キミのトナリ
F
「まず柊君の病状についてです。発熱、激しい胃痛、嘔吐、吐血等の症状があり、血液検査、胃カメラ検査を行いました。消化器科での診断はストレス性急性胃炎、かなり胃壁が荒れていてそこからの出血でした。血液検査では特に目立った異常はなし、発熱はウイルス性のものではないのですぐ下がると思います。ただ、今の状態だと通常の食事はしばらく難しいので、最低1週間は入院してもらい経過観察します」
医者という立場で説明をしてくれるハルさんは、いつもよりはっきりとした口調で、頼もしく思う。
とにかく生死に関わる容態じゃなかったことに心底安堵して、少しだけ力が抜けた。
そして、あの存在を思い出す。
「あの、親には?」
「ご家族に連絡をするのは義務だからね。連絡先が不明ってこともあるけど、家庭環境が複雑だとも聞いているし、明日柊君の様子を見てからの判断になるかな。状況によっては通報せざるを得ないかもしれない」
「最悪、施設行きってことか?」
珍しく兄貴の声が苛立っていた。
「けど、そんな事には絶対にしないから」
俺たちを安心させるようにハルさんが言った。
通報ってどこに?
最悪施設って…なんだよそれ?
そんなんだたら、義務でも何でも連絡なんかしないで欲しいと、身勝手に思ってしまう。
「これだけ急激に症状が出たとなると、かなり強いストレスを受けたことが原因だと思うんだ。帰るまでの間、朔弥君が気になっことはなかったかな?どんなことでもいいんだけど、例えば体調が悪そうだったとか、心配事があったとか」
少しの変化も見逃していないのか、慎重に記憶を辿ってみる。
「体調が悪そうな様子はないです。熱も、…俺が気づかなかっただけかもしれないけど。様子がおかしかったのは、母親から電話が来てからで、…膝抱え出して声かけても反応なくて、必死に抑え込むような、守ってる…そんな感じでした。しばらくしたら顔上げて、虚ろな表情で怖いくらいに妙に落ち着いた…あんな柊は初めてで」
「また、…いつものヤツだ」
それまで、弱弱しく泣いていた夏樹が口を開いた。
「何が気に入らないんだか知らねーけど、あのババア、柊に仲良くしてるやつが出来ると、そいつとかそいつの親にある事ない事吹き込んで、柊から離れさせるんだよ。それ見てすっげー高笑いして喜ぶの。
それで柊は学校でも孤立しててさ、でも泣いてる姿なんてほとんど見たことなくて、いつも笑ってて、…平気な振りしててさ、俺よりすげーなって思ってた。
俺も柊と仲良くなってからババアにいろいろされたけど、うちはほら特殊な家だから、そういう扱いにも慣れてるし、相手にしなかったからそのうちなくなったけど、普通の家じゃ相当ダメージデカいと思う。
だから、今も一緒に住んでなくても定期的に柊の行動はチェックしされてるハズだし、お前のことも多分バレて…きっと覚悟したんだ」
「覚悟?」
「アンタと離れる覚悟」
改めて知った柊の過去がこんな辛いものだったなんて、想像していた以上だったショックだった。
身体を引き裂かれるみたいに痛い。
もし、夏樹の話通りのことが起きたとしたら。
柊は、俺から離れる覚悟をしたって事なのか?
だから…
「…なぁ、あの傘。柊の部屋に置いてあったビニールの」
「ああ、すげー大事にしてたよ」
「あの傘、帰りに渡して来たんだ。他の傘もあったのに、わざわざ部屋まで取りに行って」
「ほら!やっぱりそうじゃん!!」
そう叫ぶと、また夏樹が崩れるように泣き出す。
本当に柊は俺から離れようとしたのか?
あんなに気持ちを確認したばかりなのに、何で?
傘を俺に渡した事が、覚悟になるなんて…傘は一体何の意味があるんだ?
急にさっき見た夢なのか、幻なのか、分からない映像を思い出す。
雨の中、あれは、柊はきっと泣いていた。
悲しそうな瞳で俺を呼んでたんだ。
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