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WORLD END
終わりの始まりに/3

 どうせ出ていくなら、入ってきた他の奴も連れて帰って欲しい――。タヌキまがいの妖精と神在たちの利害は一致し、自称アイドル妖精の案内で、先に落ちて行方がわからなくなった旭を捜す事に話が決まった。
 深く霧が立ちこめる中、一匹の案内で3人は周囲を確認出来ないままに歩きだしている。
 時折、気分が乗るのかステップを踏み軽く先へ行ってしまう。他人を全く気にしない妖精を、濃霧の中、目で追いつつはぐれないように歩くのは、3人の予想より遥かに難しかった。

「おい、レッサーパンダ、こっちは周り見えないんだからゆっくり歩けよ」

 いい加減な案内をする妖精に、夏川が悪態をつく。レッサーパンダ呼ばわりされた妖精は、鼻先をヒクヒクと動かして歩くのを止め、不平を漏らした夏川に眉間にシワをよせて向き直る。
 くるか、と夏川が出来もしないファイティングポーズを取ると、むっとした表情から一転して、ふん、と妖精は鼻を鳴らした。

「あたしは大人のアイドルなの。あんたみたいなエノキ坊やには構ってられないなの」

 ヤレヤレ、と両手を上に向けて首を振る妖精。そのやり取りに殿を歩いていた本牧が口元を抑えて噴き出す。
 本牧が噴き出すと同時に、夏川は真面目な顔で言い返した。

「エノキ!?ちょ、せめてしめじで!」

 夏川の返答は、神在たちには予想の斜め上だったらしく、ツボにハマって抑えた笑いがどうやっても堪えきれない。

「…し、しめじって…」

 神在は口元を手で抑えているが、既に笑いを堪える事は諦めたようだ。

「仕方ないなのねー、じゃあ、コレを掛けるといいなの」

 妖精は羽根の付け根辺りを両手でゴソゴソとすると、幾つかの眼鏡を取り出した。はい、はい、と三人に眼鏡を手渡してゆく。

「なんだこれ…おぉっ」

 夏川には長方形の高さがない眼鏡。神在には縁が厚い楕円形で緋色の眼鏡。本牧には、縁が黒に近い紺色の眼鏡を手渡される。
 夏川は何の疑いもなく、神在はどんな仕掛けがついているのかよく確認して、本牧は2人が掛けるのを待ってから、三者三様に眼鏡を掛けていった。

「霧が、晴れて見える」

 神在が感動の声を漏らす。3人は初めて見ることが出来る周囲に、戸惑いや好奇心を全開にして見渡した。
 妖精の言ったとおり、確かに上にはスポットライトや照明器具が設置される足場が組んであり、ステージのそれを模してある。
 だが、生物と呼べる存在はこの妖精しかおらず、どうやってカメラを回すのだろうと、神在はぼんやりと考えていた。

「やるじゃん、豆柴。つぅか、もっと早く出せよ」

 また夏川がボスボスと音を立てて妖精の背を羽根ごと叩いた。
 豆柴は犬の種類だったはずだが、この際、黄色いイメージがあれば夏川にはどうでも良いらしかった。

「痛いなの、味噌濾し器!脳みそ濾し過ぎなんじゃないの、なの!」

 最早、お互いに例えがどうでもよくなってきた悪態に、神在も本牧も慣れてきたようで、とりあえず案内を促した。
 進んでいくにつれ、何故か3人がよく見知った場所に辿り着いた事に気付く。

「これ…港北じゃないっすか」

 港北の街並みが目前にあるが、いつものような活気や人混みはそこにはない。まるで人の居なくなった世界に紛れ込んだようで、3人はいつもの街並みに異常な程の違和感を抱いた。
 妖精はひとつのマンションを指差して、ここなの、と白フリルのついたブルーのスカートをふりふりと揺らした。

「妖精さん、此処に落ちてきた人がいるのね」

 神在は確かめるように妖精に聞くと、やはり妖精さんという呼び名が嬉しかったのか顔を紅潮させ、キラキラとした瞳で、「はいなの!」と返事をした。

「俺と神在さんで扱い違いすぎじゃない」

 軽く夏川が小突くと、ウルサいなのね、とまたじゃれあいが始まる。
 神在は本牧に、また始まったね、と視線だけで会話すると、溜め息を漏らした。

「兎に角、このマンションにアサくんがいるみたいだから入りましょ」

 1人マンションに向かう神在に、妖精は夏川を振り切って制止しようとした。

「待ってなの!中にはシャドウが…」

 妖精が言いかけたとほぼ同時刻に神在はマンションの扉を開けていた。
 中から痛烈な突風と共に躍り出た異形の生物数体に、全員が身を堅くする。突風に煽られた神在は尻餅をつくように1メートル以上吹き飛ばされた。
 人間の倍はある赤と紫の斑尾な球体に、裂けたような唇。唇からは、臼のような人間と同じ歯並びが覗き、人間の腕と同じ位の長さの紫色をした舌が這いずり回る。

