風の強い日、頭にバンダナを付けた青年は大学の講義を終えて学舎から自宅への帰途につく所だった。 (今日はバイトもねーし…山岳サークルもしばらくねぇし、どーすっかなぁ) 普段から、バイトを掛け持ちして慌ただしい生活を送っていたバンダナの青年は、珍しくぽっかり空いた予定の無い日を持て余していた。 なんとなくアパートに帰る気にもなれず、ブラブラと遠回りして帰路を歩くと、友人から携帯に電話が掛かってきた。 着信表示はエドガーになっている。 「どしたー」 開口一番でロックは用件を訊ねると、エドガーは切羽詰まったような声を出した。 『頼みがあるんだが、お前んちに行ってもいいか』 「構わないが…どうしたよ」 友人の焦りように不安と嫌な予感を感じながら、連絡を終えて携帯を閉じる。もう一度携帯を開いて時間を確認すると、携帯をポケットへ押し込み、ロックは急いでアパートへ戻る事にした。 ******* 友人が不似合いなペットキャリーケースを持って訪ねてきた事に嫌な予感は的中したと、ロックは思った。 エドガーはこの通り、と両手を合わせてロックを拝み倒す。 「少しの間でいいんだ。預かってくれないか」 「勘弁してくれよ…」 エドガーは猫を預かってくれ、と頼みに来たようだが、少し様子がおかしいとロックは長年の付き合いからか感じ取っていた。 姿は見えずとも、キャリーケースから聞こえる声は猫で間違いはない。 ロック自身、動物は嫌いでは無かったが、どちらかといえば犬の方が好きだと自分では思っている。 それに、猫を預かってしまえば、泊まり込みでの気楽な一人旅は出来なくなるし、山岳サークルにもでにくくなる、という趣味の点でのデメリットが大きくのしかかっていた。 「………バイト代は弾む」 ぴくり。 ロックの耳が僅かに傾いた事を感じたエドガーは攻勢に出た。 「彼女の世話費用と、別にお前にバイト代を出すつもりだ」 胡座をかいて腿に肘をつき、手に顎を乗せて横目で邪険にしていた筈のロックは、そこでようやくエドガーに向き直る。 どうやら此方を値踏みしているようだとエドガーが勘づき、勝機はこちらにある、と口元を歪ませた。 ロックが手のひらから指を開くようにして片手を前に出すと、ふっとわざとらしい溜め息と共にエドガーは両手のひらを見せた。 「じゅっ……!お前本気か?」 「むしろ少ないつもりだがね。しかも、一ヶ月で、十万だ」 ごくりとロックの唾を飲み込む音が聞こえる。 バイトを掛け持ちして生活費と学費を払っているロックにとっては、毎日餌をやって簡単な世話をするだけでプラス十万は破格の数字だ。 「その代わり、丁重に扱ってくれよ」 とエドガーは言って、猫用のカバー付きトイレと食器を車から出すためにエドガーは席を立った。 玄関で靴を履きながら、気が付いたとばかりに振り返る。 「ああ、お姫様をキャリーから解放してあげてくれ」 おう、と安請け合いしてみたものの、ロックはこれからしばらく一緒に暮らす猫がどんな猫なのか不安で仕方がなかった。 扉がしまると同時にキャリーに向かうと、ジッパー式のキャリーケースの蓋を開ける。 奥からか細い声で「にゃぁ…」とだけ聞こえた。 「怖がらなくていいぞ」 咬まれる事を覚悟の上で手を差し入れてみる。 匂いを確かめているようで少しくすぐったい気持ちになった。 「しばらく俺と暮らすから慣れてくれよ」 見えない猫の頭を撫でると毛が長いように思えた。 長毛種かと想いペルシャ猫を想像すると、すこしだけ爪を立てられた。 「いてっ、警戒すんなって」 仕方なく、両手を差し入れて猫の胴を掴む。 そこで、何か触り心地がおかしい事にロックはようやく気が付いた。 (服、着てるのか?) ふしゃあっという威嚇の声が聞こえたが、無理やりキャリーから出してみる。 そこで初めて、ロックはこのバイト代がやたらと高い理由を知った。 金の長い髪、青いつぶらな瞳。 彼女は、猫の耳と尻尾をもつ、小さな人型の何かだった。 [FF6ページへ戻る] [TOPへ戻る] 執筆者/羽織 柚乃 |