駄文 小さな悪魔は突然に - 06 一連の流れをぽかーんと見ていたジルバートは、走り去る男達から視線を元に戻す。 すると視線に気づいた隼人は、吸っていた煙草をねじ消し、ゆったりと近づいて屈み込む。 「怪我は…ねぇな。お前も、出歩くならもう少し時間選べ。近所のヤンキーは気のいい奴らだが、例外もあるし、危ねぇからな。」 幾分か表情と声色を和らげ、ニット帽の上から頭に手を乗せる。 ジルバートはぱちぱちと目を瞬かせた後、こくりと頷く。 その胸では想定外の嬉しい出逢いに、トクトクと鼓動が速まっていた。 (外見もそうだが、この男…極上の匂いがする。) 煙草の匂いや体臭とは別に、人ならぬ身だからこそ感じ取れる独特の香りというものがある。 美味しい餌であればあるほどその香りは強く、得られるエネルギーも強いのである。 (これだけの獲物に巡り会えるなんて…) 喜びに胸を躍らせていると、隼人が「じゃあ、気をつけて帰れよ」と立ち上がろうとしていた。 ジルバートは咄嗟にその服を掴み、隼人を引き留める。 「隼人、と呼んでもいいか?」 「へ?あ、あぁ。構わねぇけど…」 「じゃあ隼人、助けてもらった礼がしたい。何か望むものはないか?」 「は?…ふ、ガキが一丁前に何言ってやがる。気にすんな、礼なんか貰うようなことしてねぇよ。」 「え…?な、何でもいいのだぞ?いつもは代償を貰うところだが、今回なら礼に一つぐらい願いを叶えてやる。」 「ばぁか、何言ってんのかよくわかんねえけど、見返りほしくてやったんじゃねえし。第一、願いは他人に叶えてもらうもんじゃねぇ。」 「み、見返りもなく助けたのか?良くてぎぶあんどていく。多くの人間は欲望の尽きない生き物だと認識していたのだが…。」 困惑した顔でブツブツと呟くジルバートを、隼人は怪訝そうに覗きこむ。 「ろくな奴に会ってねぇな…。なんだ?お前、どっかの金持ちの坊ちゃんか?」 「!やはり金か?金銀財宝が望みか?」 「だぁから、いらねえっつってんだろうが。話聞けよ…あー、えっと」 「ジルバートだ。」 あぁそう、と口を噤んだ隼人をまじまじと見つめる。 (なんということだ。この男、本気で言っている。初めてだこんなの。) 動揺とともに、先程感じた喜びとはまた別に、ドキドキと胸が高鳴るのを感じる。 「ジル…って、なに、お前外人!?あぁ…確かに日本人離れした綺麗な顔してんもんな。」 「隼人、俺の顔好きか。」 「ん、まぁそうだな。嫌いじゃねぇよ。」 「そうか。好きか。」 ふむ…と、数瞬考えた後、にっこりと笑みを浮かべ、隼人をぐいっと引き寄せる。 ちゅっとその頬に口づけ、満面笑顔で宣言する。 「決めた。隼人を俺の嫁にしよう。」 「……………はぃ?」 ご機嫌で首に抱きつくジルバートをよそに、理解不能な言葉に頭を真っ白にさせ、呆然と隼人は動きを止める。 (嫁…つったか?こいつ…。なんで?え、誰が……誰の。) これが、隼人の平穏な日常を変える小さな悪魔との出会いであった。 [*前へ] [戻る] |