあな。」

空を仰いだまま顔を向けずに答える俺を、夏樹は不思議そうに見つめる。

「何かいっぱいいっぱいって感じだね。柊と何かあった?」

「何もねぇよ。」

そうだ…。
俺らはまだ何もない。何も始まってさえいないんだ。俺がただ勝手に独占欲剥き出しにして、嫉妬してるだけじゃねぇか。
すげぇ馬鹿みてぇ。

「へぇー。俺はてっきりもうキスぐらいはしたのかと思った。」

「はぁ?何言ってんだ?」

コイツ…言ってる意味分かってんのか?

「柊って超カワイイだろ!アンタ手早そうだし、だから。それに…アンタ柊の事好きだろう?」

いきなり確信をつかれ、思わず息を呑む。

「俺を誰だと思ってんの?」

「はっ!知らねぇよ。」

「ハハッ!素直じゃないね。」

馬鹿にしたような笑い方に腹が立つが、自分の気持ちをズバッと言い当てられ動揺して何も言い返せない。
バレてしまったなら、隠す必要もないな。今俺の胸の中に渦巻くドロドロとした感情を少しでも吐き出したかった。

「あの女…誰?」

「女…?ああ、最近柊にくっついてる。アンタ同じクラスじゃん知らねぇの?あの女、俺が近づくと睨むんだよねー。」

「柊を好きっ…て事か?」

「うーん。違うんじゃん!だったら俺よりアンタだろう?」

確かにそうだ。最近柊は夏樹より俺と一緒にいる時間の方が明らかに長い。けど俺はあの女から睨まれることなんて一度もなく、むしろ向こうから笑顔で挨拶される。
じゃあ…何で柊に付きまとってんだ?今まで何でもなかったのに急に近づいて来て仲良くなるなんて、絶対裏があるとしか思えねぇ。

「柊はさ、今と全然違って、中学ん時あんまし友達いなくてクラスにいても気付かれない奴だったんだよ。だから声掛けられると、つい嬉しくてあの女の話にも夢中になってんだ。だいたいさ、あんな分かりやすい態度もうとっくに気付いてんだろ?アイツの気持ち。」

始めは冷静だった言い方が言い終わる頃には苛立って聞こえた。さすがの女王様もカワイイ幼馴染みにだけは甘い。それほど夏樹にとって柊は大切な存在って事か。そんな夏樹を見て少しだけ安心した。柊にもちゃんと心配してくれる奴がいたんだと。冷たく真っ暗だった心に少しだけ温かさが戻る。

「ああ。だから待ってるんだ、柊から言ってくんの。アイツが俺を欲しいって言わなくちゃ意味ねぇんだ。」

答えに納得いかないといった様子はなかったが、夏樹は空へ視線をやり少し考え込むと、急に笑顔で俺に向き直る。

「…ああ、そうか!待つって決めたはいいけど、大事な柊を女にとられて妬いてんだ!」

コイツ…女王と自分で名乗ってるだけはある。正直見透かされている様で腹が立つが図星。無理やり悪態をつく事しか出来そうにない。
敬吾といいコイツといい、何で俺の気持ちが分かるんだ?

「そういう事にしといてやるよ!それよりお前は?」

コイツが敬吾を狙いだした事は前に柊からも聞いていたし、敬吾からも助けを求められた。助けてねぇけど。

「ああ…。俺の方は着実に進行中。」

そう言うと、男とは思えない美しく整った顔つきで、夏樹が妖しく微笑んだ。
女王と呼ばれるのはこの美しく妖しい笑みのせいでもあるんだろうな。下手したらそこら辺の女よりよっぽど綺麗だと俺でさえ思ってしまう。そういう色気をコイツは持っていると感じさせる顔だ。
敬吾が夏樹に毒される日も近いな。

「さーて、そろそろ次の授業始まるし戻ろっと。アンタも戻ったら?きっと今頃柊のやつ必死で捜し回ってるぜ。」

「ああ。」

まだ戻る気になんてならないが、必死に俺を捜している柊の顔が浮かんで、仕方なく重い腰を上げた。
本当は俺の単なるエゴに過ぎない。柊の事を受け止めてやりたいとか、初めが肝心だとか、そんなのは理由をこじつけてるだけで、本当は俺がただアイツから告られてぇだけじゃん。
つまんねぇプライドなんてもっと早く捨ててれば柊にあんな顔させずに済んだのにな。
屋上からの階段を重い足取りで夏樹の後を追いながらゆっくり降りていくと、反対にバタバタ駆け上ってくる足音が聞こえる。

「もうつまんねぇ意地はんねぇで、安心させてやってよ。」

その足音が誰のモノか夏樹も分かってるようだ。

「朔弥!」

目の前に現れたのは、小さな身体で大きく呼吸をし、額に汗をにじませている必死な顔の柊だった。



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