手を引かれて着いた先は、宇宙船内とは思えない豪奢なヨーロッパ王室を模した部屋。
そこには現代では見たことの無い透き通る色とりどりのオブジェが幾つもの飾られ、窓側には大きな円柱状のガラスケースが2つ並んでいた。
「ここ、僕の部屋」
スフィアは、ようやく手を離したかと思うと跳ねるように一人には大きすぎるソファへ体を沈める。
「改めて自己紹介するね。僕、スフィア・プラーナ。花も恥じらう17歳っ!よろしくねっ」
花のような笑顔で嬉しそうにしながら、萌蓮へも期待の目を向ける。
にこにことした屈託のない笑顔に、自分も言った方がいいんだよね、と萌蓮も自己紹介をする。
「纏、萌蓮です…えと、同い年、です」
たどたどしく萌蓮が自己紹介すると、僕、堅苦しーの嫌いだから普通でいいよ、と笑った。
「あの、訊きたいこといっぱいあるんだけど…」
萌蓮が所在なさげにそう言うと、スフィアは自分の隣のスペースを叩いて座るように勧めるので、なんとなくそれに従った。
「何でも聴いていいよ」
にこにことスフィアは屈託のない笑顔を向ける。飲み物要るよね、はい、とスフィアは壁側から取り出したグラスを萌蓮へ渡して口をつけた。
部屋を挙動不審に見渡す萌蓮を見て、彼女に質問を訊かれる前に答えることにしたようだ。
「ビックリした?」
「う、うん…見た目からそうかなって思ってたけど、お嬢様だったんだ」
その言葉にごほっごほっとスフィアは急に咳き込む。
「お嬢様…って。冗談キツいなぁ、僕、どっからどうみても男の子じゃん」
「うそっ、オカマなの?!」
萌蓮が明らかに本気としか思えない目でスフィアを見つめるので、少し考えてこちらから質問する事にした。
「ピカークって男に見える?女に見える?」
スフィアからすれば気違いなのではないかと思う質問をしたのだが、萌蓮は大真面目な顔で応えてくれた。
「そりゃあ…タイトスカート履いてたし、女性でしょ」
萌蓮はピカークが白衣に白のブラウスと黒地に灰色のレースが付いたミニタイトスカート、その下に黒スラックス、黒いブーツを合わせて履いていたのを思い出す。
スフィアは頭を抱える仕草をして、萌蓮を見つめ直した。
「…あのね、僕ら、かなーりフツーの男の子なんですけど…」
「やっぱりニューハーフなのっ!?どうりで綺麗だと…」
スフィアが落ち着くために口にしたグラスに、盛大に酸素を噴出してしまい、行儀悪くゴボゴボと音たててしまう。
慌てて口元を拭きながら萌蓮を見れば、本気で言っているのが分かって更に質が悪い、と感じるのだった。
「むしろ萌蓮ちゃん、どっち?」
認識――いや、常識の範疇を軽く越える質問をされていると解り、萌蓮は思わず真面目に答える。
「正真正銘、女…だけど」
「君って、もしかして変態さん?」
大真面目な顔付きで聴くスフィアに、今度は萌蓮が口に含んだ飲み物を器官に入れてしまいむせる番だった。
「あたし、には、どう考えても、あんた達の方が変、態よ」
噎せてしまい途切れがちになりながらも萌蓮は言い返した。
「こーんなに男らしくて可愛いのに〜」、と頬に手を当て、どこから出したのか手鏡で自分の顔を眺めるスフィアに萌蓮は若干の寒気を覚える。
そこでスフィアは、萌蓮の頭からつま先までを確認するように見た。
肩より少し上で切り揃えられた焦げ茶色の髪、前髪はヘアピンで右半分だけをオールバックにするようにバツの時型に止めている。
服装は、男物でサイズが合わないアイスグレーのパーカーに、ピンク色のタンクトップ。ボトムは綿地の黒いショートパンツに白の大きめベルトを腰に掛け、ダークグレーのレギンスと足元は白のスニーカーという出で立ちだ。
「パーカーしか女性物きてないじゃん。…あ、でも貧乳だから女の子かぁ。ごめんごめん」
スパンといい音をたててスフィアの頭が揺れる。
「貧しいとか言うなっ!これでも無いこと気にして女性ホルモン注射しようかまじ迷ったんだからっ!ついでにこのパーカーは男物!」
「いってー…」
平手で叩かれたらしい、と痛みが来てから理解出来た。頭をさするスフィアの目が涙を浮かべる。
横目で萌蓮を見れば、何故か萌蓮も涙を浮かべながら自分の胸を抑えていた。
これ以上この問題に突っ込んだらきっと地雷を踏む事になる、と防衛本能が働いたスフィアは話題をもうひとつ気になっていた出来事に移す事にした。
「ねぇ…さっき、僕の名前聴いても驚かなかったよね」
スフィアはふざけた態度を改め、急に真面目に考え込むような態度をとった。
