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WORLD END
Please d'not say "You are lazy"

 旭を夏川が背負い、一番最初に降りた場所へとアリスの案内でたどり着く。

「とりあえず、元の場所に戻ってこれましたね」

 夏川が「もー限界」、と冗談めかして呟くと、旭を床に下ろして座り込んだ。
その近くで、神在が座り込んでペルセフォネを呼び出す。夏川の腹部を治療するために、両手を腹部にあてがい、銀色の光は軽やかな音色を奏でだした。

「―――あれは遠い昔話、それとも昨日見た夢」

 銀色の光が夏川を包むと折れていた肋骨が時間を巻き戻したように治る。
口から出た血の跡はそのままだが、問題なく血は止まり、血色も戻ったようだ。

「―――若者は神秘の森に迷い込む私見た」

 怪我の状態がかなり酷い事に、治療をしている最中気付いた神在は、こんな状態なら私がアサくんを引き摺ってでも担いでくれば良かった、と後悔する。
限界、と口にしたのも彼の本音であろう。
だが、彼と共に繰り返した戦闘の中で、彼は怪我に気付いていても自分が背負ったであろうともよく理解していた。
 そして、そのまま歌いながら本牧へ近付く。
詠唱を続ける限り、彼女の精神力の消耗を限りなく抑えていられるからだ。

「―――愛しい貴方――去り行くはずがない――」

 神在は謳いながら、本牧が胡座をかいて座る前に片膝をつくと、切り傷のある頬に片手をあてる。
本牧は、神在が触れた手の暖かさと心地よさで眼を伏せた。

「―――ティルナ・ノーグ、永遠の想いは、心、さまよわせるだけで」

―――予想より、酷い。

 本牧が声を上げずに此処まで歩いてこられた事が奇跡だと思うほど、彼はダメージを受けていた。

―――みんな、私を守るために。

 だがここで涙を見せてはいけない。その気持ちだけで神在は必死に自分に言い聞かす。私が笑っていれば、“大丈夫だった”、そう終わる筈だからと。

「―――時の止まるそこは、きっと夢の戻り道、」

 最後の節を謳いきると、神在は流石に疲弊してその場に崩れた。
その瞬間に全員の装備が元の衣服に戻る。
 元より元気になった本牧は、神在の体勢を直し、自分の膝に頭を置いて寝かせた。
夏川が、その様子を自分でも気が付かない複雑な想いで見詰める。
 雑念を振り払うように、夏川はアリスに本題を切り出しながら周囲を見渡した。

「で、どうやって帰るんだよ、綿貫」

 入った時は眼鏡もなくよく見えなかった風景だが、今は違う。
まるで撮影で使うのかという一室を模したステージで、裁判所の法廷の様に何台かの机と椅子、証言台が設置されている。
 床には、遺体などの形を警察がマーキングしたようなイメージの人型が、幾重にも重ねられた模様。
四隅には別の区画へ行くための道があるが、その道を除いた四辺は檻のような鉄柵が天まで延び、天井にはスポットライトやカメラをぶら下げた鉄棒が配置されている。
 アリスを除く全員が、こんなに気持ち悪い風景だったのか、という気持ちでいっぱいだった。

「そう焦らないで欲しいなの。あのね、ひとつお願い聞いて欲しいなの!」

 そう言いながら、アリスは神在の足元に猫のようにすり寄る。
あからさまにイヤな顔をした夏川を見て、本牧の背にしがみついて隠れると、アリスは少しだけ顔を覗かせてステッキを振り回した。

「渡る世間はGive&takeなの!帰す代わりにあたしと約束して欲しいなの」

 どこかで聞いたような台詞回しを口にしながら、アリスは必死に主張する。
「ユイコおねーさまが気が付いてから話すなの」、と神在の顔に鼻先を向けて匂いを嗅ぐ仕草をする。膝枕をしていた本牧に、無言で頭をグリグリと撫でられ、神在にちょっかいを出すのを止めた。
 アリスは、お金次第で何でもrecoveryと言わないだけ、別世界の守銭奴妖精よりましかもしれない。
 段々どうでもよくなってきた夏川も、諦めて投げやりに聞き返した。

