扉が開く音がして、硬直したままのロックが我に返る。 蜂蜜色の長髪を結んで揺らした友人は、荷物を抱え笑顔でロックを見た。 整った顔立ちも今は見るだけで憎いのか、憤りを隠さないまま、ロックは吐き捨てた。 「――…図りやがったな」 「誰も猫だとは言っていない。勘違いしたお前が悪い」 確かに、エドガーは一度たりとも猫と表現した事はなく、彼女、レディ、お姫様、などと呼んでいた。 エドガーはいつでも女性をそう表現するので、ロックは単純に、猫でもメスならそう呼ぶのだろうと勘違いしたのだ。 しかし、実際は猫サイズで猫のパーツを持つ女の子――。 「なんだよ、こいつ」 「まぁ、そう言うな。彼女はちょっと訳ありでな」 美味しい話には裏がある…か、そう呟いてロックは猫らしき彼女を高く持ち上げて見つめ直した。 真っ正面から見てみれば、案外可愛いものだと思うが、ガブリと噛みつかれて心の中で前言撤回した。 いてて、と言うがロックは抱き直すだけで離したりはしない。 彼女を離したら走り回って隠れてしまうだろうと予測がつくからだった。 その様子を見ながらエドガーは溜め息をつく。 「彼女は人が嫌いでね」 エドガーは淡々と彼女が人嫌いになる理由を話した。 エドガーの知り合いである大切な人から無理やり引き離された挙げ句、新しい場所で実験や研究を繰り返され、人間不信になり脱走してきた彼女を、エドガーが何らかの手段で捕まえてきたらしい。 「…人間不信が治ったら、こいつは連れ戻されるのか」 ロックは彼女に同情した。 彼女も猫生(?)があっただろうに、と呟くと、咬まれるのも気にせずにそっと抱き締めた。 「いや、私はそうならないようにするつもりだよ。その為にも協力してくれないか」 「…そんだけバイト代が払えるって事は、エドガーに利益がないわけじゃないだろ」 ロックが言いたいのは、やはりどこに戻っても彼女が研究や実験の対象になるのではないかという懸念だ。 だが、エドガーはあっさりとそれを否定した。 「いや、彼女を実験材料として攫った人物を捕まえる」 意外だとばかりにロックが顔を上げた。 それが何の利益をエドガーに生み出すかが理解出来ないからだというのもある。 それよりも、エドガーの顔が女性の話をする時の顔ではなく、あまりにも真剣な声をしていたからだ。 「だからまだ、彼女を大切な人の元に戻すのは危険でね」 「…それで、何の関係もない俺の出番って事か」 ついでに、エドガーには大切な人から何かがあるという事だな、とロックは心の中でコッソリ溜め息をつく。 天涯孤独の貧乏学生でしかないロックが、経済界屈指の御曹司であるエドガーとは見ている視点が違う。 だが、彼女を守りたいという気持ちにさせられたのは確かで、それだけはエドガーと共通しているのだろう、とロックは考えた。 「…名前」 「なんだ突然」 ロックが急に呟くので言われた単語が理解出来なかったエドガーが聞き返す。 「名前、なんていうんだよ、コイツ」 「あぁ――」 友人は一通り世話などの説明を終えると、今日はまだ用事があるからと言い残して部屋を後にした。 しばらくもがいていた彼女は疲れてしまったのか、ぐっすりとロックの腕の中で眠ってしまっている。 「…俺が、守ってやるからな、セリス」 彼女の名前を口にして、これから宜しくなと薄金色の細い髪を撫でるのだった。 [FF6ページへ戻る] [TOPへ戻る] 執筆者/羽織 柚乃 |