「どーも」 軽い口調で店内に入るくたびれたスーツ姿の男性を視認し、神在は昨日の刑事だと気付く。 スーツ姿の男が、店のスタッフに、警察手帳を見せ、店長たちと挨拶を交わしている。 刑事も神在に気付いた様子で、ふらりと寄ってきた。 「本日も宜しくお願いします」 最初に言葉を交わして会釈したのは神在だった。 昨日もこの刑事が担当だったのだが、神在には都合よく適当な警備をしてくれており、仕事の邪魔にならないのが非常に助かっていた。 今回は、他の巡査も伴わず、夏川1人だというのだから、神在にとっては願ったり叶ったりだ。 「…そんなわけで、今日も午前4時には戻りますんで」 かしこまりました、と神在は笑顔で答える。 夏川はふわりと揺れるソバージュを見て、うちの課の女性もこういう人がいればいいのに、と自分の配属課の女性を思い出して心で溜め息をついた。 一方、神在は、やる気がなくて大いに結構、むしろ寝ていてくれ、などと不穏な事を考えているのだった。 間もなく、カウントスタッフが入店する時間だと気付き、軽く挨拶を終えると、レイアウトの確認を続けている幸浦に近づく。 「入店させてきますね」 「あいよー」 レイアウト確認に勤しむ幸浦は振り返らずに返事をする。神在は、いつも通り、従業員用入口までスタッフを迎えに行くことにした。 *********** 旭、葉山、本牧など、中堅ベテランや、他のベテランが自分たちの使う機材を持って待機している午後9時。 「だりぃ」 待機の沈黙を真っ先に破ったのは、常に何事もやる気のない旭だった。 それに基本的に仕事にやる気のない本牧が続く。 「アサくんに同じく」 アサくん、とは旭に対する神在が付けた愛称なのだが、旭くん、より呼びやすいとオフィス中に幸浦が広めており、本牧はアサくんの名付け親が神在であることは知らない。 オフィスの中でも、幸浦と神在は、相手が気に入らなくても愛称を自分の気に入るまで色々と変えるというので、はた迷惑なことでも有名なコンビであった。 ドアノブを回す音がして、しゃがみこんでいた者も脚立を広げて座っていた者も全員立ち上がるなり入口側を向く。 「…にゅうてん、しまーす」 こっそりと従業員用入口のドアから責任者である神在が顔を覗かせつつ、控えめに告げた。 役者は1人ずつ手続きを済ませて、入店していく。 大型液晶テレビの箱が立ち並ぶ広い倉庫――バックルームへ15人近くがゾロゾロと並んで歩いた。 最後に葉山が扉を閉める時、ポツリ、と雨音が静かに鳴るが、誰も雨が降り始めた事には気がつかない。 神在のよく通る声が全員に指示を与える。 「では、朝礼を行いますので、一列に並んで下さい」 月曜は降らなかった雨。 雨と霧の日だけ流れるマヨナカテレビ。 世界の終焉は、 ここから始まる。 |