「あーはいはい。何すりゃいいのか、神在さんが起きてからな」

 アリスは満足げに胸を張り、また本牧の後ろに隠れていたのを止めて出てくると、羽根をパタパタさせながら嬉しそうに答えた。

「ダイスケ、物分かりがよくなって嬉しいなの。」

「……姉さん、僕はまたとんでもない事件に巻き込まれたようです」

 世代が違うのではと思える程、古いホテルドラマにある主人公の台詞をぼそりと呟く夏川。
誰も突っ込めない事に切なくなる間も無く、神在が目を覚まして起き上がった。
 「あれ、私寝てたの」との発言を聴く限り、どうやら、本牧に膝枕されていた事には気が付いていないようだ。
 コホン、とアリスがわざとらしく咳払いをすると、テコテコと変な足音を立てて全員の視線が集まる場所へ移動する。

「では、ユイコおねーさまが起きた所で、帰る前のみんなにお願いなの!」

 「あいつ、お願い聞かないと俺ら帰さない気なんですよ」、と夏川は神在に近付いて耳打ちする。
神在に耳打ちする仕草を見た本牧は、無性に煙草が吸いたくなり、煙草のケースを探した。

「ここ最近、よく誰かが落ちてきて、この世界が変化してるなの」

 アリスの話では、旭のいたマンションも、前までは無かった場所で、旭が落ちてきた事によって出来た場所らしい。
この世界でシャドウが凶暴になり、アリスは落ち着いて眠れないと主張する。だから、今まで通りの安寧が欲しい、とも。

「だから、ここに人が落ちてきてる原因を突き止めて、犯人をやっつけて欲しいなの!」

「…まぁ、俺が追ってる事件と関係無さそうではないが…」

 考えあぐねている夏川にアリスは舌を出す。
おしりと縞模様の尻尾をフリフリと揺らせながら座り込んでいる神在の横に抱き付いた。

「別にダイスケだけに頼んでないなの。ユイコおねーさまが居ればいいなの」

 神在は困ったようにアリスを見つめるが、足にまとわりついているのを邪険にしたりはしない。
「なんだとー」と夏川が立ち上がると、アリスはまた神在の後ろに隠れて、そっと顔を覗かせた。
 考えて考えて、神在は口を開く。

「…どこのテレビも此処に繋がってるのかしら」

 それを肯定と取ったアリスが目を輝かせる。
パタパタと低空飛行で神在に抱き付いた。

「さすがユイコおねーさま!大好きなの!!」

「いやまだそうとは…」

 神在の否定を遮って、アリスは先を続ける。目の輝きようを見る限り、話を遮らせてはくれなさそうだ。

「おねーさま、同じ所から入ってこないと、同じ場所にはこれないなの」

 別のテレビから入られても捜すのは困難になるので、出来れば同じテレビから入ってきて欲しい、とアリスは語る。
アリスは目を潤ませて、神在たちを見回すように見上げた。

「本当に、いつも1人で怖かったから、隠れて暮らしてたなの。みんなきてくれれば、また平和に暮らせるかもなの」

 ぬいぐるみの目が涙で潤んでいるのに、違和感を覚えなくなってきたと、本牧はぼんやり考える。
この流れだと多分、みんな肯定するだろうけど、面白そうだし、まぁ、その時はその時でいいや、と彼は楽天的に考えた。
 夏川は少し考えて、神在と本牧を見渡す。

「ペルソナを持っている神在さんと一緒でなくては、こちらで捜査も出来ないでしょうし、神在さんの都合がいい日で構いませんので、警察としてもご協力頂きたいのですが、いかがでしょう。勿論、本牧さんもご都合が良ければ」

