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WORLD END
胎動 1巡目

 火曜日夜7時、港北区から少し離れた青葉区郊外。

 神在結衣子は、アイスグレー地に黒襟とボタン止めラインが黒で染まった制服に身を包んでいた。
 ボトムは黒のスラックス。左手には書類が挟まった大きなバインダー付きボード、腰にはベルト部分から携帯ポーチがぶら下がっている。
 神在の隣には、背の高い幸浦が薄い金属縁のメガネをかけ、同じ制服に身を包み、神在のバインダー付きクリップボードを眺めていた。

「カミ、お店の人今日帰っちゃうって?」

「はい、翌朝7時に出勤なさるそうです」

「ふ〜ん。見た感じ、カウントは楽勝だな」

 幸浦はスポーツ刈りにした頭を軽く自分で撫でながら、唇をアヒルのように軽く尖らせて眉頭を寄せた。

「問題は差異リストが7時まで出来ないって事だな」

 差異リストとは、店舗にあるはずの理論在庫と、棚卸ししたデータを突き合わせて出た差異を名前の通りリスト化されたもので、棚卸しデータに間違いがないか、店舗側での提示漏れがないか、実際に探しにいきチェックするのである。

「余った時間はある程度人数残して出来る限りチェックしましょうか」

 店舗のレイアウト図とにらみ合った神在が、むぅ、と唸る。

「まぁね。どうせ除外範囲とかにまた間違って在庫あるんだろうし」

 月曜に行われたユザワの別店舗での棚卸しを思い出し、幸浦はため息をついた。
 月曜の夜間は何事もなく棚卸しは行われ、ニュースにのぼる事件も起きずにいた。
 ただ、変わった事といえば、家電量販店店員が、アンテナから吊されるように殺されるという事件がここ数日のニュースを賑わせていた事で警察が立ち会いに来ていた位だ。

「しかし、暑いな…空調効いてねぇべ」

 話好きの幸浦が少し眉間にシワを寄せながら、感想をそのまま口にする。
 確かに、空調の効かない5月は蒸し暑い。
 気だるそうな幸浦を見て、神在は真顔のまま、ぐっと親指を立ててつきだした。

「エアコンは、後で入れてもらえるように交渉しておきました」

「カミー、よくやった」

「後で警察の方もいらっしゃいますしね」

 昨日の棚卸しには刑事課の警部補が他の巡査を引き連れて警備を行っていた。
 今季はユザワで毎日会うのだろう、と神在は昨日会った優男と表現するのが似合う警部補、夏川大輔の事を思い出していた。



***********



 午後7時半、警察車両がユザワの客用駐車場に停まる。
 くたびれたスーツを着た優男、夏川は運転手席から1人降り立った。

「コーヒー…っと、飲みきったか」

 先日、アンテナから吊された死体を発見してからというもの、どうも食欲がわかないでいた夏川は、ここしばらく、自分の胃を騙すためにコーヒーを大量摂取していた。
 スラックスの右ポケットに手を入れて、ジャラジャラと小銭を探る。自動販売機に小銭を入れて、眠気覚まし用の缶コーヒーのボタンを押した。
 鈍い音と共に缶コーヒーが落ち、それを拾うとプルタブを開けて一気に飲み干す。

「めんどくせぇ」

 そう言いながら目元を指でこする。
 夏川は最近、寝付きもあまりよくない。普段ならばテレビをつけたまま寝るのが日課なのだが、アンテナから吊された死体を見つけてからというもの、ニュースをみればあの場面が思い出されてしまうのだ。
 多少、家電製品と離れて暮らしたくなり、テレビを消して普段と違う生活をしてみたのだが、やはりあまり寝付きはよくならず、細い目の下にはありありとクマが浮かんでいる。

「ねふぃ」

 夏川は眠い、と言ったつもりだが、欠伸をしながら呟いたので、あまり言葉にはならない。
 連続で欠伸をすると、3度目の欠伸はなんとか噛み殺して、今日、夜間棚卸しの警備を任されたユザワ緑ヶ丘店に入るのだった。

それが、昨日までの日常に幕を降ろす扉だと知らずに。



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