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ドライヤー

「何、拗ねてんだよ」

 ロックに背中を向けて壁際に佇むセリスが、白い尻尾を大きく膨らましているのがわかる。セリスは小さな舌を出して、一生懸命に毛繕いに励んでいた。
 卓袱台の上を濡れた布巾で掃除しながら、ロックは溜め息をついた。

「お前がマグカップ倒すからだろ」

 ほんの小一時間前に遡る。セリスは、自分の与えられたミルクではなく、ロックの飲んでいたミルクティーのマグカップによじ登って見事倒したのである。床と周辺だけを拭いて、慌ててセリスを風呂場に連れて行ったのは致し方のない事。
 シャワーを嫌がるセリスを無理やり抑えて洗い終わると、フェイスタオルをくわえて風呂場から逃げ出したのだ。

「床濡れてるし…」

 しっかり絞った布巾で床を拭くと、乾いたフェイスタオルをもう一枚出してセリスに近付いた。上からそっと撫でようとすると、「フーーッ!!」お怒りの威嚇をされる。
 良く見ると、セリスはちょっと涙目だった。

「…んな顔するなよ」

 無理やりフェイスタオルでタオルドライしてやると、問答無用で噛みつかれた。

「いてっ」

 手の甲に小さな傷痕が出来、血が滲む。セリスがフェイスタオルをくわえて、部屋の隅に逃げていくのを見たロックは、諦めて布団を敷くのだった。

「ドライヤーしてやるから」

 部屋の隅でうずくまって震えるセリスに近付いて、首の後ろを捕まえた。カチリと音を立ててドライヤーを当てると、暖かいのがいいのか、案外大人しくなる。頭髪部分も乾かそうと頭に温風をあてると、耳に当たるのは若干苦手なようで、頭を必死に振る。大体乾かし終わると、またカチリと音を立ててドライヤーを止めた。

「明日早いから、もう寝るぞ」

 電気を小さな朱い玉の光にして、ロックはスウェットの上下に着替える。ドサリと敷き布団に倒れ込むと、毛布と掛け布団を口元まで引き上げた。

「おやすみ、セリス」

 すっと寝ようとすると、枕元にセリスが近付いてくる気配を感じる。先程、セリスが噛み付いた手の甲をじっと見詰めているようだ。

「にゃぁ…」

 か細い声で鳴くと、セリスはそっとザラザラした舌で手の甲を舐めた。少し痛いと思ったが、敢えてそのままにする。

(気にしてんのかな)

 匂いを嗅ぐ動作をしてロックが起きない事を確認するセリス。ロックが寝たふりを続けていたら、ザッザッと何かを掘るような動作をしながらセリスが布団に潜り込んだ。
ふわふわの尻尾が段々と熱を帯び、寝息を立てたのがわかる。

(素直じゃねーけど、案外可愛いもんだな)

 暖房器具のないロックの部屋で、一番暖かい暖房代わりが出来たな、などと思うロックであった。


◇終われ◇

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執筆者/羽織 柚乃


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