「…なんか、あるの」
そのスフィアの態度に、思わず緊張する萌蓮。スフィアの砕けた調子に乗せられて普通に会話を続けてしまったが、ここでの萌蓮は部外者だ。何か知らない地雷を踏んでいるかもしれないと、身構えた。
既に充分過ぎる程、踏んでしまっている事には気付かない振りを決める事にした。
「萌蓮ちゃんって、どこから来たの」
「そりゃ、日本語話してるんだから日本だけど…」
そこまで言ってふと気付く。何故、この横文字の名前の人達は日本語を話せているんだろう、と。
口元に手を当てたスフィアの顔が青ざめてゆく。
「日本?!日本って、イースターに統合された古代史の…って事は…」
「古代史?私そんな未来に来たの?」
薄々感じた不安を口にして、しまった、と萌蓮は気付くも既に時遅く。
萌蓮に取って、まだスフィアは信用にたる人間なのかが解らないのだ。
萌蓮は慌てて軽く距離を取り身構える。脱出口を視線の端で確認しながら。
「…安心して、僕は少なくとも敵じゃないよ」
その様子に感想とも取れる事実だけを述べてスフィアは萌蓮に向き直った。
「確認するよ。君は、僕の知らない時代から来たんだ?合ってる?」
「え…」
正直なところ、言葉が通じるために深く考えなかったひとつの可能性を指摘され戸惑う萌蓮。
ひとつ深呼吸して、自分の考えをまとめた。
「…正直、最初は異世界に来たのかと思った」
そこで周囲を見渡す。萌蓮には、透き通るオブジェの存在が既に異質過ぎて理解出来ない。
この部屋にあるもので存在が理解出来るものは、天蓋付きの大きなベッドとソファ、テーブル位なのだ。
萌蓮にしてみれば、天蓋付きベッドの存在を確認したのは生まれて初めてなのだが。
「でも、聴いてたら…ここは、私にとってすごく未来…そういう事になるの、かな」
そしてスフィアは近くの机から両手大のキーボードを用意し、光の画面を浮かべて叩き込む。
「萌蓮ちゃん、これ読めないでしょ」
「う、うん」
萌蓮にはアルファベットなのかすら解らない単語が、自動的に羅列していく光の画面を見つめた。
「読めるように調整するから待ってて」
何事かブツブツ呟きながら、キーボードと光の画面を交互に見て格闘するスフィア。
青白い光が、光で構成された画面全体を覆い、表示言語が日本語になる。
「あ、読める…」
画面を見つめていた萌蓮がぼそりと呟く。
「萌蓮ちゃんの出身惑星ってどこ?何系の地球?」
「何系って…太陽系第三惑星地球。それしかないよ」
やっぱり未来だと宇宙人とかいっぱいいるのかな、などと萌蓮が考えている間に、スフィアは更にキーボードを打ち込んだり画面を見て難しい顔をしたりしていた。
スフィアが時折つぶやく中で、萌蓮が聞き取れた単語は、オールドアース、そのひとつだけ。
「萌蓮ちゃんの来た時代がどこかは解らないけれど、僕にはひとつだけ解ることがあるよ」
「え?」
そう言ってキーボードにカタカタと叩き込むと、急に画面が赤く光り出し、警告画面が表示された。
「なに、なに?」
ブザー音と警告画面によくわからず怯えてスフィアの傍に寄る。
キーボードから女性の声で「生体認識パスコードとキーワードを入力して下さい」、と声がした。
まだ、警告音は止まない。
「パスコード、スフィア・プラーナ、認識番号、EA208601、プログラム選択:LUNAR、ワールド選択:TERRA」
警告音から女性の声へ切り替わる。
「これ以上の閲覧は、Mother管理者権限がないと許可出来ません」
やっぱりね、スフィアは溜め息をつくと、またキーボードを叩いて光を収束させた。
「萌蓮ちゃん、君は…」
スフィアはそこで言葉を区切ると、ひとつ息を飲んで萌蓮の顔を見直した。
「僕らが、知ることを禁じられた時代――から来たみたいだね」
現代が禁忌とされた時代。理解や認識の範囲を通り越し、萌蓮の目の前はフェードアウトして暗くなるように意識が途切れた。
「萌蓮ちゃん、萌蓮ちゃん」、と、スフィアが繰り返し呼び掛ける姿を見たような気がして、
―――あぁ、こんなに色々な人が私を心配してくれたのは何年ぶりなんだろう
そんな冷めた感想に似合わず、暖かい何かを感じたのであった。
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執筆者/羽織 柚乃
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