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WORLD END
終わりの始まりに/2

 ドサッと鈍い音を立てて、人が床に落ちる。

「重い〜」

 夏川に潰された神在が呻く。それに続いて本牧も呻いた。

「痛ってぇ…」

 とっさの判断で、神在を抱くように落ちた本牧は、神在の下敷きになっていた。
 背中を強かに打ち付けたらしく、神在を離すと、そのまま大の字に寝転んだ。

「本牧くん、大丈夫?!痛いよね?」

 慌てて夏川を落として体を避けると、自分の身を守った本牧を案じる神在。ごろりと転がる夏川には目もくれない。

「…ちょっと」

 正直さが取り柄の本牧だが、女性の手前、控えめに痛がる事にしたらしい。
 手のひらや抱いた時に残った神在の感覚に、少なからず戸惑いを覚える。が、なんとか雑念を振り払う事に成功した本牧は、左手を後ろにして、アイスグレーに黒襟の制服に身を包んだ上半身を支え起こした。

「こっちも心配してほしいんだけど…、いててて…」

 神在に転がされ、仰向けに寝転がった落下原因が情けなさそうな声を出した。くたびれたスーツが更によれて情けなさを際立たせる。
 落下原因である夏川に、冷たい視線がふたつ突き刺さって、夏川は笑うしか出来ずにいた。

「周り、なんにも見えないね」

 周辺を見渡した神在は、深い霧が立ち込めているこの場所で、これからどうすべきかを悩んでいるようだった。
 どんなに目を凝らしても、3メートル先は見ることが出来ない。

「どっから落ちてきたんすかね」

 切れ長で二重の眼を細めて本牧は上を捜してみるが、どこにもそれらしきものは見当たらない。
 同じように、神在と夏川も上空を見渡したが、霧以外に見つけられるものは何一つなかった。

「まずは、帰り道探してから、アサくん探してみようか」

「そうっすね」

 神在と本牧が顔を見合わせた時、夏川は自分たちに近付く不思議な影を見つけ、神在の肩をつついた。

「あれ、なに…だと思います」

 着ぐるみ大の丸い物体。顔はどう考えてもタヌキにしか見えない何かが二本足で歩みよってきた。
 背中にはピンク色の羽根、体はイエロー、瞳の周辺の体毛はブラウン。ブルーと白のエプロンドレスとおぼしきヒラヒラの洋服。羽根さえ無ければ、洋服を着たタヌキのぬいぐるみとしか思えない何かが、二本足で歩いていた。

「………存在が、理解出来ないんですけど…」

 思わず神在からこぼれた感想に、男2人は無言で同意を示す。

「お客様?勝手にステージに上がっちゃダメなの」

 タヌキの着ぐるみらしき口が開き、可愛らしい声を出す。

「今、着ぐるみの口動きましたよね…」

 先程から開きっぱなしで乾ききっていた唇をなんとか動かし、理解の範囲を超えた何かを見詰める夏川。

「ちょっと、ちょっと。あたしが可愛らしいからって、お口開きすぎなのっ!もちろん、お触りはダメなのねっ」

 丸い体の尻らしき部分を、軽くふりふりと揺らして何かをアピールするタヌキ。
 揺らすと羽根の影から縞模様の太い尻尾が見え隠れし、3人に更にタヌキに違いないという印象を植え付ける。
 そんなタヌキの言動を全力で無視した本牧が、神在より低い高さのタヌキの頭を無造作にポンポンと叩く。

「なんすかね、この生き物」

「ヤダわっ!セットした毛並みに触らないでくれるなのっ」

 この訳の分からない状況に慣れたのか、もとからどうでもいいのか、本牧は一向に気にした気配がない。
 そんな様子の本牧を見て、我に返った神在は、いまの状況をすぐに算段した。