「タヌキ!これなんだよ!聴いてねーよ!」

 夏川が叫ぶが早いか、タヌキが逃げようとするが早いか。異形が叫びながら神在に襲いかかる様を見て、本牧が走って庇おうとした、その矢先。
 立ち上がった神在の足元から光が溢れ、襲いかかる異形を跳ね飛ばした。
 満ちゆく力のうねりが、神在の体を駆け巡る。静かに心が命じる儘に、神在は、その言葉を口にした。

「ペ、ル、ソ、ナ」

 強烈な金色の光が周囲を満たし、全ての生物は足を止めて神在を見詰めた。
 焼けたような茶色の腕、右手に錫丈を振りかざし、左手には天秤を持つ、白いドレスに銀色の胸当てを着た銀色の仮面が顔を覆う。
 頭には、古代エジプトに存在した青と黄金の王族の冠を冠し、空中で椅子にでも座るように足を組んだ異形の者が神在の光から生まれた。

『妾は汝、汝は妾』

 異形の女王は全ての心に語りかける。

『力を欲するならば、妾がくれてやろう』

 そう言い終わると同時に、神在の足下から銀色の光が生まれる。
 銀色の光が圧縮されたその先から、真紅のドレスを身に纏い、銀色の美しい髪を靡かせた女性が現れた。
 人間を模しているが、明らかに異質な異形の者。顔は金色の仮面を眼と額だけ覆い、肌や唇は白く透き通るよう。
 金色の光から産まれた異形とは対照的に、背の思い切り開いたドレスには金色の装飾と腕飾り。左手には闇色の弓、右手の先にはカラフルな球体を操る。

『私は貴女、貴女は私…』

 またも心に響くように語り掛ける異形。

『貴女を闇から護る力になるわ…』

 銀色の光から産まれた闇の妃が言い終わると、対照的に金色の光に銀色の仮面を被った女王は神在に金色の光を集め、細身の片手剣を持たせた。

『妾の名は、クレオパトラ』

 銀色の仮面を纏ったクレオパトラと名乗る金の女王は、神在へ更に金色の光を集中させると、豪奢な飾りがついたドレスに着替えさせた。
 チューブトップにも見えるギャザーが中央に寄った胸元には、幾つかの宝石の飾りが付いている。キャミソールのように細い肩紐しかないデコルテから鎖骨は晒けだされて肩から美しい布地がベル型に広がった。
 ウエストが一度絞られて、骨盤の辺りで黒のラインがV字に入り、ワンピースドレスにも見えるその衣裳は、太腿辺りでベルト飾りの付いた横スリットが入る。スカート部分は広がりすぎず、オペラ歌手のようなAラインに広がりを見せていた。腰からベルトが繋がっており、柩型したポーチが幾つか繋がっている。
 神在の全身が一瞬で変化したと同時に、銀色の光に金色の仮面を被った闇の妃であるペルソナが、七色の球体を神在の周囲に発現させ、回転するように浮遊させると、静かで華奢な高めの声を発した。

『私の名は、冥界の妃、ペルセフォネ』

『『汝の心の海よりいでし者』』

 そしてクレオパトラは錫丈を振りかざし、焼け付くような炎を異形たちを焼き払ってゆく。
 その傍ら、ペルセフォネは、弦をパチンと弾かせると氷の粒を矢に変えて、数体の異形を貫いた。
 襲い掛かってきたはずの異形は、恐れるように空中をゆらゆらと漂い逃げ惑う。
 神在は心の欲望が赴く儘に、唇から詩を漏らす。その謳に呼応するように、次々にクレオパトラは焼き払い、ペルセフォネは氷の矢で貫いていく。
 全ての異形を焼き払い、貫くと、襲いかかる異形は砂に還るが如く、消え失せた。
 全てを打ち倒したクレオパトラとペルセフォネは、心のままに呼び出すよう語り掛けると、一枚ずつのカードとなって神在の手元に残る。
 その姿に、呆然と立ち尽くすしか出来なかった夏川と本牧の後ろから、妖精が興奮したように、――あえて夏川を跳ね飛ばして――神在に駆け寄ってきた。

「スゴいなの!スゴいなの!神在おねーさま、スゴいなの!シャドウやっつけちゃったなの!」

「しゃ、シャドウ…?」

 何時の間におねーさまにまで昇格したのかのツッコミも忘れ、自分が今しがたやれた事がよく解らないでいた神在は、自分の手に残されたカードと剣を見比べてただ戸惑う事しか出来なかった。



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あきゅろす。
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