[携帯モード] [URL送信]

WORLD END
終わりの始まりに/1

 小気味良いスキャナーのバーコード収拾音が周辺いっぱいに聞こえる。
 装着したマシンのテンキーをカタカタと鳴らす音と、スキャナーの音、ダンボールを上げ下げしたり脚立を登る音だけが、ユザワ緑ヶ丘店の中で聞こえる音だ。
 左手首につけた腕時計で、23時40分を確認した神在はすっと息を吸い込む。

「あと5分で休憩しまーす」

 広い店内でも彼女の声が通らない事はない。
 腹から出した声は叫ぶ様子もみせずに、ただ響き渡った。
 壁側で液晶テレビをカウントしていた本牧は、まだ5分あんのかよ、2分前にはマシンを外そう、などと企む。
 一方、キリが良かったのか、葉山は神在のかけ声1分後に、ゆっくりノートパソコン前で作業している神在の方へとマシンを外して歩きだし、サボリ始めていた。
 神在もそれに気付くが、いつものことだと全く気にした様子もない。神在は、少し早いが休憩させようと売場を振り向いて息を吸い込んだ。

「休憩しまーす。24時まで休憩でーす」

 ガシャ、と音を立ててマシンを外す音が聞こえ始める。
 既にマシンを外していた本牧と葉山は、連れ立って喫煙所へ向かっていた。
 ボードに挟んだレイアウト図に現状確認しながらマーカーで書き込みを始める神在。

「楽勝だな」

 そんな神在に声をかけたのは幸浦だった。
 確かに進捗状況は悪くない、神在はそんな感想を抱きつつ幸浦を見上げる。神在はマーカーのキャップを閉じて、左肩のペンポケットにしまい、レイアウト図の紙を捲って人員配置表と睨み合った。

「少し送りで出してもいいかもしれませんね」

「じゃ、俺帰る」

 はいはい、と右手をピンと張って挙手をする幸浦に、持ち込みのレーザープリンターから出力した書類をパサリと手渡す。

「休憩上がったら、これ確認お願いします」

 こんな時だけいい表情で笑う神在に、幸浦はアヒルのように口を尖らせて、えー、と不平を言う。存外頼られるのが嫌いではない幸浦は、渡された書類にさらりと目を通して、その書類を持ったまま、神在と喫煙所に向かうのだった。


***********


 喫煙所には、旭や葉山、本牧、いつの間にか夏川までが居た。

「本牧くんどうよ、壁終わりそう?」

 喫煙所の扉を開けるなり、幸浦が港北店に来たばかりの本牧へと質問を投げかける。

「無理っす」

 メンソールのタバコを片手に持ちながら本牧は頭を振った。それに起こる笑い声。
 他愛のない会話に花を咲かせて、24時が訪れようとしていた。
 腕時計を確認すると、吸っていたタバコの火種を潰して消した神在は、喫煙所の扉を開けた。

「再開しまーす」

 後ろから聞こえる、「えー」などという不平は気にせずに、先陣を切って歩き出す神在と夏川が、休憩室の扉を開けて見た物はあまりにも異質な空間だった。

「なっ…?」

 言葉を失った夏川の目には、電源の入っているはずのない液晶テレビというテレビに映し出される、マヨナカテレビ。

「マヨナカ、テレビ…?」

 神在は呆然と呟く。
 後ろから続々と続いたカウントスタッフたちが、興味半分でマヨナカテレビが映し出されるテレビへ近づいていた。
 テレビからはツンツン頭の若い男性が、ぼんやり1人で携帯ゲーム機でゲームをしている後ろ姿が見える。画面は暗く、ノイズが入っているものの、人間であるという事だけは判別出来る。人物自体はシルエットのようで識別は出来ないが、神在にはそれが見たことのある人物のように思えてならなかった。
 『初めてみた』、『これお店には影響ないのかな』、そんな会話が聞こえる最中、神在だけが意識を集中させている。