「ねぇ、タヌキさん。私達、困っていて、2つ知りたいことがあるのだけど教えてもらえないかしら」

 神在は、このタヌキの機嫌を損ねないように、丁寧にお願いをしてみる。

「ステージから降りてくれるならいくらでもいいなの。それから、私はタヌキじゃなくて妖精!アイドルなの!」

 短い手足をバタつかせて、妖精と自称したタヌキの着ぐるみらしきそれは、頭頂部を掴む本牧に抵抗しつつ、神在に不満そうに告げた。
 三人とも、妖精やらアイドルと言われても全く意に介した様子はない。むしろ、子供が夢を話しているのではないかという位に全く信用していなかった。
 夏川も少し見慣れたのか、本牧に入れ替わってタヌキの耳を引っ張ったり毛並みを荒く撫でてみたり、羽根の根元をくすぐったりした。

「トサカにきたなの〜!!お触り厳禁だっていってんでしょ、このゴボウ男っ」

 タヌキが振り返りながら声を荒げ、夏川に抵抗の意を示す。夏川も痩せすぎていることを気にしていたのか、タヌキの両耳をぐいぐいと引っ張りながら言い返した。

「うるさいな、刑事って結構安月給だからインスタントな生活してるんだよ!」

 地味に後ろで口元を抑えて吹き出す本牧。
 本牧もかなり痩せてはいるが、体の骨格や筋肉がしっかりしているために細すぎるという印象は受けない。それに比べると、よれたスーツもあいまってか、夏川は貧相な程痩せて見えた。
 神在はその様子に、タヌキはこちらに明らかな敵意が向けられているわけではないんだな、と換算していた。

「あ、チャック発見」

 タヌキの着ぐるみをいじくりまわすうちに、夏川は目敏くチャックに着目する。だが、中から聞こえる声が女性の声なので開けるのは止めることにしたらしい。背中をトントンと叩いて、中の人〜?と夏川が調子に乗って声をかける。
 「やめてよ」、とじゃれあうタヌキと夏川を見て、いい加減話を進めなきゃ、と腹を括った神在は、夏川に軽く視線を送って止めるよう指示を出すと、優しくタヌキに話し掛けた。

「妖精さん、さっきの話続けるわね?」

 妖精さん、と呼ばれた事にかなり気を良くしたタヌキが、神在へと顔を向ける。着ぐるみのように見えるのに、嬉しさで少し顔が紅潮しているのがわかった。

「私達、上から落ちてきたんだけど帰り道を知りたいの。まず、これがひとつめね」

 神在はタヌキに対して臆したり言い淀むことなく、自分達の希望を代表して告げる。

「私達の前にここに落ちてきた人がいるはずなのよ、その人を捜して連れて帰りたいの。これがふたつ目」

 イタズラをやめても頭に手を乗せていた夏川を、タヌキは煩そうに体全体で左右に振って払いのける。そのまま、ひょこひょこと歩みを寄せて、神在を上から下までジロジロと無遠慮に眺めた。

「まぁまぁのスタイルだけど、あたしには叶わないわね」

 満足げに胸を張るタヌキの着ぐるみ。
 すかさず神在は、タヌキの頭を指先に全力を集中して鷲掴みにすると異常な程、顔を近くに寄せた。

「話、聞いてた?」

 神在の壮絶な微笑みと急に低くトーンを落とした声に、タヌキが、うっ、と黙り込む。
 その瞬間の、神在の人の変わりように、夏川と本牧は目が離せないでただ立ちすくんでいる。本牧はあまり気にし過ぎてはいないが、夏川は若干、神在に儚げなイメージだと勝手に夢を抱いていたので驚きは隠せない。

「話を聴く気がないなら…」

 そのままの体勢で、さらに頭を鷲掴みにした手に力を込めなおし、毛並みを引きちぎらんばかりの勢いで神在は続ける。微笑んだままの神在の口の端が、軽く歪んだ。

「…チャック降ろして、裸にするわよ」

「ヤダ!ごめんなさい!!許して許して!」

 手足をバタつかせて、大きな目玉からポロポロと大粒の涙をこぼすタヌキ。
 この時ようやく、夏川は神在が自分の想像以上にパワフルな女性であった事を体で知るのだった。



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あきゅろす。
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