 少しだけ考える振りをして、神在の様子を伺う本牧。彼女が頷く事を確認してから、いいっすよ、と答えた。

「土日がメインで、後はたまにある休みの日にご連絡、という形で構いませんでしょうか」

「はい。俺ら警察はある意味、年中無休なんでいつでも構いませんよ」

 夏川の砕けた対応に、少し安心する神在。
本牧も、僕もそんな感じで、と答えた。

「アリスちゃん、次がいつになるかはまだ分からないけど、また来るわね」

「ユイコおねーさまっ!!!大好きなのっっ!!」

 卵型の体型が神在に飛びついて漫画のように涙を飛び散らせて泣く。
飛びついてきた反動で神在は後ろに手を付いてしまうが、よしよし、と撫でて慰めるのだった。
 アリスは何かに気付いたように顔上げてピタリと泣き止むと、パタパタと羽根を羽ばたかせて部屋の中心で降りてステッキをブンブンと荒く振り回した。
すると、小さな煙と共にポンと小気味良い音をさせて、大きいブラウン管テレビの3つ重ねが3列、画面を外に向けるようにして現れる。

「みんな、ここから帰るなの」

 3人は目を丸くして、9個のブラウン管テレビとアリスを見比べる。
3人が3人とも、帰り道を教えて貰えるだけで、アリスは何も出来ないと思っていたのだ。

「おまっ…そういう事が出来るんなら、早くやれよなーーー!!!」

 アリスは、猛ダッシュで駆け寄ってきた夏川をかわすことが出来ず、うめぼしと呼ばれるコメカミ攻撃を全力で食らう。
 痛゙い゙な゙の゙ー、と、言葉全てに濁音をつけてジタバタ暴れるアリスと、子供のように全力でアリスに攻撃を加える夏川。またか、と本牧と神在は思うだけで、ついにアリスを庇う者も、夏川を止める者もいなくなっていた。
 収集が付かなくなるかと思われたその時、アリスは全員が思いもよらない行動にでた。

「ふぇ〜あ〜りぃ〜…回転、あたぁぁあぁっっっく!!!」

「ふぅぉっ」

 急に全身を回転させたアリスに、慌てて耳を掴んだ夏川は、ジャイアントスイングの要領で回転させられ、ブラウン管テレビへと投げられた。
すると、一瞬で夏川が画面に吸い込まれる。
 これを見た本牧と神在は、何が起こったのかが全く理解出来ずに、余りの衝撃で固まってしまった。
むん、と胸を張るアリスは、クルリと器用に上半身を振り返らせると、目をキラキラさせて2人と倒れている旭に近付いた。

「ほいっなの」

 アリスは旭を軽々持ち上げると、先程の要領で振り回すようにブラウン管テレビへ器用に投げ込む。
今起こった出来事の理解が出来ない恐ろしさに、神在と本牧は自主的に立ち上がってブラウン管テレビへ近付いた。

「シューイチ、早く入るなの」

「押すなタヌ吉」

 ブラウン管テレビに上半身を突っ込みながら、アリスに後ろから押される。

「…怖いから早く行って本牧くん…」

 よく考えれば同じテレビが9つもあるのだから、別のテレビから入れば良かったのだろうが、思考が完璧に停止していた。
そして、来た時と同じように、長い落下時間を経過して現実世界へ戻る。夏川、旭、本牧、神在の順で液晶テレビから吐き出されて全員が顔を上げると、幸浦がしゃがみ込んだ体勢で両肘を足につけ、両手を組んだ所に顎を乗せて見詰めていた。

「おかえり」

 全員が苦笑いを浮かべたのも束の間、現実世界には現実の仕事とアリスの約束を果たす為にこのテレビ――新作!地デジ録画機能付き8TBのHDD内臓37V型89800円、と書かれているように見受けられる――を確保しなければならないという頭の痛い課題が山積みであった。



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