―――考えて、私の頭。

 マヨナカテレビが映るだけなら正直な所、害はない。カウントを止める必要もないだろう。
 だが、神在にはそれより夢で見た恐怖が自分にのし掛かっていた。

―――テレビに、触らせちゃダメだ。

「カウントはこのまま続行します、が、テレビには絶対触れないで下さい」

 神在はスタッフに向かってそう叫ぶ。
 が、時は既に遅かった。
 旭がテレビの液晶画面に触れようとした瞬間、スルリと体がテレビの液晶の向こう側へ落ちようとしていたのだ。

「うわぁぁぁっ」

 走り出す神在と周辺にいた本牧や葉山もそれに続く。だが、神在の腕は空を切り、旭の体はテレビの向こう側へと落ちてしまった。
 葉山と本牧が、液晶テレビの画面を触ったり手のひらで押したりするがビクともしない。
 液晶テレビは薄いので、悪戯で隠れたという考えは誰からも秒単位で消えた。
 意を決したように神在は、夢を思い出しながら左手をテレビ枠に添えて、右手をテレビ画面へ入れる事にした。
 画面に波紋をたてて神在の指先から腕は液晶の向こう側へと侵入していく。

「か、カミさんにテレビが刺さった、じゃなくて、テレビにさささ、腕、刺さってますけど?!」

 完璧に狼狽えた葉山が、腕をバタバタさせてどもる。
 後から来た幸浦が、神在の様子を見て、事の成り行きについてゆけずに動揺した。

「なになになに、カミの腕、テレビに刺さってんだけど、なにこれ」

 足をバタバタとさせながら興奮する幸浦。
 旭が落ちた事を目撃したのは夏川、葉山、本牧と神在の4人しかいない。

「アサくん、落ちたよね」

 そう周囲に確認をとるように言って、神在は上半身をそのままテレビ画面へと潜らせた。

「完っ全に、テレビに刺さってる人がいるんですけど」

 夏川もテレビの裏と表を見比べながら、口を開けて神在の行動に呆然とした。
 外から見れば、液晶テレビの画面から腰から下半身と、枠に添えた左手だけが出たおかしな状態である。
 それでいて、薄いテレビの裏に体が出ているわけでもないのだから、一般常識で考えれば、誰でなくても愕然とする。

「なんか、広い。空間がずっと広がってる感じですね。アサくーん?」

 冷静に見たままの状況を周りに伝えると、神在は落ちたはずの旭に向かって呼びかける。

「広いって、なに!?」

「空間って、なんすか??!」

 完全に動揺した幸浦と本牧が、神在に連続で問い掛ける。
 本牧は、この状況を周囲はどう思っているのかと周りを見渡す。
 周囲のスタッフは、マヨナカテレビを見ていたため、幸浦たちもそれについて騒いでいるのだろうと思い、こちらは見られていない。
 何故か彼は、神在のこの姿を見られていない事に少しだけ安堵した。

「これ、神在さんまで落ちたらヤバくないすか」

 冷静さを取り戻しかけた本牧が、幸浦を振り返りつつ、そう言って神在の腰を抑えようとした。その矢先、

「引き上げなきゃ、さっきみたいになるぞっ」

 旭が落ちたことを思い出し、慌てすぎた夏川が本牧に続こうとして、足元をもつれさせた。

「あ」

 勢い余って、夏川の両手は二人をそのまま押してしまう。その勢いで神在の体を支えていた手が外れた。
 神在の足を掴んだ夏川も、2人分の体重は支えきれずに、そのままテレビの向こう側へ落ちてしまった。
 取り残された葉山と幸浦は、テレビに指先で触れたり、手のひらで押してみたりするが、勿論入れるはずもない。

「どうしましょうか、幸浦さん」

「んー…警察って、夏川さんも…少し待って帰って来なかったら連絡しようか。…カウント、する?」

 まだ冷静さが取り戻せない2人は、目を見合わせた。



[*前へ][次へ#]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!